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【こえ #8】国内で症例数が非常に少ない「縦郭気管孔」を造設した…

伊藤 昌志さん、みさほさん ご夫妻


 のどは食べ物と空気の入り口になる「咽頭」と声を出すための声帯を含む「喉頭」からなる。飲食するとき、食べ物は咽頭→食道→胃へと流れる。呼吸するとき、空気は咽頭→喉頭→気管→肺へと流れる。喉頭を摘出された方にとって、それは当たり前ではない。

 これまで喉頭を摘出された方が失った声をどう取り戻してきたかという話を多く取り上げてきたが、喉頭摘出手術を受けるともう一つ、飲食と呼吸の通り道が分離される。食べ物は咽頭→食道→胃へと流れる一方で、空気は頸部(くび)に気管の上部が縫い付けられ新たに気管孔という“穴”が“造設”されることで気管孔→肺へと流れるようになる。一度造設すると閉鎖することは想定されていないため「永久気管孔」とも呼ばれる。

 喉頭を摘出した昌志さんは、その中でも国内で症例数が非常に少ない「縦郭気管孔」を造設した。肩の皮膚を引っ張ってそれを巻き込む形で気管からつながる“管”と気管孔をつくった。両鎖骨の半分の辺りから肋骨、胸骨をU字型に切り取られ、肩には太ももの皮膚が移植された。気管はわずか4cmしかない。さらに、手術で食道を多く切除したため、飲食のために胃を引き上げて食道の代わりにした。すなわち、空気はくびの気管孔→肺へ、食べ物は咽頭→食道=胃へと流れることになった。

 これまで食道内に空気を取り込んで声を発する「食道発声」によって声を取り戻した方の話を多く取り上げてきたが、伊藤さんの場合は普通と違って食道=胃なので空気が入る余地が少なく「発声できるときとできないときがある」。のどに振動を当てて発声する電気式人工喉頭(EL)も併用してコミュニケーションをとる日常だ。


 “食道=胃”は当然食事にも影響する。まず物理的に、少し食べただけで胃がすぐに一杯になってしまうのだ。ストッパーの役割もないため、下を向くと本人の意思と関係なく食べたものが吐き出されてしまうこともある。

 心理的な影響もある。手術で切除した場所が腸に近い部分だと、「ダンピング症状」といって、食事で食べたものが腸に早く流れていくことで、不快な症状を引き起こすことがある。こうした経験から「食べると怖いという潜在意識もある」。

 必然的に1日3回の食事が少量になり、手術前から20kg痩せた。別の形で栄養補助を行うが、慢性的に栄養が足りず、さらに本人は食べなくても平気であるため「振り返るとふらふらして倒れていることもあり、目が離せない」。みさほさんは、お子さんを車で送迎される際もスマホのテレビ電話をつけっぱなしにして自宅にいる旦那さんに何かあればすぐに気づけるようにされている。
 

 ここまでお読みになって、さぞご苦労が合って大変だろうと感じられただろう。しかも、昌志さんが喉頭を摘出されてからまだわずか半年なのだ。
確かにご苦労が絶えず大変なのだと思う。でも、誤解を恐れず言えば、今回お話しいただく中で伊藤さんご夫妻には笑顔が絶えなかった。

 ご結婚されて35周年だそうだ。何かを失っても誰かの支えがある。お二人にお会いしてこちらが幸せな気分になった。


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