大切なあの子の大切なもの。
「#自分にとって大切なこと」 というハッシュタグを見つけたのでそれにピッタリないつかの私のプロジェクトの話を。
デンマークで約30カ国から集まった100人と、共に食事をし、勉強をし、寝泊りする学校にいた21歳のとき。
そろそろ学期の終わりに近づいてきたクリスマスの時期に、私は共有スペースに集まる年齢も国籍も文化も性格も異なる、家族みたいな存在の友人たちを見ていた。ただただ「愛おしいなあ」「大切だな」という気持ちで。
その時に「たまたま同じ時期に学校にきて、たまたま同じ屋根の下で暮らすことになった彼らは、ちょっと前まで赤の他人で、話す言語どころか住んでいた大陸も違う。イライラすることもあったし理解に苦しんだ言動もあったけど、全部ひっくるめて今こうして "愛おしい" と思えていることってなんて素晴らしいんだろう・・!」と、ハッとした感動をおぼえた。
それと同時に、学期が終わってしまうのにまだ1対1でちゃんと話せていない人がいることにも気付き、このまま学校が終わったら絶対後悔すると思って焦り出したのもその時。
「さあ、話そう!」っていうのも変だしな。。と悩んでいた私は、どうにか自然に、でも一人ひとりに向き合って話せないかと思い、みんなと話す "言い訳" として、あるプロジェクトを始めることにした。
それが、「大切なあなたの大切にしてるものは何?」と聞いて、真っ白のノートブックに自由にそれを表現してもらうというもの。
それに、あまりにも誰かを好きになると(恋愛友情関係なく)その人が好きな音楽のジャンルや、食べ物や、季節など、何だって知りたくなる。そんな気持ちも私のモチベーションだった。
(↓それがこのノート)
元々、韓国人の友達が私の誕生日にくれたこのノート。
ページの最初にすでに "大切なもの" をイラストで描いてくれていたことにもインスピレーションをもらって、このノートの使い道を決めた。
(↓彼女が書いてくれたイラスト)
「あなたが大切にしていることは何?」と一言で聞いても、まずその "大切" を色んなアングルから見ることができるということに、プロジェクトをはじめてすぐに気づいた。
"大切" が
「落ち込んだ時に、思い出すもの」
「これがあるから今の私がいる、と思えるもの」
「忘れないようにしている・忘れられない言葉」
「思い出すと笑顔になること」
「私を私にしてくれるもの」
「背中を押して勇気づけてくれるもの」
「リラックスさせてくれるもの」
「今はまだなれてないけど、こうありたいという自分像」
など、大切にしてるものはその人によって色んな形で大切にされていた。それに、私だったら有名なことわざとか格言みたいなものがすぐ思い浮かぶし、そういうものを予想していたけれど、真っ白な紙に描かれたのは有名な格言だけじゃなかった。
大好きな人からもらったラブレターの一説を照れながらかいてくれた彼女。
友達や恋人の名前を真っ先に書く人。
幼稚園の時に作った詩を書いたあの子。
泣きながら辛い思い出を乗り越えた話をしてくれた彼。
母親のお葬式で読まれた詩を静かに読み上げてくれたあの人。
カラフルも、モノクロも、たった一言、シンプルな人もいれば
ページいっぱいの文字を書いてくれる人もいた。
現代アートみたいな絵だけで表現する人も。
どんどんインタビューすればするほど、大切なみんながもっと大切に感じたし、愛おしいと思える人たちが愛おしいと思うものを語る姿は、瑞々しくて、でも生きてきた分だけの知恵も含んで堂々としていた。
(↑ノートを書いてくれた人たちの、ほんの一部。)
どの言葉も彼や彼女の中のど真ん中の "真実” で、一人ひとりの話があまりにも素晴らしくて、インタビューをすればするほど私は「私だったら何と描くだろう・・」と一人頭の中で悶々と考えていた。自分が大切にしてないことがないわけじゃない。でもなんかピンとこない。。
そんなことに頭を悩ませながらもインタビューを続け、学期が終わる2日ほど前に、ユニットメイトのセクシーな彼女にノートを書いてもらった。
彼女と今まで学校であったことなど、思い出話に花を咲かせていた時にチラッと「このノートこんなスラスラかけてすごいね!私は何書いたら良いかわかんなくなりそう。笑」と私が考えていたことを話してみた。そしたら彼女はこんな言葉をかけてくれた。
「このノートを通じて誰かを理解しようとしたり、寄り添って話を聞くこと、そのものがあなたなんじゃない?大切にしているかは置いといて、このプロジェクト自体がもう、あなたという存在をもつくりあげてると思うよ。」
…あ、なんだ、そっか!
私が今、こんなにも時間とエネルギーをかけてやっているもの、大切にしているものってこのプロジェクトだった。
私が大切にしたいのは、大切な人の "大切" に耳を傾けること。誰もが必ず "何か" を持ってると忘れないこと。相手が許してくれる範囲で、なるべく近い視点でそれを見ようと心を近づけること。まさにそのプロジェクトそのものだった。
だから自分のページはどこにもつくらなかった。
数ヶ月という間で100人以上の人に向き合ってもらったこのノートそのものが私の "大切にしたいもの" だから。
(協力してくれた "大切な" みんな、ありがとう。)
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