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【小噺】ズル休みの高校生と奇妙な訪問者

不意に鳴ったベル

ええ、私が高校三年の時の話ですな。毎日学校に通い続け、めったに休むことなく、皆勤賞を目指しておりました。ところが、ある日どうしてもサボりたくなりましてね、ええ、仮病を使うことにしました。母親には「お腹が痛い」と嘘をついて、家でゴロゴロしておりました。

家の中はしんと静まり返っておりまして、親も仕事に出ておりましたから、私一人で寝転がっておりました。そんな時に、家のベルが「チリンチリン」と鳴ったんでございます。我が家は古い家でして、インターホンなんて便利なものはございません。ただのベルが「チリンチリン」と鳴るだけです。「こんな時間に誰だろう?」と思いつつ、疑いもなく玄関の扉を開けました。

扉を開けますと、そこには見知らぬ三人のおばさんが立っておりまして、にこやかに微笑んでいるんです。「こんにちは」と挨拶をされまして、私は少し戸惑いましたが、「こんにちは」と返しました。どうやら宗教の勧誘のようで、「手かざし」というものを広めているとのことでした。

さて、この三人のおばさん、実に個性的でございましてね。まず、リーダー格の一人目は、おばさんA。何かと頼れる感じで、どこか神々しさが漂っています。目元はキリッとしていて、声も通る。「私たちは、この地域で神聖なる手かざしの教えを広めているんですよ」と語るその姿は、まるで高僧のようです。

次に、おばさんBは、笑顔が絶えないおばさん。話すたびにニコニコしていて、その笑顔だけで何かが治るんじゃないかと思わせるくらいの愛嬌があります。「手は太陽のエネルギーを吸収しやすいから、手をかざすと温かくなったり、怪我が治ったりするんです」と話すその表情には、どこかのんびりした安心感があります。

最後に、おばさんC。このおばさんは少し謎めいていて、あまり多くを語らずに微笑んでいるだけ。しかし、その微笑みには何か秘密がありそうな気がして、話を聞きたくなってしまうのです。「これは太陽神のご加護を授かる神聖な儀式なんですよ」と言うときの目の輝きは、まるで何かを見透かしているかのようでした。

「今日はお時間よろしいですか?」と、リーダー格のおばさんAがにっこりと尋ねます。私は仮病で頭がぼんやりしておりましたので、「はい、大丈夫です」と答えてしまいました。

「私たちは、この地域で神聖なる手かざしの教えを広めているんですよ」とおばさんAが続けます。「手は太陽のエネルギーを吸収しやすいから、手をかざすと温かくなったり、怪我が治ったりするんです。これは太陽神のご加護を授かる神聖な儀式なんですよ」

正直、私はあまり信じていなかったのですが、おばさんたちの話に少し興味を惹かれました。リーダー格のおばさんAが「どこか痛いところ、調子の悪いところはありませんか?」と聞いてきましたので、私は「お腹が痛いです」と答えました。

「まあ、それは大変ね。ちょっと手をかざしてみましょう」とおばさんたちは言って、私のお腹に手をかざし始めました。三人の手が同時に私のお腹に近づき、じんわりと暖かさが伝わってきました。

その瞬間、私の心には何とも言えない不安と期待が交錯しておりました。部屋の中はしんと静まり返り、おばさんたちの息遣いがかすかに聞こえます。お腹にかざされた手の暖かさがじわじわと広がり、私はその不思議な感覚に戸惑いながらも、次第にリラックスしていきました。

「どうです?暖かくなってきましたでしょう?」とリーダーのおばさんAが聞きました。

「はい、少し暖かい気がします」と私は答えました。実際に暖かく感じたんです。それが本当に手かざしの力なのか、単におばさんたちの手が温かかっただけなのかは分かりませんが、その瞬間だけは痛みが和らいだ気がしました。

「太陽神のエネルギーがあなたの体に入っていくのを感じてください」とおばさんBが言いました。「これでお腹の痛みもきっと良くなるわ。太陽神のご加護を信じてください」

「実はね、手かざしはただの手当てじゃないんですよ」と、三人目のおばさんCが話を始めました。「私たちの手には太陽神の特別なパワーが宿っていて、それを皆さんに分け与えることで、皆さんの運気も上がるんです。例えば、先週も手かざしをした方が宝くじに当たったんですよ!太陽神のおかげでございます」

その話には少し驚きましたが、正直なところ半信半疑でした。とはいえ、目の前で熱心に語るおばさんたちを前にして、否定することもできず、ただ頷いておりました。

「ね、あなたも太陽神のご加護を信じてみるといいわ」とリーダーのおばさんAが微笑みました。「まずは体で感じてみて、それから心で信じるの。そうすれば、きっともっと良いことが起こるわ」

満足した様子のおばさんたちは、「今日はこれで帰りますが、また来ますね」と言って帰っていきました。私は少し不安になりつつも、「ありがとうございました」と見送りました。こんな奇妙な出来事が現実に起こるなんて、思いもよりませんでした。

その日の夕方、母が帰宅すると私はおばさんたちとの出来事を話しました。母は「話を聞いたらまた来るやろ!」とこっぴどく怒られました。どうやら母はその手かざし系宗教のことをあまり快く思っていないようです。仮病で腹痛の高校生が、不屈の母親に怒られる、これまた一興でございますな。

次の日は土曜日。案の定、また三人のおばさんが訪ねてきました。「おはようございます、昨日の続きで来ましたよ」とリーダーのおばさんAが言いました。しかし、今回は母がしっかりと対応しました。

母が出てきた瞬間、おばさんたちは「こんにちは」と挨拶しましたが、母の顔は真剣そのもの。

「ちょっと待ってください。うちはあなた方の宗教には興味がありません」と母はきっぱりと言いました。

「でも、太陽神のご加護を受ければ、きっと…」とリーダーのおばさんAが言いかけたところで、母がピシャリと遮りました。

「うちはそういうのは結構です。どうかもう二度と来ないでください。次に来たら警察呼びますよ!」と母は強い口調で言いました。

おばさんたちはしぶしぶ帰って行きましたが、母の強い態度に私は少しヒヤヒヤしました。

驚いたことに、その後、私の腹痛は徐々に治まりました。仮病だったのが本当に治ったんです。時間の経過によるものなのか、それともおばさんたちの手かざしの力なのかは分かりませんが、痛みが和らいでいきました。

こうして私は無事に学校に復帰することができました。思い返すと、腹痛と共にやってきたおばさん達との奇妙な出来事も、今となっては笑い話です。私の高校三年生の一コマは、思わぬ形で記憶に刻まれました。ということで仮病の腹痛はいつの間にか治っていたのでございました。オチがついたところで、これにて一席、おあとがよろしいようで。

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