2008年11月22日に書かれた北山コピー機物語

この文章は2008年11月22日に書かれた北山のサラリーマン時代をつづったものです。先日も唐突に載せましたが、これがのちにノイジーズで語られるコピー機物語「泣き女」の内容と同じになっています。とはいえ、2008年のほうが記憶が鮮明だったのかより克明に事象が語られています。事実は小説よりも奇なり。気になる方はお読みください。(LESS北山)

1998年
大学をでた僕はOA機器の販売メーカーに就職をして、研修後、住吉の営業所に配属された。任されたのは研修時に習ったような「アポイント」の取りかたも存在しなければ「社長室」もほとんど存在しないような町「西成」の3分の1の担当。1日に40件程度の会社を訪問し、特別に買ってもらった中古の自転車をこぎ回って毎日営業を繰り返す。

とある不動産業のダメージX(業界用語:ゼロックス機械からの新規入れ替えを差す)が間近に迫ったある日の夕方、僕の携帯電話がけたたましく移動中に鳴った。電話の主は他でもないその不動産会社の社長からだった。

「ゴメンなんやけども機械の導入はなかったことにしてくれへんかな?今やったらキャンセルできるやろ?」

初めてのダメージXがおじゃんになってしまう。一気に脂汗が出る。

「いやあ、そりゃあないですよ!何かウチに落ち度があったんですか?」
「いや、そういうわけやないねんけどな。」

社長がどうにも口ごもるので、兎も角会いましょうということで急ぎその会社に自転車は方向転換した。

この地域にしては珍しく会議室がある会社で、僕は10分ほど待たされ、その後すまなさそうな顔で社長がやってきた。

この会社に入ったきっかけはいつものごとく飛び込み営業のうちの一企業というところからだった。何度も何度も断られるうちに単純に世間話をする仲に社長となってしまい、そこから2ヵ月後、

「今のうちの機械担当は全然けえへんけど、君はこうやってしょっちゅう来てくれとる。しかも周りの会社の情報も詳しいしな。」

といきなり機械の入れ替えが決まった。事務所内でダメージXをやった人間は今期は係長と所長のみ。東大阪チーム全体でもなかなかないことだった。

「これは君、とんでもないホープがいたもんですな!」

と所長は僕を大絶賛し、近くの回転寿司で贅沢に祝いを受けた。その直後だった。

あれだけ盛大に祝いをうけた後、こんなところで契約解除なんてとんでもない。僕は猛烈に困った旨を社長に伝えたが、社長は頑として契約を拒んだ。
「やっぱ今のゼロックスさんとの付き合いはやめれんのや。すまんなぁ。」
若い僕のいいっぷりにキレてもおかしくない状況なのに、この60を超えた経営者は心底頭を下げてくれた。

もうこれ以上はいえない。

所長にその場から携帯を鳴らし、今の状況を説明、所長も一瞬言葉をなくしていたがすぐに
「気にせんでええ。Xはそんな簡単やないからな、わかっとる。」
と僕に励ましの言葉をくれた。

「所長にも伝えました。これでキャンセル成立です。契約書破棄に関しては後日ということで。」

意気消沈した僕に社長は「スマン」と再び謝ってくれた。もう充分だ、切り替えよう。

僕は会社を後にしようとした。と、そのとき会議室に芸能人かと見紛う女性が向かってきて僕とすれ違った。もう美人としかいいようのない顔に綺麗なスタイル。田舎営業の僕とは全く違う気品のよさを彼女は携えていた。

「社長、今回はどうも」
「あ、きたんかいな。参ったな、リコーさんおるのに」

僕はこのときになってはじめて彼女がXの担当者だと知った。このエリアの機械に貼られたXの名刺は全てある一人の男性のものだったし、機械変更の旨をXに連絡した際も出たのは男性だった。つまりは担当が替わったのだ。

どうしようもない失望感。事務所でも先日とは打って変わってみんなの同情の目が僕に向けられた。

どうしようもなくなって下の機械置き場に逃げた僕に僕のエリアを前任していた先輩が降りてきて僕にきさくに声をかけてくれた。

「Xは強いって。コピー機のことをゼロックスなんて呼ぶ会社がいるくらいだぜ。仕方ないよ。」

いてもたってもいられなくなり、僕は先輩にさっきあったXの女性担当について話をした。先輩はなるほど、うんうんと聞いていて一言、
「おい、そいつはすごいな、泣き女が出たんだよ。」
とちょっと笑った。まさか?都市伝説と言われていた泣き女が実際いるなんて。。。

