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制限速度を守って運転すると、先頭車両になる不思議

太陽、鴨川、事故を避ける鉄則

7月の太陽から厳しい視線を浴びつつ、私は東京から鴨川へゆるりと車を出した。

その日は風が強く、海ほたるで有名なアクアラインは横風制限を行っていたので、館山道を経由するルートを選んだ。

事故を避ける鉄則は、

  • 事故になりそうなところへ行かない

  • 事故になりそうなときは出かけない

  • 事故になりそうなことをしない

の3つだ。

さて、館山道を降りて房総スカイラインの手前、県道92号線に入った私は、視界の左側に現れる制限時速の丸い標識をちらりと見る。

40km

それが事実だ。


40km、追い越し禁止、房総スカイラインへ

道路標識で40と書かれていた場合、時速40kmを超えてはならない。

時速40kmとは、わかりやすく言えば車の速度メーターが40を示している状態のことを指す。

最近の車はデジタル表示してくれるため

40

と表示されていたら、それは速度が40kmだということだ。

また、県道92号線は2車線道路で、車2台分の幅しかない道路だ。
こういう道路は追い越し禁止になっていることが多く、ここも例外ではない。

2車線道路で追い越しを行うと、反対方向へ進んでいる車と正面衝突する可能性がある。
いくら時速40kmといえど、正反対の方向からぶつかれば・・・・・・大変なことになるのは想像できるだろう。

ゆえに、追い越し禁止になっているわけだ。

ここをしばらく走ると房総スカイラインへ入る。

知り合いの選曲で車内にはJUDY AND MARYOver Driveが流れていた。

守る者と守らない人、見られていないから

気がつくと私の前には車がなく、バックミラーには2、3台の車があった。

房総スカイラインに入ると制限速度は50kmになる。
私の目の前にあるメーターは50を指していた。

どうやら後ろにいる彼らは守らない人たちのようだ。

なぜなら、見通しのつく真っすぐな道路に出た瞬間、対向車がいないのを見計らって私を追い越していったからだ。
黄色い車線をあっさりと踏みにじって、意気揚々とタイヤを回す。

そうして彼らは見えなくなり、しばらくすると、また私の後ろに車がつく。


彼らにそこまで急ぐ理由があるのだとしたら、仕方ないことかもしれない。

もどかしいのは、事故を起こさないため、起きても被害を最小限に留めるために制限速度を守っている自分が、まるで事故を引き起こす存在になっていることだ。

もし彼らが追い越すタイミングを間違えて対向車と正面衝突したら大変なことである。

なら速度を彼らに合わせればよいのかと言われれば、それも違う。

同じことだ。
時速50kmよりも時速80kmのほうが、事故は起きやすいし、起きたときの被害も大きい。
カーブを曲がりきれずに道路を飛び出て車が大破したり、少し車線をはみ出してしまって対向車と衝突する可能性だってある。

速度を出すことを正当化する理由などない。
人が亡くなってから、すみませんでした、では済まないのだ。

見られていないから良いは未熟で身勝手な考え方である。


覆面パトカー、同調圧力、それがもっとも大切なこと

同調圧力に負けないためには、同調しない存在になればよい。みんなやっているからみんなに自分を入れる必要はないのだ。

自分のことを覆面パトカーだと思いこむことにした。

自分は速度超過をしている車を取り締まるために、いかにもパトカーらしくない車で制限速度を守って運転しているのだと。

私を「おっそい車だな」と思って抜いていった車を取り締まり、これから先の道路を安全にするために走っているのだと。

そう妄想することで圧力はいくぶん減り、安心して車を制限速度通りに走らせられる。


車を走らせるうえで何がもっとも大切なことか?

それはだれもが無事に目的地へたどり着き、自分の家まで戻り、今までの日常をこれからも続けていくことだ。

「どうせ事故なんて起きないから」
「どうせ誰も見ていないから」
「どうせみんなやっているから」

という言い訳を捨て、ルールを守って運転したい。

気持ちよく走りたいなら走れば良い。
スピードを出したいなら出せば良い。

それらは制限速度の中であれば問題ない。

自由は制限の中にある。



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