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「言葉にできない」という思考停止

「言葉にできない」

「言葉にできない」という表現があります。

辞書には「物事の程度に見当がつけられないさま」であったり、「言葉で表現しにくいさま」という解説があります。

芸術作品をみてその感想を伝えることができなかったり、壮大な風景をみて、そのものを言い表すことができないという状況です。

私もきっとグランドキャニオンをみたら「すごい!」位しか言えないはずです。筆舌に尽くしがたい風景をわざわざ言語化するのも無粋なのかもしれませんね。

人間の処理機能の一つ

恐らくなのですが、人間って言葉にできない状況を、それはそれとして上手に受けとめて処理できる機能が備わっているんだと思います。

「言葉にできない感動」を無理矢理言語化する必要はありませんが、病院でお医者さんが「曖昧なまま」手術始めたら少し嫌なように、その「曖昧なままを受け入れてしまう」能力は、課題解決や企画においては問題となるケースのほうが多いです。

「複雑」と「言語化できない」

一緒にされがちなのですが、「複雑なこと」と、「言語化できないこと」は違います。

前者は「難易度」や「集合体」の話をしていますし、後者は「具体性」の話をしています。

どちらが難しいということではありませんが、私は後者の「言語化できない」ほうが、渦中の本人が自覚できていないケースが多いように思います。

複雑なこと

前者の複雑化の話をするならば、いくつかのパターンがあります。

集合的・相互依存的複雑化

いくつかの問題が絡み合っているような状況であり、また相互に依存しているケースです。

一見すると、その中の1つを取り上げて解決することが難しい場合があり、解決の難易度が高いです。

請求関連の問題を解決する場合に、セールスの課題だけではなく、経理側の課題も同時に解決する必要があるケースです。

技術的複雑化

必要とされる技術の範囲が広がっているケースです。

例えば、WEBサービスをひとつとっても、時間が経つ毎に急速に複雑化しているように思います。

フロントエンドの技術もそうですし、サーバーサイドの技術もそうですし、インフラの技術、スマホとPCの違いもそうですし、動画コンテンツのあり方、それらの最新のトレンドもまたその1つです。

20年前と比較して、求められるスキルや知識は大幅に増えています。

恐らく様々な業界においても必要とされるスキルは増えているはずです。

社会的複雑化

社会全体が多様性を包含しつつあり、様々なものが単一の定義では語れなくなっています。

ジェンダーの問題もあるでしょうし、働き方一つとってもオフィスで働くという形から、ここ数ヶ月で在宅勤務という働き方が選択できる人も増えてきています。

このような社会的な複雑さも企画においては避けては通れない問題です。

言語化できないこと

後者の「言語化できない」のは、「自分自身が何を解決していようとしているのかわかっていない」という状況です。

問題がどこにあるのかわからない

そもそも問題をはっきり認識できない状況です。プロジェクトの初期段階ではこのようなケースがあります。

問題を第三者にわかる言葉にできない

問題の所在は曖昧にわかっているが、漠全した言葉で定義されていたり、誤っている言葉で定義されていたり、代名詞を用いて表現されていたりするケースが該当します。

両方とも課題解決の初期プロセスとして現れがちであり、何度も試行錯誤しながら、明確にしていく必要がります。

課題解決のプロセス

課題の解決においては、以下のプロセスが行われます。

・状況の把握
・ゴールの設定
・それを阻害する課題設定
・課題の解決方法の選択
・実行

物事が曖昧なまま、解決に走るというのは、最後の「実行」のプロセスだけを無闇に行うことになります。

これらは稀なケースではなく、「解決するものが明確ではないのに、何かしらの行動を始めていたりする」のはビジネスにおいてよくみる風景です。

適切な手順や理解を踏まず、使命感や役割でまずは行動を始めてしまいますが、大事なことは「ゴールに最適な行動を取ること」です。

解決のあり方

複雑であったり、言語化できないものであっても、何か糸口を見出すことで解決ができます。

分割することもそうですし、自分自身の言葉で言い換えることもそうです。
自分で解決できるものは、自分が理解できる難易度のものであり、自分で理解できるものです。

まずは自分のレベルまで物事を分解し、その上で自分自身で再構築する。そんなプロセスを地道に心掛けていくしかないのだと思います。

サポートいただいたら、それで美味しい珈琲を飲みます。 ありがとうございます。