激化するガザ情勢③
10月28日に地上戦を含む「第二段階」に入ったイスラエルのガザ侵攻は、ガザ地区の北部の包囲が完了し、市街戦が激化している。
11月18日時点のイスラエル軍の犠牲者数は380人に上っているが、このうち300人超が10月7日のハマースによる奇襲攻撃によって亡くなっている。10月28日以降に70人近くの兵士が死亡していることから、地上戦の開始に伴いイスラエル軍の兵士の犠牲が急増していることが分かる。一方、イスラエルの民間人の死者数は、10月7日の奇襲により859人の死亡が確認されているものの、それ以降はほとんど発生していない。また、拉致された人質はおよそ240人と推定されているが、これまでに4人が解放、1人が救出され、2人が死亡した他は、安否が確認されていない。
ガザ地区の犠牲者数は10月17日時点で12,000人を超えたとされているが、このうちハマースの戦闘員がどれだけ含まれているかは不明である。ガザ地区内の保健当局の発表によると、このうち子供が5,000人、女性が3,300人を占めており、多くの民間人が犠牲になっていると推定される。もっとも、病院各所がイスラエルの攻撃対象になっており、病院のオペレーションが阻害されていることから、確認されていない死者の数は当局の発表を大きく上回る可能性もある。事実、地上戦の開始以降、保健当局が発表する死者数はそれ以前よりも減少する傾向にあり、特に11月中旬は顕著に減少している。11月16日、17日に発表された死者の総数は11,500人、12,000人と概数になっており、被害の把握が困難になっていることが窺える。
イスラエルはハマースの殲滅を軍事目標に掲げているが、依然としてそれが具体的に何を意味するのかは確定していない。ネタニヤフ首相は11月7日のABC Newsのインタビューにて、「イスラエルは、無期限で、安全保障全般の責任を負うことになると考えている(I think Israel will, for an indefinite period, will have the overall security responsibility)」と述べ、ガザ地区の戦後統治について初めて言及した。米国はイスラエルによるガザの再占領を拒否する姿勢を示しており、イスラエルもガザの再占領はないとしているが、ネタニヤフ首相は国際部隊やヨルダン川西岸を治めるパレスチナ政府が戦後にガザを統治することも否定しており、事実上の占領となることを示唆させている。ネタニヤフ首相の発言した内容はイスラエル政府の政策として決定されたものではないが、このまま軍事侵攻が継続すれば、そのままなし崩し的に現実のものとなり得る。
地上戦の開始から3週間が経つが、イスラエル軍が目立った戦果を挙げられていないことが戦線の拡大とガザの再占領といった発想を招いている可能性は否定できない。イスラエル軍がガザ北部を包囲し、作戦を遂行したのは、北部にハマースの軍事拠点が集中しており、幹部や拉致された人質も北部にいるものと見られていたからだ。
しかし、人質は10月30日に1人の女性兵士が救出されて以降、1人の救出も実現していない。11月14日には、ハマースがイスラエルの空爆で死亡したと主張する人質の女性兵士1人が死亡したことをイスラエル側も確認した他、11月16日にはガザ地区内にて別の女性人質1名の遺体が発見された。ハマースとの交渉による人質解放が水面下で進められてはいるものの、軍事作戦による人質の救出がほとんど成功していないことは、軍事行動の正当性を揺るがしかねない。ハマース側はイスラエルの空爆により人質が50人以上死亡していると主張しているものの、イスラエル側はこれを事実として認めてこなかった。しかし、人質の死亡が初めてイスラエル側でも確認されたことによって、人質の救出を最優先に求める国内世論から軍事行動への批判が高まる恐れが出てきている。
また、イスラエルはハマースが軍事拠点に利用しているとの名目で病院や学校、難民キャンプといった民間施設への攻撃を繰り返してきた。特に、ガザ地区最大の病院であるシファー病院はハマースの司令部が置かれていたと主張しているが、今日に至るまでハマースの軍事拠点として利用されていたという確たる証拠を提示することができていない。ハマースが過去に病院や学校といった民間施設を軍事利用してきたことは事実であるとしても、シファー病院を「ハマースのテロ活動の主要な司令部」として断じ、攻撃を加えたからには、その証拠が見つからなければ国際人道法に抵触することになる。米国はハマースが同病院を利用していたことを示す独自の情報を持っていると表明し、イスラエルを擁護しているが、米国メディアを始め多くの国々はそれを懐疑的に見ている。別の病院の壁にかけられていた曜日が書かれたカレンダーを、ハマース戦闘員の名前が書かれたシフト表だと主張するイスラエル軍の稚拙な情報工作もあり、病院に軍事拠点があったとするイスラエル軍の情報への信頼性は大きく低下している。
ハマース幹部の殺害は断続的に報告されているが、最重要目標であるガザ地区の指導者のヤヒヤ・シンワール、軍事部門トップのムハンマド・ダイフのいずれも消息を確認することができていない。
イスラエル軍は、11月16日、ガザ南部のハーン・ユーニスにおいて、一部の地区から退避するよう呼び掛けるビラを空中から散布した。これまでイスラエル軍は、ガザの住民に対してワディ・ガザの北部から南部へと退避するよう呼び掛けていたが、南部で退避を呼び掛けたのはこれが初めてのことである。11月17日、イスラエル軍の報道官は、ハマースが存在するところが攻撃の対象であり、それはガザ地区の南部も含んでいると述べた。翌18日、ガラント国防相も南部での作戦は間もなく始まると述べ、16日から18日かけて急に南部へと意識が向けられるようになった。
人口230万人のガザ地区において既に150万人が避難民になっていると見られているが、北部からの避難民が押し寄せている南部での地上作戦が開始された場合、民間人の犠牲は更に拡大することが予想される。現時点で南部での地上作戦をイスラエル軍が企図しているかは不明だが、北部での作戦においてハマースの殲滅を実現したと確信が持てなかった場合、南部にも戦線を拡大させる可能性は高いだろう。
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