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「見える」×「見えない」の化学反応:目の見えない人と「会話」で楽しむ美術鑑賞ワークショップ

『白い鳥』というドキュメンタリー映画が、TfAで公開された。全盲でありながら20年以上美術鑑賞を続けている白鳥建二さんの活動を追った作品だ。本作品のラーニング企画として、白鳥さんと見える人たちが一緒に美術を鑑賞するワークショップが、2021年2月27日(土)に西荻窪にある「GALLERY みずのそら」で開催された。

・タイムテーブル


ナビゲーターのお話(30分)
作品鑑賞・前(30分)
作品鑑賞・後(30分)
振り返り(30分)
アーティストトーク(翌日開催・90分)

・ナビゲーターのお話|言葉を交わして美術鑑賞をする

ナビゲーターとして参加したのは、白鳥さんと、東京現代美術館の教育普及係の学芸員である。
まず白鳥さんが、今回のワークショップについて概要を語った。このワークショップは会話をしながら作品を鑑賞するというもの。作品の前に立って、見てわかることや気付いたこと、連想したことなど作品についてのあらゆる言葉を、白鳥さんと一緒に聞き合い、伝え合っていく。ひとつの作品を15~20分、じっくりと時間をかけて見るというものだ。

鳥居茜さん。鳥居さんはワークショップや講演会を通して、アートと人をつなぐ仕事をしている。白鳥さんとはもう20年来の仲だ。

鳥居さん「実技を専攻していた美大生時代は、作品って自分が言葉にできないことを表現して、できあがったらそこでおしまい。あとは見る人が自由に感じるものじゃないかと思っていたんです。なのですが、美術展のボランティアをしていた時に、作品を自分の言葉で噛み砕いて伝えました。そのときにすごく創造性が必要な行為なんだと気付いて、この世界に関心を持ちました」

ワークショップに参加したのは、中学2年生を最年少とする合計5人。現代美術が好きで作品をつくっている方や詩を書いている方などのほか、近所だったからという理由で参加した方もいた。

・作品鑑賞(1)|じっくりと見て作品の様子を伝える


鑑賞した作品は全部で4つ。参加者はじっくりと作品を見ながら思い思いの感想を白鳥さんに伝えていき、白鳥さんはその背中を押すように相槌を打っていく。

「白黒の写真。木が10本横並びになっていて、幹はそんなに太くない。左が一番小さくて右にいくにつれて少しずつ大きくなっていく。うちわみたいな形の木です。空は雲に覆われていて、多分真ん中らへんに太陽が埋もれている感じ。パッと見た時、燃えているみたいだなと思いました」

「木がりんご飴を逆さにしたみたいな形。主題が空、木、土と3つある。3分の2が空で、空に包まれている印象を受けました。曇りのなかで日光が漏れていく様。やさしいイメージ」

「色んな形の雲がぎゅっぎゅと重なったように一面に広がっているので、煙みたい。カラーでも想像してみると、木漏れ日が射し込んで気持ちいいな、という感じ」

「木じゃなくてたんぽぽの綿毛な気がしてきた」「木が面白いけど空が主役な気がしている」「遠くから見ると大きな月に木のシルエットが映っているように見えた」など、時間をかけて見ていくうちに、木からたんぽぽの綿毛、月に至るまで、参加者が語るイメージがダイナミックに変化していった。ユニークな感想も多く寄せられるなか、白鳥さんもその波に乗るように、多方面から作品を鑑賞しているようだった。

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・作品鑑賞(2)|参加者の表現も加速していく


スズランテープで模様を描いた作品は、空間の中でひときわサイズが大きかった。参加者は大きさの情報から、白鳥さんに伝えていく。

「大きさは、横幅3メートル、高さは2メートルちょっとくらい。絵ではなく、スズランテープを集合させてつくったような作品。色の異なるスズランテープを組み合わせている」

白鳥さんが「何色くらい使われているの?」と質問する。参加者は「白、クロ、赤、緑が使われている」「左上から真ん中に向けて白が寄ってきていて、右下からクロが攻めている。赤と緑は曲線。右側から太くて先が細くなっていく線が描かれ、赤が下。緑がそのうえにまた筆で描いたように伸びている」と、詳細を伝える。

「緑が曲がった象牙の先のように伸びていて、白と黒は陰陽道の陰と陽のようになっています」

「この作品には直線がない。テープ自体は直線だけれど、描かれているものは曲線。白の間にちょっと黒が入っていたり、緑の中に赤が入っていたり」

「平面だけど、布かなにかでつくった巨大なタペストリーのような感じです。触るとシャカシャカ音を立てそうな素材が、うろこ状に折り重なっている」

「上からライトの当たっている部分がでこぼこしていて波のように見える。光の当たり方で全然質感が変わりますね」

「岡本太郎の絵を思い出しました」のようなわかりやすい具体例を出す参加者もいれば、「緑の上に“スシ―”って描いてあるように見える。そこから連想すると、絵全体が、白いご飯にノリとまぐろが乗っていて、その上にネギが乗っているみたい」という想定外な意見もあり、一同は優しい笑いに包まれた。

