見出し画像

【42冊目】H•P•ラヴクラフト全集1 / H•P•ラヴクラフト

月曜日です。
本日17時-24時半です。

新年度が始まり初めての月曜日ということで、本日から新生活がスタートという方もいらっしゃるのかとは存じますがね。なんてことのない日常にもやはり句読点は置かれるべきで。年度の区切りというのは、やはりその句読点となるべきポイントなわけで。そんなポイントとなるべき月初にお届けしている当店のお決まりといえば、そう、ウィグタウン読書部です。

というわけで、3月の課題図書はH・P・ラヴクラフト『H・P・ラヴクラフト全集1』。桜舞う暖かな春に読むにはぴったりの選書な訳なんですがね。ラヴクラフトに関しては、私、全人類が履修しているものだと思っていたのですが、意外と知らない人も多い。はて。そんなものだらうか。など思いながらも「クトゥルフ神話ですよ」と言うと「あぁ!ニャル子さんの!」というリアクションもあるような無いような感じで、つまりはラヴクラフトよりもクトゥルフの方が知名度はある。中には「クトゥルフ神話って創作なんですか?」みたいなリアクションもあり、これはたいしたものですね。一人の男の頭の中で生まれた世界が、現実世界へ浸潤していき、異形の神々が現実世界に進出していく。『ドラえもん のび太の 魔界大冒険』で、もしもボックスによって誕生した魔法世界が徐々に拡大していき、しまいには魔法世界で生まれた魔物が現実世界へやってきてドラえもん・のび太に襲いかかるという展開があるが、このシーンに感じる恐ろしさに近いものを感じますね。フィクションはあくまでフィクション。仮想世界はあくまで仮想世界と割り切っていたと思ったら、のび太の部屋の机の引き出しからいきなり魔物が出てきたときの恐ろしさったらないですよね。「のび太の部屋」という日常の象徴のような空間に「異世界の魔物」が当然のような顔をして現れる。いかに我々の世界が異世界と薄皮一枚で隔たれているに過ぎないのかということを教えてくれますね。ラヴクラフトが描く世界もまた、そんな薄皮一枚隔てた向こう側にあるもので、異形の神々は我々の世界へと、意外と簡単に、容易くその薄皮を破って、侵入してくるものなのかもしれないですね。空恐ろしいですね。読んでいきましょう。

今作には、ラヴクラフトの代表作とも言える『インスマウスの影』を含む4編の短編が収録されているわけなんですがね。どれもはちゃめちゃに面白いですね。ここからは徹底的に【ネタバレ注意!】になるわけですが、ラヴクラフトの作品のいくつかはすでにミーム化されており、つまりは本作の存在を知らなくても、その影響を受けた作品やクトゥルフ神話のキャラクター造形などには触れたことがあるという方も多いはず。その中の一つが「インスマウス面」というやつで、私はこの作品を読む前にこの「インスマウス面」という概念を知っていた。なんでもインスマウスという土地に住む人間は、どいつもこいつも揃いも揃って特徴的な顔をしているということで、その顔のことを「インスマウス面」と呼んでいるわけなんですがね。「インスマウスめん」じゃなくて「インスマウスづら」ですからね。私はこの、特定の地域に住む人の特徴的な顔つきを指して「ヅラ」呼ばわりするセンスがまずどこかおかしいと思う。その時点で、すでにラヴクラフトの異様で不気味な世界に引きずり込まれているわけなんですが、そんな言葉遣い一つとっても異様なこの物語は、ストーリーラインを追ってみると単なるオカルトではなく、スリラーサスペンスとして大変に優秀で、ぐいぐいと読者を引き込んだ挙句、見事なまでにどんでん返しをしてみせる。改めて【ネタバレ注意!】を置いた上でネタバレをしたいんですがね。しかし、これは、できればネタバレではなくて読んで欲しい。この構図は、今作の中では『インスマウスの影』と『壁のなかの鼠』に共通する構図なんですがね。つまりは、秘密を知り、それを探ろうとする探求者が、秘密に取り込まれていくという構造。あくまで傍観者の立場でその秘密を探っていたはずが、気付けば自分自身が秘密の当事者になっているという構造。この仕掛けが非常に巧みでですね。読者としては、不気味な集団を追いかけていた探求者に感情移入して読み進めていくわけなんですが、その仕掛けが発動することによって、それまで感情移入していた探求者自身があっという間に不気味な存在になってしまう。そして、それは『インスマウスの影』『壁のなかの鼠』両作に共通することなのだけれど、その仕掛けには探求者の血筋というものが大いに関わっており、本人にはどうしようもない「運命」のようなものによって秘密に取り込まれていく様が、とんでもない絶望感のあるラストを演出している。例えばこれなんかは、往年の2chで伝説的なスレとして名高い『俺の先祖は恐ろしい人物かも知れない・・・』なんかを思い出しましたね。自分の血族が恐ろしい人物で、その地が自分にも流れていると分かったとき、それがトリガーとなってある種の民俗信仰にも似た狂気に作品は満ちる。ミッドサマーみもありますよね。その見せ方が本当に巧みだと感じました。

