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あの頃の「プロトタイプする暮らし」#4 アドレスホッパー 市橋正太郎さん

コロナ禍により出勤とリモートワークを使い分けるハイブリットな働き方をする人が増えてきました。「働く場所」や「住む場所」を改めて見つめ直した人も多いなか、市橋正太郎さんはライフステージにあわせてご自身の暮らし方をアップデートしていきました。コロナ禍以前の2017年末からは「アドレスホッパー」として世界中を旅しながら暮らし、結婚後はコロナ禍もあり国内の様々な地域に長期滞在しながら暮らし、お子さんが生まれた現在は京都に拠点を持って定住しています。これまでの暮らし方から学んできたことを市橋さんにお話を伺いました。


フレキシブルな暮らし

 
ーーそもそも「アドレスホッパー」というのはどういう暮らし方でしょうか。

僕は「場所に縛られず、柔軟に暮らしを選択していくこと、およびその精神性」を、アドレスホッパーの定義としています。いまでは、コロナ禍を経て二拠点生活や多拠点生活をする人が増えていますが、「アドレスホッパー」という言葉を使い始めた当時はリモートワークすら珍しく、画期的な暮らしの考え方として注目を集めました。

僕は、逆説的だけど本質的だなと思える発想に魅力を感じ、面白いなと思います。大好きなサウナも、一般的には身体は温めたほうがよいと言われていますが、逆に、サウナ後は身体をキンキンに冷やした方が気持ちいいし、身体を強くするとも言われています。

同じくアドレスホッパーという暮らし方も、良い家を持つことは豊かさの象徴になっていますが、「家を持たずに、働きながら旅を続けるという豊かさもあるんじゃない?」という逆説的な提案になっているところが面白いと思っています。

ーー市橋さんが考えるアドレスホッパーのメリットを教えてください。

アドレスホッパーのメリットは、自分のペースで、自分の住みたい場所を、その時の状況に合わせて選択していけるというところです。僕がアドレスホッピングを始めたのはコロナ禍以前の2017年の年末ごろ。Airbnbなど民泊の登場で世界的に宿泊可能なベッド数が増加し、供給過剰で価格が落ちていた時期でした。宿泊費を月換算すると、東京で1カ月住むのと変わらないくらいになっていたんです。

当時、僕が勤めていた会社はスタートアップで、変化のスピードが速く、1年先も読めないような状況で「ずっとこの場所にいる」という選択ができなかったこともあり、毎日、毎週、その時住みたい場所を探して移動するという生活を実験的に始めました。

ーー家具なども処分されたのですよね。

そうですね。メルカリやサマリーポケットのようなシェアリングエコノミーのサービスが広がってきた時期で、その恩恵をフル活用していました。

市橋正太郎(いちはし・しょうたろう)
ライフスタイルイノベーター。1987年兵庫県生まれ。京都大学卒業後、IT企業勤務を経て、2017年末より家を捨て、非定住のライフスタイルを始める。移動生活を身近な選択肢にするため「アドレスホッパー」と名付け、広く発信。2021年に料理家、加奈美さんと結婚。現在は京都市左京区浄土寺を拠点に全国を旅しながら暮らしている。

変化にあわせて柔軟に変えていく

ーーそして2017年末からスタートしたアドレスホッパーの暮らしが徐々に進化していくのですよね。

まず、結婚をしてふたりになり、多拠点生活っぽい暮らしに移行することになりました。ひとりでいたときよりも、ひとつの場所の滞在時間を長くして、1ヶ月から半年くらい住んでみて、気に入ったら拠点化していくことにしました。というのも、妻は料理家なので、キッチンが仕事場。ある程度落ち着いた場所がないと仕事にならないこともあり、割とゆったりとした移動生活にシフトしました。

その結果、現地の生産者さんをリサーチしたり、生産現場を見に行ったり、長く滞在するからこそ、よりその地域を深く知って、何か貢献できるようなサステナブルな関わりを模索していました。

ーーひとりのときはもっと頻繁に住む場所を移動していたわけですよね。

ひとりのときは自分の直観や好奇心に任せて即断即決で動けますが、ふたりになると合意形成が必要ですし、体力の違いもあります。コロナ禍で動きづらいというのもありましたし、移動スピードはゆっくりになりましたね。

ーーコロナ禍は移動が制限されたのでアドレスホッピングは大変そうなイメージがあります。

もちろん移動には気を遣いましたが、逆に、宿泊客が減少したホテルが長期滞在者向けのプランを打ち出したりして、結果的にアドレスホッパーのライフスタイルを送りやすくなりました。フリーランスだけではなく、企業勤めの方もリモートワークができるようになって、移動生活や多拠点生活をする人が増えましたよね。暮らし方の選択肢が増えたという意味ではよかった部分もあると思っています。

市橋さんはアドレスホッパー時代から現在まで、5年のあいだに暮らし方を変化させています。

その時々で最適な暮らしを


ーーご結婚後も移動が多かった市橋さんですが、現在はどのような暮らしをしているのでしょうか。

現在は子どもが生まれたこともあって、京都の浄土寺という地域に5年ぶりに家を借りて住んでいます。銀閣寺が近く、五山の送り火で有名な大文字山の麓にあり、市内ですが自然豊かな落ち着いた場所です。同世代の友人たちが住んでいたり、ホホホ座という本屋を中心にいい感じの地域コミュニティがあることが決め手でした。ただ定住したとはいえ、一昨日まで長崎で、今日は東京、明日は滋賀と、めちゃくちゃ動きまくっています(笑)。