『泣き女』とは僕ら営業でもはや笑いの種になっている文字通り泣き落とし営業をする女性をさす。ある販社では社員教育の時点で「泣き」を教え、泣けるまで何度も何度もレッスンを受けるという。嘘だろと思うが、営業なんて何でもありの世界なのだ。特に女性が泣くなんて事態を目の当たりにしてしまえばどんな社長だっておどおどするに決まっている。

「これは面白いな。なぁ、ちょうどよかったよ。お前のいるエリアで忘れ物があってな、一緒にちょっと廻ってみようや。」

先輩はかなりニヤニヤと笑っていた。

次の日、僕は先輩と車で僕のエリアに向かっていた。着いた先は一見この先には何もないと思っていた神社の向こう。エリア外と思いきや、住所はきっちり僕の営業区域になっていた。

「こんなところがあるなんて引継ぎの時聞きませんでしたよ。」
「そりゃあ教えなかったからな。ま、いいんだよ。俺もここどうしようか迷ってたんだ。だから変にオマエが来るとウザイなって思ってたわけ。」

「はぁ」
先輩は大きめのビルにすっと入った。ここにもエリアにしては珍しく内線電話や応接室がある。しばらく待っているとにこやかな女性社長が僕らを迎えてくれた。

「まぁまぁ、なんや次もイケメンやないの!あんたとこは顔でとってんのか?」
社長は歳のころは40くらい。少し肥えていたが、顔はまんまるで愛嬌のある感じで人に好かれそうなオーラがにじみ出ていた。

「いやぁ俺ら褒めても何にもでないすよ。」

先輩はいつもどおりクールに返す。

「で、前にほらやろうって言ってた機械、入れ替えませんか?そろそろ。」

いきなりA見込み(業界用語:当月決まる機械を指す)発言をする先輩に度肝を抜かれ、

「ああ、そうしようか。」

とあっさり返す女社長。なんだ、このスムーズな話は。

「あ、あの」
びびる僕が口を挟んだ。

「現在は何の機械をお使いなんですか?」
「フフ、びびるなよ。」
先輩がまたしても不敵な笑みを漏らす。
「こ、これ、ドキュ…」
目の前に見えるのは紛れも無いX機。しかも年数は雄に4年を越え変更可能対応年数に入っているものだった。契約書はその日のうちに結ばれた。リースも事前申請していたようで、全てがあっという間の出来事だった。

「なんであんな凄いのを入れ替えなかったんですか?」
車に乗り込んだ僕は即座に先輩を問い詰めた。

「ああ、時期が悪かったんだよ。替えようとしたときにちょうどなんかデカイ取引先が飛んだ(不渡り)らしくてな。半年待ってくれって言われて、で、その半年が今日ってワケだ。」
「でもこれって僕のポイントになっちゃいますよ?所長に言わなきゃ。」
「いいんだよ。俺から後輩へのプレゼントってことで。というかオマエにちゃんと他社機の変え方を教えてなかったからな。今からちゃんと教えてやるよ。」
僕は何がなんだか分からなかった。

「いいか、まず機械を先に変えるんだ。X販社への連絡はその後。」
「ええっでもそんなことしたら他社機を勝手に…。」
「いいんだよ。」

後日、機械の入れ替えは実にスムーズに行われた。R製を取り付け、X製を車に乗せる。Xの機械はウチの事務所に運ばれた。

「さ、ここで電話だ。わかるだろ?泣き女なんて途中で入らせちゃいけないのさ。」

X販売店の人間はその日のうちにウチの事務所にやってきて機械を引き上げた。美人の担当は僕をぐっと睨み付けたが、「早く持って行ってくださいね。」という先輩の言葉に打ちひしがれ車に乗り込み即座に去った。

先輩は車を見送りながら僕に言った。
「オマエには運があるけど、仕事がオーソドックスすぎるんだ。頭使うんだ、頭。頭使ってこのエリアの替えれるところ全部みんな根こそぎ持っていってしまえよ、気持ちいいぜ。」

僕のダメージX記録はここから始まり、僕は1つ1ついろんな方法でXをRに替えていった。でもX営業は僕のエリアを全く無視し続けた。

そんなある日、住之江のMA会社1社分、50台がXに根こそぎ持っていかれた。僕らの営業所にとってはまさに青天の霹靂。所長は本部に呼び出され、苦い顔をしたまま暫く外を眺めていた。

「頭がいいのは向こうも同じか。」
東京喋りが颯爽と似合う先輩はそっと僕につぶやいた。

仕事というのは全くもって難しい。

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