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言語化できないリズムの心地良さ:佐藤雅彦さんのオンライン授業について話し合う「感想シェア会」

東京藝術大学教授・佐藤雅彦さんが講師となり、過去に制作したCMなどの映像を実際に見ながら、表現方法を学ぶというオンライン授業『映像とコミュニケーションデザイン』が、2021年2月10日(水)に行なわれた。
その後、聴覚障害者と佐藤さんともに、様々な視点で授業を振り返る「感想シェア会」という名のワークショップが2021年2月20日(土)に開催された。手話ファシリテーションと文字支援のもと、5名の聴覚障害当事者が参加した本ワークショップの様子をレポートする。

・タイムテーブル

自己紹介(10分)
感想シェア会(80分)

・自己紹介|聴覚障害を持つ当事者5名が参加

参加したのは、バラエティに富んだ趣味や職業を持つ聴覚障害当事者5名。演劇関係の活動や舞台の手話通訳、絵本の読み聞かせをしている方や、ろう学校の教師、アートプロジェクトの企画・進行やワークショップのコーディネーターをしながら自身でパフォーマンスもしている方、無音の映画をつくっている方など様々だ。

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・感想シェア会(1)|音の役割とアイデアの源

佐藤さんは1977年に電通に入社し、CMプランナーとして『スコーン』『ポリンキー』『ドンタコス』『バザールでござーる』など数々の有名なCMを手がけてきた。その後独立し、企画会社「TOPICS」を設立。作詞とプロデュースを務めた『だんご3兄弟』は一時社会に旋風を巻き起こすことになる。
また、「慶應義塾大学 佐藤雅彦研究室(通称“佐藤研”)」の活動としてNHK教育『ピタゴラスイッチ』の監修にも携わっている。そんな佐藤さんの活躍に、参加者の皆さんも興味津々だ。

ある参加者が抱く佐藤さんのイメージは『ピタゴラスイッチ』だった。視覚的な動きが面白く、息子と一緒によく見ているという。彼女から佐藤さんへ、映像をつくるときの音の役割についての質問が投げかけられると、佐藤さんはこう答えた。

佐藤さん「私の場合、同じTVメディアでもCMの場合と番組の場合は少し違います。CMは与えられた15~30秒という時間のなかでいかに効率よく視聴者の興味を引いて、かつスポンサーが求める情報を受け取ってもらうかということが必要。それを短い時間に達成するために、私は独自の方法を持っています。それは「音から作る」という方法です。まず、15秒、30秒の音を作り、そこに映像を貼り付けるように作ります。『ピタゴラスイッチ』など番組の場合も、魅力的な音を作ることは重視しますが、映像とほぼ同時に作ったり、映像が先だったりします。同じTVメディアでありながら、音と映像を作る順番や重きの置き方が少し違うんですね。ただ、あくまでこれは私の手法ということです。」

次に質問をしたのは、大学で4年間映像について勉強していた参加者。佐藤さんの世界観や音のリズムに関するアイデアは、どのように発想されるのかに興味があるという。

佐藤さん「自分の好きなものをまず収集します。例えばデザインのときはダンボールを拾ったり色んなチケットを集めたり。それらを傍観して眺めるとある要素が含まれるデザインが好きだとわかった。音の場合も同じように、自分はマーブルチョコレートやのりたまのCMの音楽が子供の頃好きだったんですね。あとは中原中也の作品『サーカス』の“ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん”という一節など、音でも詩でも自分が好きな言葉の響きがありますよね。そういうものを集めていくと、自分に特有な新しい言葉ができたりする。だから、日常でいつも色んなところから面白かったり綺麗だったりする言葉を収集して分類しています」

・感想シェア会(2)|身体の記憶、物語性

また、ある参加者は、『ポリンキー』のCMを視覚的には記憶していないが、身体がリズムを憶えていると発言した。今回の授業でポリンキーの映像を初めて見て、経験と記憶が結びついた感じがして感動したという。この現象に対して佐藤さんは「我々は脳だけを使って考えているのではない、身体を使って考えている。そして、脳だけでなく色々なところに記憶が残っている。身体に残る記憶は非常に尊い」とコメントした。