ーー移動量がすごいです……! どうして定住を選択されたのでしょうか。

京都に拠点を持った理由は、子どもができたこともありますが、父が難病を発症し、介護をする目的もありました。残念ながら昨年他界しましたが、実際に父と一緒に暮らしながら在宅介護をする準備も進めていて、そういう意味でも拠点が必要になりました。

ひとりのときは自分の都合だけで住む場所を選べましたが、結婚して家族が増えると、僕ひとりの判断では暮らしを選択できなくなる。でもアドレスホッパーの本質は「暮らしの柔軟性」にあります。日々移りゆく環境の変化に合わせて、その時々に最適な暮らし方を選んでいっています。

ーー毎回の選択がどれも楽しそうで羨ましいです。
 

この日の取材は東京のコクヨ品川オフィス「THE CAMPUS」で。
京都に定住しながらも、日本中を飛び回っています。

ライフスタイルの変遷がもたらしたもの

 ーーちなみに、これまでどのように仕事をされてきたのかも気になります。

僕はマーケティングや新規事業のコンサルティングをしてきましたが、オンラインでできる仕事なので、旅先でも困ったことはありませんでした。

ーー市橋さんは行く先々の地域の方と交流されているのですよね。

リモートワークはどこにいても仕事ができるので便利ですが、時折むなしさも感じます。窓の外は広い海なのに、どうしてずっとパソコンに向かっているんだろうって。せっかくいろいろな場所に行っているのだから、訪れた先で出会った人たちの困りごとを解決できるような動きができると、もっと移動している意味があるんじゃないかと思うようになりました。

また、京都に住み始めて感じたのは、自分がいかに無力かということです。東京と違って、京都は小規模の個人商店が多く、僕がしてきたような大規模なマーケティングやコンサルの仕事はほぼ必要ないんですよね。むしろ、いまある目の前の課題を解決することの方がありがたがられる。地域にどう貢献できるのかを考えていくうちに、自然と手に職を持ちたいと思い、最近は写真や動画制作、料理や木工など、いわゆるものづくりのスキルを高める努力をしています。先日、妻と一緒に「播 maku」(@maku_elaa)という屋号で活動を始めたのも、こういった理由からです。

 ーーお話を聞いていくと、市橋さん自身の内面もアドレスホッパー時代から変化しているように思います。ライフスタイルの変遷は、ご自身にどんな変化をもたらしたと思われますか。

自分の好奇心が主だったときは、それを満たすためにどう動くかを考えていました。そしてパートナーが増えて家族が増えて、地域の中で関わる人が増えていくと、自分の好奇心を満たすだけでは満足できなくて。周りにいる人がちゃんと笑顔でいるかが大事だと感じるようになりましたね。

THE CAMPUS FLATS TOGOSHIのHPを眺めながら、
ポンポンとアイデアを出してくださる市橋さん。

ライフワークを見つけてみて

 ーーTHE CAMPUS FLATS TOGOSHIは、最短3カ月~という賃貸契約のスタイルで入居者を募集しています。多拠点生活の東京拠点としての利用など、既に多様なライフスタイルの方が入居を予定していますが、いろいろな生き方や暮らし方を模索していきたい人たちが集まる場所になったらいいなと考えています。

すごくいい場所ですよね。僕も独身時代であれば住みたかったです。3カ月からOKなら、コスト的にも、場所的にもちょうどいい。

せっかくいい家に住んでも、会社に行き、家に帰って寝るだけになってしまうと、新しいものに出会うチャンスが少ないですよね。でも、住む場所を流動的にするだけで自然と、違う人に会って、違う風景を見て、違う地域の文化に接することができます。そうすると無意識のうちにどんどん自分の中に学びが蓄積されていくんです。暮らしの中に、いかに学びの仕組みを作ることができるか、という点が大事なポイントですね。

THE CAMPUS FLATS TOGOSHIには暮らしの中に新しい出会いや学びの機会がインクルードされていて、人がどんどん入れ替わっていくのもすごくいい。上昇気流が生まれやすい環境だから、そういう場所に身を置くだけでも人生が変わっていきそうです。

ーー市橋さんはこの場所を使って何かやってみたいことはありますか。

発酵部屋があったら面白いなと思いますね。棚貸しして、みんながそれぞれ発酵食を瓶に入れてつくる。共有スペースはずっと空調管理されているわけだから、ちょうどいいと思いますね。完成したらみんなで食べたり、「Studio 07 スナック」で料理を出してもいいですよね。で、もう退去した人の瓶が残っていたりして(笑)。

ーー発酵部屋、面白そうです!

あとは自由にDIYできる工房があるといいなと思いました。

ーー居室とセットで利用できる「アトリエ」に工具をそろえたりして、自分だけの工房にするのもいいかもしれませんね。最後にこれから何か新しいことに挑戦したい人に向けてアドバイスがありますか。

人生をかけて続けられるライフワークに出会えると幸せですよね。ブームが終わっても、ずっと続けたいと思えるもの。淡々と続けていけるものに出会えるだけで、人生ハッピーだと思います。でもそれに出会うにはいろいろなことをたくさんやってみないとわからないものです。

THE CAMPUS FLATS TOGOSHIにはいろいろなものが集まっているから、ここで挑戦してみて、ピンとくるかどうか。面白い視点をもった人や、いろいろな趣味をもつ人が自然と集まってきて、それを手に取って試してみる。そうすることでここが意味のある場所になると思います。プロトタイプしながら、いい出会いを見つけてみるのがいいのではないでしょうか。

ーー人との出会いだけでなく、ご自身のライフワークを見つけるきっかけもTHE CAMPUS FLATS TOGOSHIならつくれるかもしれませんね。ありがとうございました!

 (取材・文:野口理恵/写真:太田太朗)

https://www.instagram.com/the_campus_flats/

 

 


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