こうして、白鳥さんとの作品鑑賞が終わった。

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・鑑賞後の振り返り|答えを見つけるのではなく、意見交換をする


作品を鑑賞した後は、感想などをざっくばらんに語り合う振り返りの時間が設けられた。作品を一緒に鑑賞したことで距離も縮まり、会話も盛り上がった。

「美術館に友達と行ったとしてもこんなに話すことはないので、楽しかった」という参加者の感想を皮切りに、皆が様々な感想を述べていく。

「つくり手の方も自分のことを100%知らないかもしれない。鑑賞者の意見を聞いて初めての発見をして、その後の作品に影響を与えたりするかもしれない」

「作品にたいしての解像度を高めていくイメージでしたが、よりわからなくなるというギャップがありました」

「仕事ではなんでも答えを求められる。今回は答えを出さない・出せないこと自体が楽しかったなと思って新鮮でした」

ここで、参加者から白鳥さんに「話を聞いた時に、頭の中でどういう風にイメージするのですか?」という質問が投げかけられた。

白鳥さん「イメージは適当につくっています。小さいころから目が悪くて、小学校3年生くらいからほとんど視力を使っていなかったので、頭の中に残っている視覚情報は少ない。だから頭の中でつくるビジュアルイメージは見えている人とはだいぶ違うだろうけど、なんとなくある。例えば好きな絵や写真があって久しぶりに見ると頭の中で少し変わっていくように、記憶は思い出すたびに新しく上塗りされる。その曖昧さの情報をいっぱい持っている感じかな」

また、白鳥さんは作品を鑑賞しているあいだ、常に笑顔を絶やさなかった。そのことを参加者が指摘すると、白鳥さんはこう語った。

白鳥さん「笑っているのは言ってみれば雰囲気づくり(笑)。自分を波に乗せるというのもある。作品の面白そうなところ、興味のもてそうなところを探してそれをきっかけに鑑賞したりするわけじゃないですか。そのきっかけをうまく掴むにはやっぱりいい気分でいないと掴みにくい」

最後に、参加者がこんな感想を述べて、振り返りの時間は幕を閉じた。

「目が見えてる人にとっては視覚的情報から何かを感じて、見えてない人は雰囲気や説明を頭の中で組み立てて、同じ気持ちにたどり着く。美術は単純に視覚で見た情報を処理するものだと思っていたので、目で見るということにすごくこだわっていましたが、美術鑑賞の目的は感情のところにあるんだなとすごく納得しました」

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・アーティストトーク|見えないことで生まれるつながり


ワークショップの翌日には『白い鳥』のアーティストトークがオンラインで行なわれ、主役である白鳥さんのほか、監督の三好大輔さんと川内有緒さん、水戸芸術館美術センターの教育プログラムコーディネーターである佐藤麻衣子さんが参加した。アーティストトークでは、全盲の白鳥さんがひとりで美術館に行き始めたきっかけの話や映画についてのエピソード、舞台裏を明かした。

ワークショップのダイジェスト映像も流れ、白鳥さんは「最高に面白かった」と振り返った。昨日のトピックは、“この作品はこんな感じの作品だね”とまとまりかけたところでどんでん返しする人がいたことだという。時間をかけるからこその大展開で、会話をしながら作品を鑑賞する醍醐味のひとつだと語った。

また、トークゲストの佐藤さんが勤務する水戸芸術館 現代美術センターでは、白鳥さんとの鑑賞ツアー(視覚に障害がある人との鑑賞ツアー「session!」)を定期的に開催している。川内さんから佐藤さんへ、そういったプログラムを行なう意味を問うと、佐藤さんはこう答えた。

佐藤さん「障害のない人も障害のある人からすごく色んなことを学ぶんですよね。一緒に作品を鑑賞することで、自分が気付かなかったことに気付く。そこでバリアってなくなっていて、その人に障害があるとかないとか関係なく、個人のキャラクターとして付き合える。それが意味なのかなと思っています」

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見えない人と見える人が「会話」を通じて行なう美術鑑賞は、互いに刺激と新しい気づきを与えた。理解しようとして鑑賞するはずなのに、鑑賞後に謎が深まるというのもまた、アートの面白い一面だ。

答えを出さなければならないことが多い世の中で、なんとなくの感覚や曖昧さが受け入れられるアートの世界の尊さが滲み出るような時間が生まれていた。見えない人がいることで生まれる、会話というコミュニケーション。それが創造性豊かな行為となり、見える人にとっても普段とは違う世界を紡ぎ出すのだ。

(写真:白水公康)

白い鳥
三好大輔/川内有緒
https://theatreforall.net/movie/awhitebird/
白い鳥 解説動画はこちら
https://theatreforall.net/movie/awhitebird-learning/
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■ この記事は、令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業『文化芸術収益力強化事業』バリアフリー型の動画配信事業によって制作されました。

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