部下に「勝手なこと」をさせないために上司がやるべきこと
「勝手なことするな!」
という感じで若いころ
よく怒られました(今でも?)
サッカーの試合から始まり、
営業部に配属されてからもそう。
役職みたいなものがついても、
その上の部長クラスにアタマを叩かれる。
でもこれ、
なんでなんでしょうかね。
「やりづらさ」を訴える人は
僕の周りにもたくさんいました。
僕の人間性は
いまさら肯定しようがないのですが、
その他の人々が怒られる理屈は
僕がいうのもなんですが、なかなか通りにくい。
ここはひとつ、
「人」ではなく
「仕組み」に注目して、
諸悪の根源をあぶりだせないか?
怒る人も悪くないし、
怒られる人ももちろん悪くなくて、
悪いのは「仕組み」
そのロジックを
まとめてみようと思います。
■そもそも
「勝手なこと」
をしてしまうのはなぜか?
答えは2つあって、
「自由にやっていいよ」と言われたか
「何をやっていいか分からないか」
前者は、
マネジメント層が戦略をつくって、
部下に共有した上で、
戦略に一貫した戦術であれば
好きにしていいよ(細かいことはいいません)
という態度。
一方後者は、
戦略も何もなく、特に指示もなくて、
あるのはノルマだけという状態。
ノルマ未達の末に発せられる言葉が
「勝手なことするな」です。
そんな理不尽な…と思うなかれ、
お上にしてみれば
「できないんだったら素直に聞けよ」
という言い分。
下の人たちはいつも不利だと思います。
ところがよくよく考えると
ことの問題の本質は
「仕組み」にあることは明らかで、
「人」が責められるいわれはどこにもない
ということがよく分かります。
■では前者、
つまり「自由にやっていいよ」は
どうか?
戦略という「仕組み」を
ちゃんと作っているという意味において、
マネジメント層の主張(勝手なことするな)
は筋が通っているように見えます。
ここで僕が指摘したいのは
「戦略の本質」
戦略とはそもそも、
他者(競合相手)との違いを問題にしています。
「なぜ打ち手が競合を上回る価値を生みだすのか」
「なぜ利益がもたらされるのか」
を説明できれば
「違い」はつくれますが、
個々の打ち手はいずれにしても
「静止画」
社員それぞれが
バラバラに打ち手を出すだけでは、
たとえそれらが戦略に一貫性がある(ように見えても)
それだけでは「違い」をつくることはできません。
個別のアクションが組み合わさり、
相互に作用する中で、長期利益が実現されます。
個別のアクションが
因果論理で縦横につながったとき、
戦略は「動画」になります。
自分の仕事が戦略の中でどこを担当しており、他の人々の仕事とどのようにかみ合って、成果につながっているのか。
戦略全体としての実感がなければ、
「勝手なこと」をしてしまうのも
無理はありません。
■メンバーは
自分たちの合理性を求めています。
戦略のどこに配置され、
いつどのタイミングで自分の行動が機能するのか。
戦略の構成要素の
「空間的」な配置形態と、
「時間的」展開に敏感です。
そしてもうひとつ。
理屈で人は動かない
ということ。
理屈がわかっても人は行動を起こしません。
科学的ロジック、数値的根拠、ストーリー
という合理性とともに欠かせないモノ。
「情」です。
「ビジョン」といってもいい。
この街を元気にする
商店街の店主を興奮させる
涙が出るような感動をつくる
情緒的なプランなしに
理屈が人の思考を駆動することはありません。
営業活動などの戦術が
構図のどこを担当しているのか。
それらの連動性、関連性を整理し
エンドユーザーの喜びを可視化します。
■さて僕は今、
Jリーグを目指す
サッカークラブのプロジェクト
に関わっていますが、
メンバーが少しずつ増えてきてうれしい反面、
メンバーひとりひとりが何を考えて、
具体的にどんな行動を起こし、
どんな成果を導き出すのかという
設計図を必死に考案中。
ビジョンは明確であり、
代表も個々の自主性を重んじていますが、
それぞれがバラバラに動くのではなく、
それぞれの動きが戦略の構成要素として、
どこにレイアウトされ、
いつ何をするのかを可視化して共有する。
「勝手なことするな」
とまさかこの僕が言っちゃう
ことのないよう、
戦略の構成要素と
そのつながりをデザインしていきます。
つながりの数を増やして
時間軸での拡張性や発展性を高めて、
それぞれの因果関係の蓋然性を
高めていきます。
ただいま無料キャンペーン中です。
興味のある方はのぞいてみてください。
今日も最後まで読んでくれて
ありがとうございました。
それでもはまた明日。
おつかれっした!
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