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紅海情勢への懸念を高める中国

ガザ戦争の勃発以降、米国や欧州諸国、ロシアが活発に外交を繰り広げてきたのに対し、中国の存在感は希薄な状態が続いてきた。グローバル・サウス諸国からの支持を意識し、また米国と対抗する観点からアラブ諸国寄りの立場を取ってきた中国は、国連等の場で厳しいイスラエル批判をしてきたものの、紛争からは距離を置く姿勢を保ってきたと言える。中国の中東政策は伝統的に全方位外交を追求するものであり、域内の紛争には不関与を貫いてきた歴史があるが、それは今回の事例でも踏襲されてきた。

しかし、こうした中国の消極的な対応は、情勢が紅海にも波及して中国と欧州との貿易ルートが脅かされるようになったことで徐々に変化しているようだ。船舶会社は欧州-アジア間の最短経路である紅海ルートを避け、10日から14日ほど日数が多くかかる南アフリカの喜望峰経由のルートを使用するようになっており、輸出入にかかるコストが上昇している。

出所:"Red Sea shipping chaos puts strain on Chinese exports", Think China 

1月14日、王毅外相はアフリカ外遊の一環としてエジプトを訪問したが、これはガザ戦争勃発後に初めてとなる中東訪問であった。王毅外相はシュクリー外相との会談後の共同記者会見の場にて、紅海情勢への懸念を表明し、フーシー派に民間船舶への攻撃を停止することを呼び掛けた。もっとも、中国の立場は米国とは異なり、イスラエルによるガザ侵攻が紅海情勢悪化の根本的な原因であり、ガザでの即時停戦の実現が紅海での緊張緩和に繋がるとの認識を示している。同時に、米国によるイエメン空爆は紅海における治安リスクを引き上げるとも批判している。

エジプトのシュクリー外相と会談する中国の王毅外相
出所:中国外務省

一方、1月26日付のReutersは、中国がイランに対してフーシー派に民間船舶への攻撃を停止するよう圧力をかけていると報じた。同報道によると、中国の利益が損なわれるようなことが起きれば中国とイランとのビジネスに影響が出るとイランに伝えている模様である。中国・イラン間の貿易は紅海を経由しないことを考えれば、これは恫喝的な表現と言えるだろう。中国はイランの石油輸出の9割を輸入していると見積もられており、イランに対する経済的に大きなレバレッジを有している。

しかし、中国・イラン間では昨年末から原油価格の交渉をめぐって揉めていると報じられてきた。昨年10月にベネズエラ産原油への米国の制裁が緩和されたことで、中国以外への輸出が増え、中国のベネズエラ産原油の輸入が減少、その影響でイラン産原油の中国向けの価格が上昇しているとされている。Reutersの報道の真偽は不明だが、中国は政治的にも経済的にもイランに圧力をかける相応の理由があると言えよう。

中国がイランに対して働きかけを強化することは、米国も後押ししている。1月26日と27日、王毅外相はタイにおいて米国のサリバン国家安全保障担当大統領補佐官と12時間以上に渡って会談した。米国側は同会談において、中国側にイランに対してフーシー派による攻撃を抑えるよう伝達することを要望したと明らかにしている。米国がガザ情勢に関連して中国に責任ある役割を求めるのは今回が初めてのことではないが、ハイレベルの二国間会談において主要な議題として取り上げられたことは、中国が地域情勢により深く関与することを切望している証左であろう。米国は1月12日にフーシー派への直接攻撃に踏み切ったが、フーシー派による民間船舶への攻撃は止んでおらず、抑止を実現できていない。

中国の関与の拡大は、フーシー派に攻撃を自制する理由を与え得る。フーシー派は中国とロシアの船は攻撃の標的にしないと主張してきたが、国際貿易網は複雑に絡み合っており、中国の船舶が直接の標的にされないとしても、紅海の通商ルートを利用する国に影響を及ぼすことは避けられない。また、フーシー派の情報収集能力は高くなく、ロシア産の石油を運ぶタンカーを二度も攻撃の標的にしている。フーシー派はイランの傘下にはないものの、イランから要請を受ければ、活動の方針を転回する可能性は低くない。もっとも、ガザにおけるイスラエルの軍事作戦が最終段階に向かいつつある中、フーシー派の方が先に攻撃を停止する積極的な理由はないため、情勢の平常化には最低でも数週間の時間を要するだろう。

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