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" Ghost in the Shell " 日本公開に寄せて




俺は友を失った。




俺が得たのは、ありふれた、安っぽい喪失にすぎない。四半期に一度は味わうたぐいの。つまり俺は、否応なく、新たな喪失に向けて常に動いているのだと言える。そのことが俺を困惑させていた。


映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』公式サイト


正直に言おう。俺は確かに困惑している。貪婪なる電脳都市のランドスケープ、ブラック・ウィドゥが抱える抑圧する者の諦観、あまねく路地裏を満たすあの馴染み深い悪臭、そして、「愛」にぶらさげる値札に付ける最低価格を競い合う群衆。これは俺が求めるものだったはずだ。いつもの俺なら、次はこいつを喪失してやろうと舌なめずりしながら待ち構えているはずだ。もっと正直に言えば、俺は難民キャンプ荒らしを心から楽しむ難民の一人にすぎない。その自覚はある。だが、今、俺のうちには衝動が、あのダイヴへの欲求が微塵も見えない。

だから今、俺はこうしてデッキに接続(ジャック・イン)し、歴戦のオノ・センダイでエージェントを走(ラン)らせている。ほとんどの素人は勘違いをしているが、ハッキングはネットをハックする営みではない。ネットは畢竟、無定形の海のごとき意識の集合体が満たす場でしかない。ネットとの接続により生じる、俺の意識と「海」との結節点、その中に黄金のリンゴを探し求めるのがハッキングだ。

自我なきAI、俺様特製の言語ハック特化型AIエージェントは、今も「結節点」の分解と還元にいそしんでいる。頑丈さだけが取り柄の14インチディスプレイに活動ログが流れる。その速さは到底目で追い切れるものではないし、そもそも自我持つ人間が了解可能な思考が行われているものではない。そんなものを眺め続ける阿呆はそうそういないと承知しているが、俺はいつも、これを見守ることにしている。高速で流れる文字列を眺めるとき確かに感じられる禅と渋みを俺は好む。


Ghost in the Shell……


攻殻機動隊……


コウカク……


たまにログの中に混じる、単語として認識可能な文字列を意識にとどめながら、俺の思考の大半は、大抵、夏休みの読書感想文のために背伸びして読んだ小説の記憶や、今思うと何でファンだったのか自分でも理解できないバンドの思い出といった、安いノスタルジーで満たされる。

そして、俺が「なぜあの訳者は、軌道ラスタファリアンが喋るセリフを『〇〇だがや』口調で翻訳したのか?」というお気に入りの疑問を弄んでいるうちに、ハッキングは終了していた。俺はその果実を手に取った。







こーかくきどーたい

わーい!

バトーちゃんやトグサちゃんやアラマキさんたちが、みんなをげきじょうでまってるよ!たーのしー!

テロリストをころすのがとくいなフレンズがいーっぱい!すごーい!

サイバリパークにあいにきてね!





その黄金のリンゴは、確かに俺の衝動に作用した。原罪(イノセンス・ロスト)に。そして、果実の中に、自我なきAIが俺に語る声を聴いた。「お前は友(フレンズ)を失(ロスト)った。だが喪失(スリップ・アウェイ)はしていない。お前は自我の難民ではない」と。ネットに満ちる残響から産み落とされたそれは、ゴーストのささやきだ。

俺は離脱(ジャック・アウト)した。俺は、明日にもダイヴするだろう。






みんなもみてね!やくそくだよ!



【終】




以上はあくまで、一素人によるサイバーパンク全盛期への率直なオマージュであり、決して黒丸尚氏及びその他の偉大な先達を貶める意図はないことを付言します。