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tari textile BOOK 前編 第3章 課題③

課題③

〇この課題から、経糸・緯糸共に自分で紡いだ糸を使う。染色は栗の皮を使い、1番液と3番液で濃淡の差を出す。つまみ糸はまだ入れない。経糸250本、半反。

 

 

 学生時代は、小・中・高と部活のバスケットボール一色の日々で、自分の将来の職業については、具体的に考えたことがなかった。走る跳ぶといった単純な運動神経が取り柄の私は、その奥深いけれどシンプルなスポーツに夢中になった。特に小学校時代は、本当にのびのびとバスケットを楽しんでいた。そんな時の試合中は、身体も心も疲れ知らずで、アドレナリンが溢れ出ているあの最高の感覚は、今でもたまに思い出す。

 しかし中学、高校と学年が上がるにつれ、周囲のプレーヤーのレベルも上がり、ただ走って跳んでいるだけではさすがに通用しなくなってくる。そんな強者たちの中で、私は身体的にも技術的にも精神的にもだんだんとついていくことが難しくなり、つらくなくなっていった。バスケットは好きだが、身体も心も委縮してしまってのびのびとプレーを楽しむことができていない。そんな自分に限界と違和感を抱いていたのだろう。進路を考える際、大学で自分の興味ある分野について思い切り学んでみたい、と考え始めていた。 

 容量の少ない筋肉質の脳みそを、慣れない受験勉強に酷使しながらも、運と縁、そして家族や友人の支えのおかげで何とか無事に大学へ進学することができた。大学生活ではそれまでの反動のせいか、勉強からも遊びからもアルバイトからもスポンジのようにどんどん楽しみを吸収していった。新しく広がる世界を前にして、興味と感性の赴くままに行動していた。卒業後の進路や就職活動については、自然に何か決まるだろう、くらいの気持ちだった。それよりも自分の興味の行く先を追及していくことの方が大切だし、そうせずにはいられなかった。

 そうして就職活動の時期になると、当然とても苦労した。周囲の学生の突然の変貌に驚き、エントリーシートなどすらすら書けるはずもなく、かといってその場しのぎで就活マニュアル本を読んでもちんぷんかんぷん。それでもなんとか、少しでも自分の興味あるものを作っている会社を探して応募するも、あっけなく落ち続ける日々。これまで就職について何も考えずに生きてきた自分がクズのように思えて落ち込む毎日だった。

 そんな時にたまたま見つけて応募した、大阪の生地の会社。説明会で社長が「大学生に仕事の何がわかるんや、まず服と人が好きならそれでええんや」と豪語。ん⁈今までの会社の社長とは何か違うぞ。素直に「その通り」と思えたし、それならば私いろいろネタあります、と、面接では自分の好きな服に関するマニアックなエピソードを自然に話せた。

 

 学生時代から今に至るまで、具体的で長期的な将来設計などしたこともなく、本当に不思議な運と縁だけでどうにか生き延びてきたようだ。ある時点で何かがうまくいかずに苦しくなり、もがきながら直感をもとに手探りで次の進む道を探して進んでいく…その繰り返しだ。

 そんな中で出会った丹波布。伝習生として布づくりを学び、実際に作品を作ることは、作業全てが生まれて初めての経験で、知らない事ばかりだったが、なにやら私にとってとても重要なことのようだ。例えるならそれは柔軟体操やストレッチのようで、普段なかなか動かすことがなく凝り固まっていた身体の部分をほぐしていくと同時に、その後の活動で良いパフォーマンスができるように心身を整える重要な自己ケア。布づくりをすることで、今まで使われずに眠っていた感覚・感性が徐々に活動し始め、心身が活性化されて創作意欲がもりもり湧いてくるのだ。

 そんなことを感じながら、授業と課題制作の続きを楽しみに、伝承館に向けて毎朝自転車を走らせる日々だった。

 

 

 初めて、経糸·緯糸どちらにも自分の紡いだ糸を使って作った布。そのことは「これは本当に自分の布なんだ」と思えてただただ単純に嬉しかった。栗と藍染め糸だけのシンプルな色使いだけど、経糸は栗の濃淡で2色の縞、緯糸は栗の1色と藍の2色の計3色の縞にして、変化をつけた。「全てに自分の紡いだ糸を使った布第1号」として、基礎となるようなシンプルでおとなしいギンガムチェック風だけど、それだけじゃない、これからなにか楽しくなりそうなわくわくする感じ、を目指した。

 

作品NO.3

→経糸:栗(石灰)
 緯糸:栗(石灰)、藍2号、藍3号 


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