ロシアのウクライナ侵攻に対する中東各国の立場② - OPEC諸国の思惑

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、欧米諸国はロシア経済を疲弊させてプーチン大統領に圧力をかけるためにロシア産化石燃料への制裁を進めようとしている。3月8日に米国はロシア産の原油、LNG、石炭の米国への輸入の即日停止を決定、同日にEUは2030年までのロシア産化石燃料への依存の脱却を唱え22年末までにロシアからのガスの輸入を3分の2に減らす計画を発表した

ロシアは輸出のおよそ6-7割を天然資源が占めており、ロシアの原油・ガス輸出が停滞すればロシア経済への影響は甚大なものとなる。一方、世界第2位の原油・天然ガス輸出国であるロシアを市場から締め出すことは、深刻な供給不足を招く恐れがある。ロシア産エネルギー資源への制裁措置が発表された3月8日にWTI原油価格は130ドル近くまで急上昇、その後も110ドル前後と高い水準で推移している。

欧米諸国はロシア産エネルギー資源への経済制裁を実効性のあるものにすべく、高騰するエネルギー価格の抑制を求めてOPEC諸国に原油の増産を要請している。しかし、3月2日のOPEC+閣僚会合では現状の維持が決定され、原油市場への介入は見送られた。

OPEC+とは、サウジアラビアやイラク、イラン、UAE、クウェート、ベネズエラ、ナイジェリア等の産油国13カ国からなるOPEC加盟国と、ロシアやメキシコ、カザフスタン等のOPEC非加盟の産油国11カ国との間で2016年に形成された協力枠組みである。2011年から100ドル前後で推移してきた原油価格は、米国でのシェール革命による原油生産の増大により、2014年7月から同年末までに50ドル台まで急落した。自国の市場シェアの確保に固執する各国は生産調整の導入に及び腰であったことからその後も油価は低迷し続け、2016年には30ドル以下まで落ち込んだ。財政収支の大幅な悪化に危機感を募らせた上述の国々は、2016年12月にOPEC諸国が120万バレル/日(bpd)、非OPEC諸国が60万bpdの合計180万bpdの協調減産を実施することで合意し、今日に至るOPEC+の協力枠組みが発足した。

減産幅や参加国は変化していったが、2020年初頭までは概ね16年12月の減産枠組みが維持されていたと言える。しかし、2020年に新型コロナウイルスの影響で世界経済が急速に悪化し、WTIの原油先物価格が一時マイナス価格をつけるという異常事態になると、OPEC+は4月の第10回閣僚会合にて合計970万bpdの大幅減産を実施することで合意した。当初の合意では、5-6月に970万bpdの減産を実施した後、7-12月は770万bpdの減産幅に修正、2021年1月から22年4月は580万bpdの減産幅に修正することとされた。合意の期限は2022年4月とされ、21年12月中に合意の延長について協議することとなっていた。

OPEC+の協調減産とコロナ禍からの世界経済の回復により2020年末頃から油価は徐々に上昇していったが、コロナ禍は当初の想定よりも長期化した。2021年7月の第19回閣僚会合にてOPEC+は協調減産を22年12月まで延長することで合意、そして21年8月からは毎月40万bpdずつ減産を緩和していくことを決定した。このペースで減産幅を徐々に減らしていくと、2022年10月には20年4月に合意した970万bpd分の減産を完全に解消することになる。

2020年4月の合意と21年7月の合意は、その後も毎月開かれるOPEC+の閣僚会合で遵守の継続が確認されてきた。2021年12月には、OPEC+による協力枠組みが5周年を迎えたことを歓迎する声明がOPEC事務局長から出され、強固な協力体制が継続していることが称揚されている。

ウクライナ危機は、こうした最中で起きた。2022年3月2日の第26回閣僚会合にてOPEC+が現行の小幅増産を維持する決定を行ったことは欧米諸国を失望させたが、これは過去5年間のOPEC+での取り組み、そして2020年4月と21年7月の合意の遵守を繰り返し確認してきたOPEC+としては、長い協力関係に裏打ちされた自然な行動と言える。サウジアラビアやUAEが欧米諸国の要請に応じてOPEC+での合意をロシアの同意なく勝手に逸脱するようであれば、OPEC+のような協力枠組みは二度と復活できない程に深い亀裂が産油国間に入るだろう。生産量のシェアが低下しているOPEC単独では市場価格の統制は不可能であり、ロシアの協力が得られなければ各国の原油政策の前提が崩壊しかねないとOPEC諸国が考えていることは想像に難くない。