さらにリズムと身体の話題は、じゃんけんの事例に移る。ろう学校の教師をしている参加者は、じゃんけんを子どもに伝えると、その後子たち達自身がそのリズムを共有するために、足を使ったり、ジャンプをしたりと、様々な工夫が生まれていくという。身体という共通媒体を使い、そこに付随した情報であるリズムを揃えるための方法を編み出すのだ。ちなみに佐藤さんの生まれ育った西伊豆・戸田村では、じゃんけんを「じゃんけんぽん」ではなく「ちょいちょきらっぱっぴ」としており、一般的なじゃんけんではどうにも乗れないのだそう。このように、リズムと身体は密接な関係性を持っているのである。

身体で憶えるのは、手話も同じだと参加者は言う。誰かが手話をしているのを見てリズムを自分のなかに取り込んで、自分もそのリズムを表現していけるのだ。ここで、「聴こえる方は音からリズムを取り入れているのですか?」という質問が生まれた。

佐藤さん「我々が最初に知るのは、音です。しかし同時に、身体を動かすのはとても楽しい。身体が持つ記憶力や新しいものを切り開く力が明らかになったことで、今ダンスなどが注目されているんだと思います。僕は小さい頃から、必ず身体の振りをつけて話していました。身体で表現するとすごく伝わるんです。僕のCMの特徴は音と身振りにあるんだと思います。ポリンキーのダンスなども全部自分で振り付けています」

そういって佐藤さんが取り出したのは、CM撮影で使われた本物のポリンキーたちの模型。参加者一同、しばし感動の拍手が鳴りやまなかった。

ワークショップの終わりが近づいてきたところで、話題は『ピタゴラスイッチ』の有名なコーナー『ピタゴラ装置』内の『ビーだま・ビーすけの大冒険』の話に。軽快な音楽とともに、3つのビー玉が大きな黒い玉から逃げる映像には、“ビーすけ”が黒い玉に捕らわれた兄弟を助けるという物語が吹き込まれている。

佐藤さんはもうひとつ、動画を再生した。認知心理学者のハイダーとジンメルがつくったアニメーションだ。ただの三角形や丸が四角い枠の中を行き来しているだけなのに、そこに社会性の感じられる、不思議な動画だった。ビー助やこの動画が示すように、モノの形と動きさえあれば、人間は自由に物語性を生み出すことができるのだ。

その後、撮影した人体の動きをトレースしてアニメーションにする「ロトスコープ」という手法について、自身の作品も用いながら解説する時間が設けられ、ワークショップは幕を閉じた。最後に「表現のなかには本当は言語化されない面白い動き、楽しさ、可愛さなどがたくさんある。それを感じることのできるワークショップで有意義だった」と佐藤さんは語った。

・事後アンケート

アンケートには「アートやモノづくり、表現系の専門的な授業には情報保障がつく機会が少ないので、今回のように文字通訳があると大変助かります」といったバリアフリーにかんするポジティブな反応のほか、表現についての感想も多く寄せられた。

「音としての心地よさとビジュアルとしての動きの心地よさが上手く組み合わさると、私たちは時間を超えて共有できるものが生まれるのかもしれないとその可能性にワクワクしております。未知の森に入ったようで、まだまだ知らない表現方法に触れたワークショップでした」

「今まで意識したことなかったリズムの心地よさはどこから来るか? それを探りに冒険したくなりました。インパクトのあるCMではなく、日常で感じているはずの無意識の部分が、視覚と聴覚とリズムによって、身体の記憶が呼び起こされるものを佐藤さんは作り続けているのだなと思いました」

「自分も独学で表現やモノづくりをしていたので、専門の勉強をしていないことに対してこれでいいのか?と少し迷いがありました。ですが佐藤先生の言葉で、表現を作ることについては何歳からでも、誰でも出来うることだということにハッと気づかされました」

今回のワークショップは、音のない世界に生きる人々がどのように音を認識するのかを紐解く大きなヒントとなった。音を聴くことができなくても、リズムを通して身体で音を“感じる”ことができる。意識とは離れた根源の部分で、聴こえる人聴こえない人関係なく、皆が抱く言語化できない“心地良さ”がある。可能性を秘めた人間という存在へと呼応するようにつくられた佐藤さんの作品をめぐるワークショップは、参加者のクリエイティブな気持ちを掻き立てるものとなったように感じられた。

■ この記事は、令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業『文化芸術収益力強化事業』バリアフリー型の動画配信事業によって制作されました。

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