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クレープが買いづらい理由を考えて、仕事のやり方を見直した

引っ越して近所にクレープ屋さんを見つけた。甘いものがスキな人間は、クレープ屋とかたい焼き屋とかを見つけると「お!」と思ってしまう。立ち止まって遠目に看板を見つめる。そして歩き出す。

入りづらい。

初めてのお店に入るのは、なぜかためらう。
入口の扉が閉まっていたり、店内にお客さんが誰もいない状況だと入れない。お店の雰囲気がおしゃれすぎると気が引けてしまう。「自分なんかが・・・・・・」と自意識が邪魔をする。

甘いものは好きだし、食べ歩きだってしたい。それでも一人でクレープ屋に入って、クレープを買っている自分が、なんか恥ずかしい。「こんな自分がクレープを買うなんて!」となってしまう。

この現象、「仕事でもあるな」と思った。

会議中に「なんか意見ある人いる? どんな意見でも大丈夫なんだけど」と言われて、しーんとする現象。同じだ。「自分の意見なんか言ってもしょうがない」、「誰も反応してくれなかったらどうしよう」って思考が先走ってしまって止まらない。

「こんな自分が意見を意見言うなんて!」

でもクレープを買うことも意見を言うことも、自分は関係ないんだなって気づいた。クレープ屋さんから見たら「クレープ太郎」が買っても「クレープ次郎」が買っても変わらない。大事なのはクレープが売れることで「誰が」ではない。意見も一緒だ。意見が大切なのであって、「言った人」じゃない。

内向的だと、どうしても自分に目がいく。だから少し第三者の目線になってみる。たとえば、ゲームでキャラクターを操作するように、自分を見てみる。自分という存在を薄くする。そうすれば日々が過ごしやすくなるかも、と思った。

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