ソフィアの闘病日記⑭
2021/9/12
今日は、ソフィアが天国に行って1週間目。
ソフィアをエデン農園のラベンダーの隣に、埋葬してきました。
お花が大好きだったソフィアに、くちなしの木を植えて、沢山の方々から頂いたお花を飾りました。
そして、私の両親とカディシュという服喪の祈りをしました。
カディシュ
神様ご自身の意思によって創造された世界にあって、神様の大いなる御名が広められ、聖別されますように。(アーメン)
そして、あなたの生涯に、あなたの時代に、そして全イスラエルの世代に、神様がご自身の王国を打建てられますように、そして速やかに、ごく近い将来になされますように。(アーメン)
神様の大いなる御名が、永遠から永遠にほめたたえられ、賛美され、栄光を受け、高められ、起こされ、崇められ、見上げられ、歓喜して迎えられますように。
神様はほむべきかな!
世界中で発せられる、どのような祝福、讃歌、賞賛歌曲をもってしても褒め称えきれないお方。さあ、アーメンと唱えましょう。
全てのイスラエルの上にありますように。さあ、アーメンと唱えましょう。
天上で平安をお創りになる方が、私達の為に、全てのイスラエルの為に、平安をお創りくださいますように。さあ、アーメンと言いましょう。
天上から豊かな平安が注がれ、私達と全てのイスラエルの為に命がもたらされますように。
ソフィアは、私に本当に良いものだけを与えてくれて、私もソフィアが幸せであるよう、本当に愛し大切にしていました。もっともっと、ずっと一緒に居たかった。頭では、猫の寿命も、神の時も分かっていても、ソフィアが愛に溢れた存在だったからこそ、ソフィアのことはずっと忘れられないと思います。神様が、こんなに可愛いソフィアを創ってくれて、私に与えてくださったことに感謝します。私のソフィアとの人生の16年間を平安と喜びと愛で満たしてくださったことに感謝します。ソフィアと過ごした16年間は、私の心に永遠に刻まれています。そして、いつか、早い時期に天国でソフィアに会える日を待ち望みます。
[ローマ人への手紙 8:18-25]
今の時の苦難は、やがて私たちに啓示される栄光に比べれば、取るに足りないと私は考えます。
被造物は切実な思いで、神の子どもたちが現れるのを待ち望んでいます。
被造物が虚無に服したのは、自分の意志からではなく、服従させた方によるものなので、彼らには望みがあるのです。
被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由にあずかります。
私たちは知っています。被造物のすべては、今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしています。
それだけでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだが贖われることを待ち望みながら、心の中でうめいています。
私たちは、この望みとともに救われたのです。目に見える望みは望みではありません。目で見ているものを、だれが望むでしょうか。
私たちはまだ見ていないものを望んでいるのですから、忍耐して待ち望みます。
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