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tari textile BOOK 前編 第6章 課題⑥

課題⑥

〇着尺を織る。経糸308本、1反。

 

 

 いよいよ今回は、伝習生2年間の課題のうち最大の山場である着尺、その1。これまでの課題に比べて、幅は約5センチ広く、長さは約2倍になる。心なしか縞の考案にも気合が入る。

 私は今回の課題で、伝習生1年目の頃から先輩の専修生が染色で使用していたり、染色の本に頻繁に出てきたりと、よく名前を耳にして気になっていた憧れの染色材料「ヤシャブシ」と「オニグルミ」を、思い切りたっぷり使いたい、と考えていた。この2つの染色材料は、どうやら鉄媒染にすると、黒に近い濃い色が出るらしい。かっこいい…

 

 ヤシャブシは、年に1度、夏頃に伝承館のみんなでバスに乗り隣町のダム湖まで収穫に行く。まだ緑色の若い実を、高枝切鋏たかえだきりばさみを使って収穫する。「高枝切鋏」という名前を耳にすることもそれを使うことも、またヤシャブシを収穫することも全てが人生初の経験だったが、車内からハンターのように目的の木を探し、見つけたらみんなでワラワラ降車、暑い中でも夢中で収穫しているこの光景は、どこかで経験したことがあるかのような、不思議な既視感がある。きっとその昔私の祖先が狩猟採集民だった時はこんな感じだったのだろう…そんなことを考えながら黙々と採集すること数時間。気がつけば、コロコロとした実がぎっしり入ったバケツがたくさん。これで伝承館のみんなが1年間で染色に使う分は余裕で賄える。帰りに道沿いにある有名店でご褒美の美味しいジェラートを食べたのも良い思い出。そして伝承館に持ち帰ったヤシャブシは大きなビニールシートに拡げられ、数週間の間乾燥させる。乾燥後、茶色になった実は、染色室にて保存。私は今回の課題で、このみんなで収穫したヤシャブシを使わせてもらうことになるのだ。

 

 一方のオニグルミは、縄文時代からあったとされる日本古来の在来種のクルミで、普段食用に売られている西洋グルミと比べると、殻がオニのように尖った形をしていて分厚く、とても硬い。以前から私は食用ナッツ(木の実)好き、そしてその中でもクルミは特に好きだったが、そのクルミが染色材料になると知ったときは心が踊った。しかも、なんとオニグルミの木が伝承館の裏庭に生えていて、その木から実を収穫して良いとのこと。そうしていよいよ初夏が訪れ、気持ち良い風の下で初めて胡桃の果実を目にした。ひとつひとつは青梅のようで、それが10個ほどで固まり、たわわに実っている。いざ収穫となるが、ここでも高枝切鋏が活躍する。クルミの実が固まって実っている枝は、ヤシャブシよりもずっしりと重量感がある。高枝切狭を上手く操り、無事に収穫を終えた。ちなみに、普段「胡桃」と聞いてイメージするあの硬い殻の部分がじつは「堅果けんか」という種類の果実で、食べる部分が種子。収穫し染色で使う青い実の部分は、その果実(堅果)を包む、肉質化した花床の部分だそう。うーんマニアック!(ここでは、堅果を中に収めた青梅のような部分全体を指して「実」·「果実」とする。)そしてその熟す前の青い果実に、染料色素(主にタンニン)がたくさん含まれているのだ。放置していると茶色に熟してしまうので、青いうちに収穫した実は冷凍庫で保存しておく。こうすることで細胞が壊されて色素がよく水に溶け出る効果もあるとか。染色作業の当日まで、私の冷凍庫には収穫したクルミが堂々と、スペースいっぱいに保存された。

 

 そしていよいよ染色当日。まずは染液を煮出す。別々の鍋に分かれ、お湯の中にコロンと転がり煮出されるヤシャブシとオニグルミ。なんてキュート。これまではこぶな草と栗の皮でしか染色をしたことがなく、どちらも染液を煮出すときは鍋いっぱいにワシャワシャした状態だったので、このコロンとした丸い形の材料が鍋に転がっている光景はなんとも新鮮かつ愛らしい。さらにヤシャブシとオニグルミは染色材料としてとても優秀で、小さい実の中に色素をたくさん含んでいるので、少しの量でも染液が抽出できるのだ。

 さらに私は今回、伝習生の2年目から使用可となった鉄媒染で、ヤシャブシとオニグルミの色素を極限まで引き出した濃色を出そうと企んでいた。鉄媒染は扱いや後処理が少し面倒で、糸への負担も大きいことから使用は任意とされていたが、それよりも私はこのヤシャブシとオニグルミの色素を目一杯引き出さずにはいられなかった。収穫した材料をふんだんに使い、濃い目に染液を抽出した。

 次の日、前日に取った染液で、自ら紡いだ生成りの糸を染める。この時点では、ヤシャブシで染めた糸は黃味のベージュ、オニグルミの方は薄い茶色だ。そしていよいよ鉄媒染へ。木酢酸鉄の媒染液へ染色後の糸を投入。みるみるうちに色が変わっていく。ヤシャブシの方は濃いグレー、オニグルミも濃い茶色だ。タンニンタンニン、と心の中で謎の呪文を唱えながら、濃くなって欲しいと願いを込めてムラ防止にタライの中の糸かき混ぜる。30分後、媒染終了。水でよく糸を洗い、もう一度染液で煮てさらに色素を定着させる。糸に付着していた媒染剤が染液中の色素とも反応して、鍋の中は真っ黒。イカ墨ソースのパスタを煮込んでいるかのようだ。濃くなれ〜と最後まで念力を送りながら鍋の中をかき混ぜ、無事に染色終了。

 乾くと多少色は薄くなったが、それでもヤシャブシとオニグルミ共にベストを尽くし、限りなく濃い色の糸ができた。この2色の糸をたっぷり使い、長い長い、初めての着尺をなんとか織り上げた。

 

 

 憧れのヤシャブシ·オニグルミのコンビ。魅力を最大限引き出すには…と考えたのが、この「大きい格子の中に小さい格子」作戦。大きいブロックのように見える格子の中が実は、ヤシャブシとオニグルミの2色を1本ずつ交互に配した小さい格子でできている。

 この方法は、単色で作る大きい格子よりもちょっとした複雑な味わいが出るような気がするのと、この小さな格子が千鳥格子のようにも見えてなんとなく気に入り、後の作品にも多用する得意技(?)となる。

 

作品NO.6

→経糸:ヤシャブシ(木酢酸鉄)、オニグルミ(木酢酸鉄)、藍4号
 緯糸:ヤシャブシ(木酢酸鉄)、オニグルミ(木酢酸鉄)

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