猫の御加護

 2009年に一人でロシアを訪れていました。ME03に続くマトリョミン時期モデルの開発で、ロシアのエンジニアと打ち合わせや契約などするためです。

 モスクワのホテル宿泊料金はすでに高騰していて、安ホテルの「ホテルイズマイロヴォ・ベガ」に泊まりました。思えば始まりから波乱含みでした。
 予約サイトやホテルのwebサイトで予約せず、知人か誰かに予約を依頼していました。当日ホテルに到着してみると「あなたの予約はない」との答え。慌てて予約を代行した人に問い合わせてみれば、予約の最終段階で保留にしていることがわかりました。
 その年はモスクワでサッカーのユーロカップか何かの試合があり、モスクワ中のホテルはどこも予約で満杯。気落ちして再びフロントに向かうと、ホテルの予約責任者と直接相談してみてくれとのこと。ロビーで一泊することを覚悟して担当者に、拙いロシア語で直談判しました。こういう懇願をする経験はロシア留学中に何度かあって、一泊分私に割り当ててもらえることになりました。とりあえず一泊は確保できましたが、残りの数泊分も予約担当責任者のオフィスを訪ね、相談してなんとか帰国日までの宿泊手配ができました。

 このときはトラブル続きでしたが、不思議な経験もしました。
 最終日はいろいろとややこしいエンジニアとの契約も済ませ、クタクタに疲れてホテルに戻りました。少し仮眠して目が覚めましたところ、不覚にも寝過ごしたようで、慌てて出発の準備をしました。このホテルは旧いソ連スタイルで、各階には管理人の女性が24時間常駐しています。顔なじみにもなった管理人のご婦人にも「おはよう! さようなら」と別れを告げ、フロントでチェックアウトの手続きをしていると「「おはよう」は朝に言うものです」と真面目くさっておっしゃる。まあいいやとホテルを出ました。地下鉄の駅まで歩いているとなんだか様子が少し変。徐々に暗くなっています。もしやと思い時計をみると、フライトの前日の夕方でした! 慌ててホテルに戻りますがすでにチェックアウトを済ませていて、エレベーターホールには弁慶のようないかつい門番がいます。勘違いしてチェックアウトしたなどの説明をすれば不審者と思われ、余計ややこしい事になりそう。ああどうしよう、困ったなと思案していましたが、ええい、なるようになれとエレベーターに向かうと、件の門番が女性とイチャイチャしていて、その隙きを突いてエレベーターに滑り込めました。泊まっていた階に到着し、階を管理する女性に事情を説明すると「人生にはそういうこともある」と、鍵を渡してくれました。

 このときの訪露は、新型マトリョミン開発の打ち合わせが目的でしたが、ロシアで貰い受け、日本に連れ帰って13年暮らした猫の遺灰を、共に暮らしていたロシア語学校の寮の庭に散骨することも大きなミッションでした。いくつかの幸運に助けられましたが、猫の御加護があったからだと思っています。

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