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人見知りエンジニア、スターバックスへ行く

彼はコーヒーを飲むならスターバックスへ行くタイプの男だった。

いつもドリップコーヒーのショートサイズを頼む。それだけだ。

「舞山ってコーヒー好きなの?」
オフィスに戻ると同僚が聞いた。

「ええ、まあ」
「フラペチーノとかカフェオレとか、そういうのは?」
「飲んだことないですね」
「ふーん」

舞山はさっさと雑談を終わらせたいと思う。
顧客からドキュメントを出せと催促されたからだ。あと定時まで1️時間しかない。
日が変わるまでは6️時間ある。

「逆に私、ドリップコーヒー頼んだことないです」
斜め向かいに座っていた後輩の女性が参加する。

「いつも何を?」
「フラペか、寒いときはゆず茶とか紅茶とか。ケーキもたまに食べたくなって」
「へえ、ケーキは食べたことないな。スタバに居座ろうと思わないもん、めっちゃ混んでない?」

閉じていたノートパソコンを開いてログインする。コーヒーを一口飲む。チャットの通知が4件増えている。たった10分間スターバックスへ行っただけでこれだ。舞山は内心つぶやく。

同僚と後輩はスターバックスの雑談を広げる。

「混んでますけど、なんていうか雰囲気が好きなんですよね」
「ガヤガヤした感じが?」
「うーん、音楽とか香りとか、そうですね、人の話し声も含めてですかね。先輩もほら、パソコン持って行かないんですか?」
「行かないよ、俺は。というか、まず注文からして難しくない? オプションめっちゃあるじゃん」

通知の2件は雑談だった。

今度の飲み会行きたい人いる?
それと、私行きます、だった。

無視して残りの2件を確認する。

1つは今のプロジェクトのチャットで、ドキュメントはできたかという催促のチャットだった。

あと30分で送る。いちいち催促して仕事を中断してくれるな。黙って待っていろ。

という趣旨の文章を返信する。

最後の1つは新人からだった。
頼んでいた仕事が終わったため確認してください、とあったため、いいねボタンでリアクションしてTodoリストへ入れる。

「ぼくはスタバなら絶対あれにしますね。ほら牛乳じゃなくてアーモンドミルクとか別の乳製品にします」

いつの間にか通りがかった営業の人まで加わっている。

「面白いから雑談チャットで聞いてみようかな」
同僚の男性が言う。


17時50分に舞山はノートパソコンを閉じて席を立つ。お疲れ様でした、と言って首にかけていた社員証を取る。

途中にあるリラックスルームでタンブラーを洗う。
洗いながら「そろそろ別のものを頼んでみてもいいかもしれない」とつぶやく。

その独り言は、水を流す音で誰にも聞こえることはない。


次話に続く

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