The Fight Song
「逃げろ」って簡単に言うけれど、逃げて、その後の生活を誰が保障してくれるの?
(こんなこと言っちゃあ、きっと賞なんて取れないね。でもまあいっか。)
私だってさ、いじめられてつらいなら、学校なんか行かないで逃げろ、って言うよ。でもさ、たとえば会社から逃げたとして、再就職先も決まってなかったり、失業保険も出ないような状況にあったら、明日からの生活って、どうしたらいいと思う?
生活保護?そんなに簡単に受けられるっけ?餓死しちゃったり、心中しちゃったり、そういう人も居たよ?
まして、帰る実家も無かったとしたら―逃げられなくて、戦うしか道が残されていない人だって、いるんだよ。
私もね、一時期そうだったんだ。家賃の取立てが来るほどに困窮してた。自炊しててもさ、肉の無いカレーを作るのがたまの楽しみだったよ。自主早出や残業をしないととても仕事が終わらない量を押し付けられるのに、その分の賃金は出してくれない職場にいたり、ね。学歴も何にも無かったから、アルバイトを3つ掛け持ちして、やっと生活してた。
そういう生活から「逃げる」って、どうしたら良かったんだろうね。私には自殺しか思いつかなかった。でも、死んでしまったら私は、本気で浮かばれないぞこれは、って思ってたんだ。私、人並みの幸せを味わってない。なのに死んじゃったら、確実に怨霊になる。結局、死んでも不幸じゃん。そんなの絶対に、嫌だ。
優しい人はたくさんいる。けれども優しいからって、私に一か月分の家賃を何の邪な気持ちも無く渡してくれる人なんて、いない。対価として淫らなことでも用意すれば、ぽーんとお金をくれた人もいたかも知れない。けれど仮にそうしたところで、少なくとも私は救われない。だから働くしかなかった。
私がお客さんを気にしながら掃除をする横で、本棚から雑誌を持ってきてぐうたらしながら読んでいる、そんな大学生と一緒にコンビニで働いた。栄養ドリンクが棚から落ちて割れて、床を汚す。それを私が必死に拭いていても、大学生はカウンターの中で雑誌を読んでいた。ふいに店長が現れ「床がベタベタするんだけど、ちゃんと拭いて!」と私に指図する。大学生が怠けていたことを、店長は、知らない。
悔しかった。後々その大学生のしていたことはちゃんと店長の知るところとなったとはいえ、私はあの時、本当に悔しかった。親が消防士だから、その大学生の女の子も、やがてちゃっかり消防の仕事に就職できたのだとも聞いた。そう、世の中は理不尽だ。でも、だからと言って私は、この世から死んでオサラバするなんて、悔しすぎるから絶対に嫌だったんだ。
そんな私を鼓舞してくれたのが、マリリンマンソンのThe Fight Songという曲だった。
「戦え」―彼は曲中で、何度もその言葉を繰り返す。
戦うしか生きる術の残されていない存在に対し、マンソンはまるで、軍神みたいに聳え立つ。そして叫び続ける。「戦え」「戦え」「戦え」「戦え」!
悔しくて、泣きたくて、いっそ多摩川にダイブしちゃおうかとすら考えた夜に、スーパーで安かったワインを煽って、酔っ払いながら、ファイトソングを聴く。勢いでぶん投げた当時のガラケーは、お風呂のドアに当たって画面が割れて、音しか出なくなった。機種代の分割ローンがまだ、うんと残っていたというのにね。
それでも戦わねばならない。戦わねば、誰も私を守ってくれない。
マンソンは、そういう「戦わざるをえない弱者」のつらさを、きっとよくわかってるんだと思う。
助けてもくれないのに「逃げろ」って投げかける人より、「戦え」と鼓舞してくれるマンソンのほうが、ずうっと誠実だ。
あれから時が経って、私は今、ちゃんと人並みの幸せを手に入れられた。おいしいごはんもきちんと食べられているし、お給料だってちゃんと出る。残業代だってつく。家賃の取立てに追われたり、税金を分割で払うことだって無いし、スマホをぶん投げるほどにイラつくことも殆ど無い。
それでもやっぱり、戦わなくちゃあなって思うよ。ふいに遭遇する理不尽とか、戦っておかねば私の尊厳を傷つけられることならば、しっかり戦う。最近だとね、職場のお局さんに意地悪されたんで、店長を通して直訴して、どうにか一緒に働かなくて済む道を開拓しましたとさ。ちゃんちゃん。
戦わなくていいなら、戦わずに済む人生を送りたかった。けれども私は、守ってくれる人やお金を持ち合わせていなかった。そういう頃の私がどうにかこうにか戦い抜く気力を維持できたからこそ、今の私の幸せがある。生きてきた、って、誰だって誇っていいと思うよ。こんな世の中をここまで生きてきたんだよ?それだけで凄くない?
そう、みんな戦っている。多かれ少なかれ、大きかったり小さかったり、様々だけれど、それぞれの「敵」と。マンソンはそんな戦士達に鬨の声を挙げるのだ。「戦え」と―。
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