掌編『死体安置所にて』は、ひょんなことから死体安置所に閉じ込められた男が、その死体の亡霊に襲われる話ですが、これもオカルトみが強いとはいえ、その軸となるのは「因果応報」の考え方で、亡霊の不気味さよりもむしろ、葬儀屋の怠慢と即物的な考え方にこそ焦点が当たっている。古典落語の演目に『らくだ』というものがあるが、死体に「かんかんのう」を踊らせるというぶっ飛んだ話の強かさをなんとなく思い出しましたね。

そしてやはりクトゥルフ神話を構成する『闇に囁くもの』ですね。〈じっさいに目に見える恐ろしいものは、結局なに一つ見なかったのだということを、心によく銘記しておいていただきたい〉という最高の書き出しから始まるこの物語は、氾濫した川にぷかぷかと浮いていた異形の生物(?)の発見からスタートする。問題はその生物の目撃者による描写なのだが、これがまさ引く異形で、曰く〈身の丈が五フィートほどの薄桃色をした生きもので、甲殻類のような胴体に数対の広い背鰭か、もしくは膜のような翼と、何組かの関節肢が付いている上に、本来なら頭のあるところに一種の渦巻系をした楕円形がのっていて、それには多数のきわめて短いアンテナがついていたそうである〉。この描写こそ、クトゥルフ神話に求める異形の神々のイメージで、〈ついていたそうである〉と言われても。。みたいな気持ちになる。薄桃色をした?甲殻類の?翼?頭の代わりに?渦巻??みたいになる。めちゃめちゃ詳細に描写されているのに、まるでその姿形がイメージできない。試しにいま「闇に囁くもの」でグーグルイメージ検索かけてみたのですが、出てきたイメージはどれも「写真はイメージです」みたいな感じで、どうしても実体を想像しづらい。
そんな、有り体に言って化け物の登場からスタートする今作もやはり、秘密を探ろうとするものが、その秘密に取り込まれていくという構図をしており、もはやクラシカルとさえいえる、スリラー的なお約束展開が見られる。例えば、遠く離れた場所から連絡を取り合っていた友人の様子が徐々におかしくなる。友人の様子はどんどんと切羽詰まったものになり、その緊張がピークに差し掛かるや否や、一転、大変弛緩しきった様子の連絡をよこしてきて「大丈夫。なんともない。いまはむしろ満ち足りた気分だ」みたいなことを言う。この手のお約束を踏み散らかしてきている現代の読者にとっては、この緊張からの緩和で、すでに友人になにが起こったのかを推察することができるのだが、むしろこの手のお約束の発端がラヴクラフトなのではないかと思えるほどに、きれいにはまっている。「やめろ!来るな!」と叫んでいた友人が突然「ここはいいところだよ。君もおいでよ」みたいなことを言い出すなんていうのは、はっきり言ってフラグであり、現代の読者からすると「はいはい。そのパティーンね」みたいになるのだが、作中の主人公は「よかった。友人も平気だって言っているし、行ってみよう」と、まんまと誘いに乗ってしまう。そうして赴いた当地で主人公を迎えるのは、友人の友人を名乗る見知らぬ男で、この設定もやはりお約束的で、こちらとしては「罠だ!逃げて!」となるのだが、主人公は呑気に「わざわざ迎えにきてくれてありがとう」みたいになったりしている。そうこうするうちに屋敷に招かれ、どうも様子がはっきりと読み取れない友人との出会いも果たし、やけに辛みのある変な味のコーヒーを飲み、招かれた屋敷での一人での夕食を済ませ、その晩は屋敷に泊まることになる。するってぇとその晩にめくるめく悪夢のような出来事が起こるわけなんですが、その恐ろしい出来事を受けて冒頭の〈じっさいに目に見える恐ろしいものは、結局なに一つ見なかったのだということを、心によく銘記しておいていただきたい〉を繋ぐとあら不思議。最高にイケてる展開になるわけなんですね。しかし『闇に囁くもの』では、途中まで、正体不明の化け物が人間社会に入り込んでいるような物語だったのに、気付けば宇宙SFのような様相を呈してきて〈超宇宙的脳髄〉みたいなパワーワードを放り込みながらも「冥王星の発見」という当時のニュースに沿ったネタなども放り込んできており、この辺りも作者の真骨頂といえるだろうな、と思いましたね。サスペンスとスリラー、SFとメタフィクションの要素も散りばめて、壮大な宇宙を形成している感じで、これは確かに全人類必読の書ですよ。

というわけで、3月の課題図書はH・P・ラヴクラフト『H・P・ラヴクラフト全集1』でした。必読の書とか言いながら、私もこの『1』しか読んだことがないので、他のも読んでみたい気持ちになりましたね。もはやミームとしてお馴染みの「いあ!いあ!はすたあ!」はいいとしても「窓に!窓に!」は『1』の中には現れなかったですし。私、誰が「窓に!窓に!」をいうのか楽しみにしていたんですがね。結局誰も言わなかったので不完全燃焼ですね。他のも読みたい気持ちは満々ですが、4月は邦書のターンなのでこちら。寺山修司『書を捨てよ、町へ出よう』です。読んでいきましょう。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?