見出し画像

[読書感想]『虹の涯』著:戸田 義長(1533文字)

ミステリーが好き!歴史が好き!
でも歴史ミステリーをそんなに読んでいるわけではない!
自分でも不思議ですわ!
😅。

時代ミステリー、歴史ミステリーの定義そのものにも悩むんですよね~。

例えば、現在の作家が終戦直後を舞台にミステリーを書いたら、それは歴史ミステリーと呼ばれますが、終戦後に横溝正史が書いた金田一耕助シリーズを歴史ミステリーとは誰も呼ばないですよね。

単に物語の舞台が過去であるかというだけでなく、別の要素も加わって初めて歴史/時代ミステリーと呼べるのではないかと思うのですよ🤔。

まぁ、それはそれとして。
今回は歴史ミステリ『虹の涯』著:戸田 義長の感想を書かせて頂こうと思います💦。

長編ではなく短編3作と、中編1作からなる連作ミステリー。
舞台は幕末。主人公は、藤田小四郎。

はい、これでピンときた人は多いと思いますが、正解です。

徳川斉昭の懐刀にして、幕末水戸藩の水戸学の大家、尊王攘夷の志士たちの精神的支柱であった藤田 東湖。その東湖の四男で、天狗党の首領格の藤田小四郎です。

最初の3編は、安政の大地震で亡くなった父の藤田東湖の死が実は暗殺であったという、密室ものなどの不可能犯罪を藤田小四郎が名探偵となり論理的に推理し謎を解く(剣劇もあります)という作品が配置されています。

ただし、ミステリーとしてみるならば、張られた伏線から、すれっからしの本格ミステリファンであれば、謎や犯人などの真相にたどり着くことは可能でしょう。

ですが本作の最大の魅力は、最後の中編『幾山河』にあります。

『幾山河』は、幕末史の悲劇(という言葉では語りつくせない)『天狗党の乱』の顛末とその後を描いた作品ですが、そこに、京に向かう天狗党たち一群の中で起きる殺人事件というミステリー要素を加えた、意欲作です。

『天狗党の乱』を主題にしたミステリーは本作が初めてじゃないでしょうか🤔。

天狗党は、途中幾多の戦闘を行い、重傷者を出しながらも京へ行軍する。
しかし、戦闘で重傷を負い、数日のうちに亡くなるだろうと思われたものが、殺害されるという事件が起きます。
天狗党内部に幕府の密偵がいるのか。しかし、そのまま放っていても亡くなるであろう瀕死の重傷者を、なぜ殺めるのか?

いつしか、化人(けにん)と天狗党の者たちから呼ばれるようになった姿なき殺人鬼への恐怖と天狗党の絶望的な行軍とが重厚に、悲劇的に描かれています。

犯人の設定や動機などは全く違いますが、ディクスン・カーの歴史ミステリー作品『喉切り隊長』の本歌取り作品といえます。

俺は藤田幽谷の孫、東湖の子だ。攘夷を断行し、夷狄(いてき)の魔手からわが国を守る使命を帯びてこの世に生を享けたのだ。

攘夷に生き、攘夷に死す。それが生まれながらにして俺に与えられた天命だ。俺の人生には『攘夷』の二文字しかない。それ以外はいなかる言葉も口にしてはならぬ。ただそれだけだ。

以上は作中で藤田小四郎が口にする言葉です。
あまりにも誠実で、あまりにも純粋で、あまりにも不器用な藤田小四郎の性格と、あまりにも短い生涯を象徴しているように思えます。

作品名の『虹の涯』、それは藤田小四郎が追いながらもたどり着くことのできなかった、来ることのなかった日本の未来だったのでしょう。

論理的推理で事件の真相を突き止める藤田小四郎が見誤ったのは、天才的に先を見通せ、保身に走る一橋慶喜の人間性でした。それは天狗党の悲劇の終焉へと繋がっていきます。

(※ここで記している小四郎、慶喜の性格・人間性は、あくまでも当作品内で作者が設定したフィクションです。史実とは異なることをご了承ください)

水戸藩は幕末と言う芝居の序幕では(略)常に主役を演じていた。
しかし絶え間なく続いた内訌(ないこう)が原因で維新回天の終幕には端役も与えられることなく、遠く水戸と言う脇舞台で悲劇を演じ続けたのであった。

本作品は近年の歴史ミステリーの力作であり、天狗党への鎮魂歌とも言えるのではないでしょうか。
ボクにとっては歴史ミステリーの上位に入る作品でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?