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【こえ #14】タイに移住して10年余り経った2021年、現地の病院で「喉頭がんのステージ2」と告げられた…

白田 千明さん


 60歳で仕事を引退し暖かいタイに移住して10年余り経った2021年、現地の病院で「喉頭がんのステージ2」と告げられた。「ここでこのまま人生を終えてもいいかな」と帰国を迷ったが、一晩考えた上で帰国を決めた。

 2週間で身辺を整理して帰国するも、時はコロナ禍。帰国時に2週間の隔離の末に都内の大学病院にかかった。タイでの診断とは違う「ステージ4」と告げられた。1度だけ抗がん剤治療に取り組むも、帰国から2か月後に喉頭(声帯)を摘出し、声を失った。


 白田さんは5カ月前に、がんで声帯を摘出し声を失った人の社会復帰を支援する「銀鈴会」に入会して発声訓練を始めたばかりで、まだ発声が叶わない。がんの告知を受けたときの心境を筆記いただき、その考え方に感銘を受けたので、そのまま引用する。

 「じたばたしないということでした。感情的にならず、無理せずマイペースで、情報過多にならず、自分の本当の気持ちをさがそうとしました。人は人、自分は自分と思い切りました。否定的な考えはもたないようにしました。常に明るく、陽気に上機嫌でいることにしました。心の管理、心構えにつきます」。

 人生で何かが起こったときすべてに通じる考え方ではないだろうか。声を失うことについても「70年も喋ったんだからもう十分」とおっしゃり、「こんな気持ちの持ち方が大事なような気がします」と添えられた。


 白田さんは本を読むことがお好きで、孔子老子などの古典的思想書、仏教やキリスト教などの宗教書、親鸞やイエスといった宗教者に限らずアインシュタイン、カーネギー、チャーチルなどジャンルを問わない伝記まで数多く読まれてきたことも白田さんの心を作ってきたのかもしれない。

 お寿司屋さんに行ってコハダやアジと紙に書いて注文したら、店主に「なんだ、おしかよ」と言われたことがあるそう。「おし」とは「口がきけない者」を意味する差別用語である。それでも、白田さんは怒りを露にすることはなく「店主はその表現が不適切であるというような環境を知らないのだろう」と穏やかな表情で回想された。


 発声訓練を始めて5カ月。まだ声が出なくても「一つひとつレベルアップしている」。白田さんはその過程を記録しておられ、いつかそれをまとめて本にする夢がある。「都内だけでも喉頭(声帯)摘出者は年間500人もいるのに銀鈴会に入会する人は70人前後だけ。入会して間もない私が言うのも生意気ですが、高齢だからと言って諦めないでほしいし、必ず喋れるようになるという気持ちで、入会してほしい」。心の中には、同じ喉頭(声帯)摘出から努力して発声訓練士にまでなられて会で「手作り、手弁当で発声を指導してくれる先生方」への感謝もある。


 白田さんが数多くの本を通じて心を整えていったように、いつか白田さんの本を通じて誰かの心が整っていくことだろう。


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