一方、全ての産油国がOPEC+での協調減産を全面的に支持しているかというと、それは全く別の話である。2014-16年に油価が低迷する中でも中々立場を同じくできなかったように、産油国にとって減産は基本的に不人気な政策である。2020年3月には、当のロシアが減産の実施に難色を示し、減産強化を主張するサウジアラビアと衝突してOPEC+の協力枠組みは一度崩壊した(4月に減産で合意)。また2021年7月のOPEC+合意が成立する直前には、協調減産の延長を主張するサウジアラビアと、減産枠の基準となる生産量が自国の現在の生産能力より大幅に低いためこの基準生産量の見直しが実現しなければ協調減産の延長は認められないと主張するUAEの対立が表面化した。OPEC+の閣僚会合は2度の延期を経て、UAEの主張を一部認めるかたちでようやく合意に至ったこともある。

原油価格の安定のために自国の生産能力を大幅に下回る減産を自主的に実施しているのはサウジアラビアくらいであり、その他の産油国は出来ることならば油価が高いうちに増産に走りたいのが本音だろう。もっとも、サウジアラビアは各国から減産の協力が得られないと見ると、その巨大な生産能力と安価な生産コストを武器に市場争いに参入してくる。それに太刀打ちできない他の産油国はサウジアラビアを怒らせないようにするしかなく、こうしてサウジアラビアが必然的に主導するようになっているのがOPECの現状である。3月9日にオタイバ駐米UAE大使がOPECでの原油増産に前向きな姿勢を表明したが、翌10日にマズルーイーUAEエネルギー相はOPEC+の合意にコミットしていくことを表明している。1年前のUAEの主張を考えると、原油増産に協力したい気持ちがある一方、サウジアラビアの了解なしに単独で増産に踏み切ることはないとの立場を確認したところであろう。

OPEC諸国が原油の増産に踏み切らない理由は、OPEC+の合意を遵守しながらでも2022年はもともと大幅な増産が予定されているところもある。2021年8月から実施してきた月40万bpdの減産緩和により、2022年中にOPEC+諸国は460万bpdの増産が見込まれている。IEAは昨年11月時点で2022年の原油の需要が9970万bpdであるのに対し、供給は1億182万bpdとおよそ200万のbpd供給超過が起きると予測しているが、それはOPEC+による増産予定が織り込まれていることが最大の要因である。予定通りの増産を続けても2022年末にはOPEC諸国による余剰生産能力は縮小する見込みであり、生産能力に余裕があるのはサウジアラビア(154万bpd)、イラン(130万bpd)、UAE(76万bpd)くらいである。

また、ロシア産原油が欧米諸国に輸出されなくなったとしても、アジア・アフリカ等で別の国がロシアからの原油輸入を増大させるようなことがあれば、売り先が変わっただけで市場に流通する原油の総量は変わらないことになる。ロシアがすぐに売り先を見つけられず在庫を積み上げることになるとしても、欧米の産油国も自らで増産を進める可能性が高い中、OPEC諸国が原油を増産させれば、市場の需給バランスが供給過剰に傾いていくことは十分に有り得るシナリオである。

さらに、ウクライナ情勢の影響で合意の実現が一層難しくなっているが、イラン核合意が再度復活すれば、追加で100-150万bpdのイラン産原油が国際市場に供給されるようになる。イランはOPEC加盟国であるが、制裁下にあったことによりOPEC+による協調減産は免除されており、増産にあたって枷となるハードルがない。

まとめると、①OPEC諸国は過去5年間に渡るOPEC+の協力枠組みを重視しており、②2022年はもともと増産が予定されており焦って足元で増産を進める誘因が乏しく、③現下の情勢が市場への供給不足を起こすかは未だ確定的でないところが、OPEC諸国が原油の増産に否定的な理由として考えられる。欧米諸国によるロシアへの経済制裁の中身やタイムフレームも現在進行形で変化し続けていることから、OPEC諸国としては日和見的に情勢を注視することでロシアとの関係を維持しつつ、増産への協力のタイミングを眈々と狙うことが、自国の政治的・経済的利益の最大化に繋がると目論んでいるのかもしれない。もっとも、このような自国優先主義が、ウクライナでの人道危機の深刻化とともに国際的な批判が高まっていくリスクをどこまで勘案しているかは定かではない。

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