君と僕と文化祭
文化祭、僕は君と、あの場所で2人きり。
「私、実はずっと――――――」
その続きに来る言葉は何だろう。僕はまだ知らない。
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「おい、なにぼーっとしてんだよ」
その声でハッと、視線を上げる。
新入生だった僕らもすっかり学校に慣れて、段々と浮かれ始めるこの時期。そこに来ての文化祭はまさに一大イベントと言える。
「別にいいだろ。お前こそ、急になんだよ」
現実味のない妄想から、僕は不意に現実に引き戻された。
「いやー、報告があるのだよ。親友の君に」
「報告…?」
親友からの報告だ。きっと喜ばしいものだろう。
「文化祭、君は誰と回るのかね?」
「え…?お前と約束してなかったか?」
「ふふ、すまん。ほんっとうにすまん」
そういうと「親友」は、告げた。
「彼女、できましたーーーーーー!!」
………んん???
「お前…嘘だろ…」
「これがガチ。お前も文化祭までに作れよ。ってなわけで、待たせてるから。じゃ!」
そう言うと、さっさと教室から出て行ってしまった。
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絶望と言うと大げさだが、落胆は隠せない。帰り道をとぼとぼと歩きながら、僕は大きくため息をついた。
僕の好きな人など、到底届きそうもない。
富田鈴花。
面と向かって話したことは数回程度なのに、僕はすっかり彼女に魅了されて、あわよくば――と思っている。
恥ずかしい話だ。
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「ねね、ちょっといい?」
だから、翌日学校に行くなり、富田に話しかけられたときは心臓が飛び出るかと思った。
「な、なに?」
「明日の委員会でさ、今年の文化祭のテーマ決めるって言ってたじゃん?何か案考えた?」
どういう因果か、僕と彼女は「文化祭実行委員」なるものに選ばれた。彼女は立候補だったが、僕はというと「男子も必要だろ」という意見の元くじ引きで決められたものだ。
結果的に、僕にとっては千載一遇のチャンスである。
「い、いやー…実は…」
「そっかー。うちも思いつかなくてさー」
そう言うとはぁ、とため息をついた。真面目な彼女のことだから、かなり真剣に考えていたに違いない。
「うちらのクラスだけ何も出ないってのはまずいよね…放課後、暇?」
「い、一応…」
「じゃあさ、ちょっと2人で話し合わない?」
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「う~~~ん…」
悩ましい姿にも、つい見とれてしまう。
案などそっちのけで、僕は彼女の顔ばかり見ていた。
「…って、ねぇ!ちゃんと考えてる!?」
「か、考えてるって」
「ほんとに?ならいいんだけど」
当然思いつくわけがない。2人きりで話をするのが精いっぱいだ。
「それよりさ、係は決めたの?」
「ああ…」
そういえば、実行委員内でもなにかと仕事があって、それぞれ係分けがされていたのだった。元はと言えば立候補ではないので、正直どうでもいい。
「なんでもいいんだよね。別に」
「ねぇ…ほんとにやる気あるの?」
呆れたようにそう言うと、富田はまた一つため息をついた。
視線が横にそれたので、僕もなぜかそれを目で追った。校庭で、クラスの男子が何人かサッカーをしているのが見える。
(まさか…あの中に気になってる人とかいたりするのかな?)
少し考えすぎかもしれないが、そんな些細な仕草までも気になってしまうのは、やはり「恋」をしているからなのだろうか。
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ふと教室を見ると、クラスの女子が並んで外を見ていた。
「あー!ねぇ!今こっち見た!?」
「見た!絶対見た!キャー!!」
「自意識過剰だよ…」
通り過ぎようと思ったのだが、富田の声が聞こえたので立ち止まった。悪趣味だが、僕はドアのそばでこっそりと耳を澄ませる。
「もー。鈴花は冷めてるなー」
「もうすぐ文化祭だよ?文化祭マジックとか期待しないの?」
「別に…」
「あ!そーいや鈴花、実行委員じゃん?彼なんかどうなの?」
「え、誰?」
「そりゃあ…」
僕の名前が聞こえたので、自然と鼓動が速くなってしまう。さらに耳に神経を集中させる。
「え、え…?私は別に…」
「なにー?焦ってんの?図星だった?」
「違う!違うし!」
それ以上見ていられず、僕は慌ててその場を去った。
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「う~~ん」
またもや彼女は考えている。
放課後。結局僕らは2人で看板製作に回ることになった。
「なんか変?もう少し変えてみる?」
「いや~、でもあんまりいじってもダメな気がするんだよね~」
何気ない会話でも、2人だけの空間が心地よい。ふと、この前の盗み聞きを思い出した。
(あの時の富田、なんだったんだろう)
そんなことを思いながら、手元のペンに手を伸ばした、と、
「っ…!」
刹那、彼女と視線が交差する。がすぐに、お互い慌てて視線をそらした。
しばらく気まずい沈黙が続いたが、先に口を開いたのは富田だった。
「ち、違うよ…?」
「え?な、何が?」
予想外の言葉に動揺したが、よく見ると彼女もあたふたしているようだ。
「え、えっと…別に意識とかは…」
まさか、この前の盗み聞きがバレたのだろうか。こうなっては仕方がない。
「もしかして、この前教室で話してた…こと?勝手に聞いててごめん…」
「えっ…聞いてたの?」
思わぬ方向に話が進んだ。彼女も僕も、混乱しているようだ。
「あ、いやー…その…」
「ちょっと待って…なんかもう…あれ…?」
顔を赤くしながらあたふたする富田。その姿がとても愛おしい。
僕の中の何かが、どうしようもなく抑えられなくなった。
「あ、あのさ……!」
「っ…!」
僕が勢いよく彼女の方を向くと、富田は慌てたように目をそらした。頬にはまだ赤みが残っている。
「ぼ、僕…実は富田のこと…!」
自分から動かなきゃ、何も変わらないんだよな。
そうだろ?
妄想していた自分へ。