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通報しないことの方が怖かった

深夜、仕事でバイクを走らせていたら、若い女の子が「近づかないで!」だか「話しかけないで!」だか、相当大きな声で叫んでいるのに出くわした。

道ばたに座り込んで叫び声をあげているその女の子と、向かい合うように立つやはり若い男の子。
大学生カップルみたいにも見えたけれど、なんとなく「泥酔している女の子に絡み続けて嫌がられている男」にも見える。

正直、めちゃくちゃ怖かった。
後から夫に話したら「痴話げんかかねえ、」と言われたけれど、世間ではただでさえこんな事件が起こっている。

なのにこの状況下で件の女の子を無視することは、私にはできなかった。

通り過ぎて彼らからは見えない場所に移動し、バイクを停める。
戻ろうか—とも思ったものの、戻ったところで私に何ができるだろうか。
「何してるんですか?」「あんたには関係ないでしょ」「大丈夫なので、平気だから」—みたいなやり取りが展開される想像が脳内を駆け巡る。

ならばいっそ、警察に通報しよう―そう、決めるまでに時間はかからなかった。

そもそも、夫婦喧嘩とかでも近隣の人が「うるさいから通報した」なんていう話はよく聞く。
私が通報しなかったとしても、あれだけ騒いでいれば、付近の人が遅かれ早かれ通報するかもしれない。
なら、通報するのが私でもいいんだよね―と思いながらもさすがに緊張した。

110番に繋がるとすぐに「事件ですか、事故ですか」と訊かれる。
事件かな多分、と思いつつもよくわからないので、見たままありのままを話す。
電話のむこうのお巡りさんはとても親切だったけれど、
「男女の服装を覚えていますか、」と訊かれて、うわあ恐怖心から服装確認する前にすぐ通り過ぎちゃったよ、と私はかなり困り果ててしまった。
そして「車での連れ去りがないよう、少し二人を見守っていてもらえますか?」とお巡りさんにお願いされてしまい、ああ私仕事中…しかもバイクでどうやって…と一瞬悩んだものの、やはり脳裏をかすめたのは栃木での事件。
犯人は、埼玉県に住む男だった。

尚更、埼玉県警も警戒していることだろう。
ならば私もやはり、通報をした以上、できることをちゃんとお手伝いしなければ。

バイクを邪魔にならないところに停めて、彼らを追う。
彼らはなんやかんや二人で歩きだしてはいたものの、それが安心材料になるとは限らない。

もう十五年ほど昔のことだけれど。
京王稲田堤駅付近を歩いていた私は、知らない男にしつこく話し掛けられた。
あの当時、京王線の中でおっさんに足を触られたりもしたな…あの辺の治安が、あまり良くない頃合いだったのかもしれない。
とにかく、どれだけ無視してもその男はついてくるのだ。
交番に、と思ったものの、歩いている内に腕を引っ張られたりしそうな程の距離が、交番まではまだまだある。
ならばとすぐそこにあったコンビニに入る、入ってもなお男は私から離れない。
「あの、この人しつこく付いてくるんです。助けてください!」
そう、レジにいた男の店員に告げた私は、きっともう助けてもらえる、と、ホッとした—んだけれど。
何か言い訳をしている男の方を一瞥すると、その店員は「ちょっと話しかけただけだって言ってますよ、」と、私に冷たくそう言い放った。
それで終わりだった。
店から出た後に付きまとわれる可能性なんて、まるで無視だった。
向こうからすると「コンビニの店員に何ができるかよ」とでも言いたかったのだろうけれど、あの瞬間、私はだいぶ絶望した。
どうしようもなくなって店を出たら、運よく男はついて来なかった。
もしあのまま男がくっついて来ていたら、私は—いろんな事件を鑑みれば、生きて帰れなかった可能性だってある。

あの時助けてもらえなかったことが悲しかった私には、「話しかけて一緒に歩いていただけ」を疑える証拠がある。

だから今回の件でも、私は通報をする勇気を持てたのだと思う。

結局、駆け付けたパトカーとその中のお巡りさんが彼らを発見・声掛けしたタイミングで、私は通報の電話を終了することを許された。
その後どうなったかは知る由もないけれど、只の痴話げんかならそれに越したことは無い。
お巡りさんにはちょっと申し訳ないとはいえ、あの男女には「夜中に大声を出したら近所迷惑ですよ」という、人生の勉強として受け止めてもらえばいいだけだ。
でも万が一、男が女の子に何かしようとして—という可能性がある以上、私には今回の件は通報しないことの方が怖かった

そしてやっと、先述の、過去の自分のこともちょっと救ってあげられた様な気がしている。
助けてくれる人もちゃんといる世の中だと、私自身が身をもって、昔の私に証明してあげられたのかな―なんて、思ったりもしている。


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