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クウェート:サバーハ・ハーリド元首相が皇太子に指名

6月1日、クウェートのミシュアル首長は勅令を発出し、サバーハ・ハーリド元首相を皇太子に指名した。昨年12月16日にミシュアル首長が就任して以降、クウェートでは皇太子の座が空位のままになっていた。通例では首長就任から数日で皇太子の指名が行われるものの、憲法上は首長就任から1年間の猶予がある。これまでの首長交代と異なり、今回は皇太子候補となる有力者が複数いたことから、新皇太子の指名をめぐって国内の議論は紛糾していた。クウェートは現在、議会が停止しており、憲法の一部条項が凍結されている超法規的措置の状態にあるが、5月11日の記事でも指摘したように、この背景には皇太子指名をめぐる国会議員の干渉が問題視されていたという見方もある。

サバーハ・ハーリド皇太子
出所: クウェート国営通信

新たに皇太子に指名されたサバーハ・ハーリドは、1953年生まれの71歳である。クウェートの国立大学であるクウェート大学にて政治学を専攻し、1978年には外務省に入省して外交官としての道を歩むテクノクラートであった。1983-89年にはニューヨークの国連代表部で勤務し、1995-98年に駐サウジアラビア大使を務めた。1998年には新設された国家安全保障局(جهاز الأمن الوطني)の局長(閣僚級)に就任(2006年まで)。以後は閣僚ポストを歴任し、社会問題・労働相(2006-07)、情報相(2008-09)、外相(2011-19)を務め、2019年11月から2022年7月までは首相であった。テクノクラート出身の有能な政治家という評判であり、汚職疑惑のない清廉な人物として、議会とも一定の協力関係を築けていた。

一方、サバーハ・ハーリドはクウェートの統治王族であるサバーハ家の中でもハマド(分)家の出身であり、首相・閣僚としては優秀かもしれないが、王位継承ラインに乗るような人物とは見なされてこなかった。クウェートでは、7代目首長(1896-1915)のムバーラク(大ムバーラクと呼ばれる)の二人の息子のジャービル8代目首長(1915-17)とサーリム9代目首長(1917-1921)の子孫から首長が交互に輩出されるのが慣例となっており、ジャービルとサーリムの弟にあたるハマドの子孫からは、一人も首長を輩出していない。さらに近年はジャービル家の勢力が拡大しており、ミシュアル現首長を含む過去3代の首長はいずれもジャービル家の出身であった。ミシュアル首長が就任直後に首相に指名したサーリム家出身のムハンマドを除くと、有力な皇太子候補はいずれもジャービル家の人物であった。

サバーハ家系図
注: 有力王族のみを記載
出所: 筆者作成

従って、17代目にあたるミシュアル首長がサバーハ・ハーリドを皇太子に指名したことは、過去10代100年以上に及ぶクウェートの王位継承の慣例を破る、歴史的なサプライズ指名だったことになる。サバーハ・ハーリドはムバーラク首長の曾孫であるものの、祖父のハマド、父のハーリドはいずれも首長・皇太子になっておらず、有力な血筋ではない。2019年に同じくハマド家出身である従兄弟のジャービルから首相を引き継いだ際も、両人とも皇太子候補とは無縁であるが故に政争に巻き込まれやすい首相職に任じられたと理解されており、今日に至るまで皇太子候補として名が挙げられることはほとんどなかった。

ミシュアル首長がサバーハ・ハーリドを皇太子に指名したのは、慣例に捉われず、国民からの理解を得られるような有能で清廉な人物を次の首長にしたいと考えたからかもしれない。5月に超法規的措置により議会を解散させた今、強権的な手法で身内の人物を無理やりに皇太子に指名するよりも、国民、そして議会にとって受け入れ可能な選択肢を示すことが国内の安定に資するとの判断もあっただろう。

また、サバーハ・ハーリドはハマド家の出身であるものの、母親はジャービル家のアフマド10代目首長(1921-50)の娘モウザであり、妻はサーリム家の長老であるサーリム・アリー国家警備隊司令官(1967-)の娘アーイダと結婚している。ジャービル家、サーリム家のいずれとも近い関係にあることが、今後のサバーハ家内の力関係を大きく崩すことはないと見られた可能性もあるだろう。83歳のミシュアル首長に対してサバーハ・ハーリドは71歳と一世代分しか若くない。皇太子の有力候補として挙げられていたジャービル家系の王族には60歳前後の人物もいるため、今回は外れたものの次の機会に皇太子に指名される可能性は大いに残されている。

なお、サバーハ・ハーリドの正式な名前は、「サバーハ・ハーリド・アル=ハマド・アル=ムバーラク・アル=サバーハ」であり、これをあえて日本語訳すれば「サバーハ家のムバーラク(分)家のハマド(分)家のハーリドの(息子の)サバーハ」になる。名字にあたる部族名と本人の名前が同じサバーハのため混乱しやすいだろう。現地でもサバーハ・ハーリドと呼称されるが、これは同時代のサバーハ(・アフマド)首長(2006-20)と区別するため、父の名前であるハーリドまで呼ぶことが一般的になったためである。日本語ではサバーハ皇太子、サバーハ・ハーリド皇太子と記載することがより正確な表記となる。ハーリドは父の名前であり、名字ではないため、ハーリド皇太子と表記するのは誤りとなる。


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