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刺さったまま

子供の頃の僕は、欲しいものばかりだった。
機関車が欲しかったし、無線機も欲しかった。
それらはとても買えそうにない値段だったから、
しかたがないので、自分で作ろうと思った。
でも、作るにしても、部品や道具にお金がかかる。
それ以前に、そもそも技術も知識も不足していた。

大人になるにしたがって、僕はいろいろなものを交換した。
僕が欲しいものと、僕の時間を。
僕が欲しいものと、僕の気持ちを。
そうして手に入れたものたちに囲まれて、
僕は少しづつ、なにかに、どこかに、
近づいているように感じる。
そして、ときどき、なくなってしまった時間と、
忘れてしまった気持ちを思い出すのだ。

あの交換は、元には戻らない。
だから、思い出すしかない。

ほかに方法はなかった?
もっと効率の良い道があったっけ?

何故、こんなふうに振り返ってしまうのか?

そうした議論の余地は、たぶんない。
あるとしても、きっと議論の余地しかないだろう。
本筋をすっかり忘れて、余分なものだけが、
いつも鮮明に残っている。

森 博嗣  議論の余地しかない

昨日読んだ本の、最初に書いてあった短い詩です。

何かが刺さったまま抜けなかったので、同じような犠牲者を増やそうと思い、まるっと書き写しました。

本ていいでしょ。


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