イスラエルでの右派政権発足と中東情勢への影響

2022年12月29日、イスラエルでネタニヤフ新政権が発足した。1996年に初めて首相に就任して以来ネタニヤフにとって6期目となる首相職だが、これまでの5期と大きく異なるのは、連立を組む政党がいずれもネタニヤフが党首のリクードより右寄りの政治立場を示していることである。

特に、今回の選挙で8議席増加となった極右・宗教右派政党連合を構成する宗教シオニスト党とユダヤの力党は、政権内でも強い発言力を持っており、ユダヤの力党の党首ベン・グヴィールは本人の希望通り警察を所管する国家治安大臣のポストを得た。

そのベン・グヴィール国家治安相は、1月3日にユダヤ教、キリスト教、イスラーム教の聖地であるエルサレムの神殿の丘(ハラム・シャリーフ/アル=アクサー・モスク)を訪問し、アラブ諸国を始めとする国際社会から非難を受けた。かつて2000年に当時リクードの党首だったアリエル・シャロンが神殿の丘を訪問した際は、パレスチナ人の大きな怒りを買い、第二次インティファーダが起こるきっかけとなった。今回のベン・グヴィールの訪問は、今のところそのような大規模な暴動に発展する兆しは見られないが、既に複数の波紋を起こしている。

まず、ネタニヤフは首相就任後の初の外遊先としてUAEを訪問する予定だったが、これはキャンセルとなる見通しだ。同訪問の実現は1月2日にイスラエル首相府が情報を認めたが、翌日のベン・グヴィールによる神殿の丘訪問により、すぐさま撤回されることとなった

UAEは他のアラブ・イスラーム諸国同様、ベン・グヴィールによる神殿の丘訪問を批判するとともにヨルダントルコの外相と電話会談を行ってイスラエルを非難する立場を確認している。UAEは元々、昨年11月の選挙以前から、リクードが宗教シオニストやユダヤの力と連立を組むことについてネタニヤフに警告しており、イスラエル・UAE間の協力が停滞することを示唆させていた。

また、現在国連安保理の非常任理事国であるUAEは、中国とともに国連安保理にて同問題を取り上げることを要請した。バイデン政権はベン・グヴィールの訪問そのものには懸念を示しているものの、国連安保理の場でイスラエル非難決議が採択されるような場合には拒否権を行使することが米国の外交スタンスである。イスラエル右派によるパレスチナ人への抑圧的な姿勢は広く国際社会から非難が集まっているが、それに乗じて中国がアラブ・イスラーム諸国の立場に同調する姿勢を示していることは、中東地域における米中間の外交上の駆け引きに一定の影響を今後も及ぼしていくだろう。

さらに、ネタニヤフは選挙勝利後にたびたびサウジアラビアとの国交樹立について言及してきたが、その構想は早々に座礁したといえる。12月15日にネタニヤフは、サウジ資本の国際メディアであるAl Arabiyaにて1時間のロングインタビューに応じ、サウジアラビアとの和平の実現がパレスチナ問題の解決に資すると訴えた。しかし、UAE政府も事前に警告していたように、イスラエルとアラブ諸国との関係改善には、ネタニヤフが政権内の極右勢力を十分にコントロールすることが前提となる。ネタニヤフ政権は聖地の現状維持を政策に掲げており、ベン・グヴィールの訪問も同政策の逸脱には当たらないとの立場を表明しているが、米国も含めネタニヤフ政権の主張に納得している国はなく、政権としての政治的立場に世界中から疑義を呈されることになってしまった。

リクードは第一党ではあるものの、政権を維持するためにはいずれの政党の協力も欠かすことができない。野党勢力は反ネタニヤフで立場を一つにしており、野党との協力が見込めないネタニヤフには取り得る手段が限られることから、今後も政権内の極右勢力の主張や行動に引きずられ、周辺諸国との軋轢を高める場面が数多く起きることが予想される。

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