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グッバイ宣言

待ち合わせ場所には約束した時間の10分前に着いたが、彼女は既にそこで待っていた。

「早いね。待った?」

そう声をかけると、

「ううん。私も今来たとこ。」

久しぶりに聴いた、しかし昔と変わらない、優しい返事が返ってきた。

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「じゃあ、行こっか」

僕はそう返すと、ゆっくり彼女の横に並び、歩き出した。

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彼女…佐々木久美と僕がこうして会うのは、大学を卒業して以来、実に4年ぶりのことだ。

もっと正確に言えば、僕が彼女と別れたのは大学3年の冬だから、それ以来連絡を取ってもいなかった。卒業式で一瞬顔を合わせたのが最後だろうか。

久美と付き合い始めたのは、高校1年生の秋だった。

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時には喧嘩もしたが、いわゆる高校の「青春の思い出」というやつにはいつも彼女がいた。同じ大学に進学するために互いに支えあい、大学に入ってからも変わらない関係だった。

一緒にいて楽しかったし、たくさんいろんなものをもらったし、何より僕は本当に久美が好きだった。

このまま結婚するのかな、と考えたこともあった。

だから、彼女の方から別れを切り出されたときは、とても驚いた。

僕と彼女との関係は、あっけなく終わりを迎えた。

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仕事にも慣れ、思い出が霞みかけるほど忙しい日々を送っていたある日、彼女の方から唐突に連絡がきた。

「久しぶり。色々積もる話もあるし、今度会わない?」

LINEなんてとうにブロックされていると思っていたから、まだ僕のことを認識しているとは、と少しほっとした。

「おー、久しぶり。いいよ。都合いい日教えてくれれば、合わせるよ。」

気づけばそう返信していた。

心の奥で消えかけていた想いが、少しだけ湧き上がるのを感じた。

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予約していたレストランは、週末ということもあってそこそこにぎわっていた。

窓際の席に案内され、店員さんがいかにも「気を使いましたよ」オーラを出してくる。

「ふふ。うちら、絶対カップルだと思われてるよね。」

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あの頃と変わらない笑顔で、久美はそう言った。

久しぶりということもあってか、意外にも僕たちの会話は弾んだ。

今の仕事のこと、高校、あるいは大学時代の友人のこと、最近の近況など、話題は尽きることがなかった。

「しかしすごいな。まさか久美がラジオパーソナリティーやってるなんて想像してなかったよ。」

「へへ。昔からラジオよく聞いてたし、おしゃべり好きだったからね~」

「まあ、そのおしゃべりには何度も付き合わされたから。身に染みてわかってるよ」

「おい!我慢してました、みたいに言うな!」

まさに、僕たちは傍から見ればしっかりカップルに見えてもおかしくないくらい、楽しい時間を過ごしていた。

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一通り食事が終わり、食後のワインが運ばれてきたとき、僕はこう切り出した。

「急に会いたいなんて言ってきたけど、何か話したいこととかあるんじゃないの?」

図星だったのか、彼女は急に黙ってしまった。

それから、ワインを一口飲んで、深呼吸をした後ゆっくりとこう言った。

「…結婚するんだ。私」

「…結…婚…か」

こういうのを青天の霹靂というのだろうか。思わず僕はあからさまに動揺してしまった。

確かに、お互い既に結婚してもおかしくない年齢ではあるのだが。

「びっくりする…よね、そりゃ。久しぶりに会って結婚なんて言われたら」

「ああ…ごめん、マジで驚いたわ」

何とか僕は笑顔を作ろうとしたが、なぜか上手く笑うことができなかった。

「し、職場の人…?だよな?」

表情をごまかすために、大して聞く意味もない質問をした。

「そう。一つ上の先輩なんだけどね」

「…そっか」

僕は、残ったワインを飲み干した。すると久美が、

「ね。外で話さない?」

そう言って立ち上がったので、彼女についていくことにした。

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ビルの屋上からは、まだ明るい街の夜景が綺麗に見えた。

しばらく、僕らは並んで夜風を浴びていた。

すると、久美が口を開いたかと思うと

「…我慢してるんでしょ。吸ったら?タバコ」

「…!」

「さっきの店、禁煙だったしね」

「…はは。わざわざ気使ってくれたんだ」

そんなことまで覚えていてくれたのか、と思うと同時に、付き合っていたころに何度も禁煙するようにたしなめられたのを思い出した。

未だに喫煙者の僕は、言葉に甘えてポケットからショートホープを取り出した。

「相変わらずそれなんだ。早くやめなよ、ほんと」

「久々にやめろって言われたよ。まあ、そのうちな」

火を点け、ゆっくり吸い込んで、たっぷり煙を吐き出す。

吐いた煙が、夜空にゆっくりと上がって消えていく。

「…結婚、おめでとう」

吐き出した煙と共に、僕は彼女の方を見もせず言った。

「ねえ、ほんとに思ってる?」

「当たり前だろ。」

「…そっかぁ」

なぜか久美は、腑に落ちないような返事をした。

「わざわざ連絡くれて、ありがとな。

…とっくに忘れられてると思ってたから」

これが、今僕に言える本心のすべてだった。

「…嫉妬、しないの?」

「え…」

急な問いかけに、僕は思わず返事に詰まってしまった。

いや、急だから、という理由だけではなかった。

やっぱり僕はまだ、彼女のことが好きだったみたいだ、と、今日改めて思っていた。誘われたのだって、もしかしたら…と淡い期待も寄せていたことは否めない。

でも、もう久美は僕の彼女ではない。

そして、僕が与えることのできなかった新しい幸せを手に入れている。

「…嫉妬だなんて。するわけないよ。お幸せにな」

「…そっか」

僕はごまかすために、2本目のたばこを取り出した。

「…結婚式、いつなの?」

「年明け。1/22」

「へぇ。誕生日じゃん」

「ちゃんと覚えてるんだ。やるじゃん」

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彼女の屈託のない笑顔は、久しぶりに見てもやはり素敵だった。

「招待してくれるなら、行かないこともないよ?」

たばこの煙を夜景に向けて吐き出しながら、わざとそんな風に言ってみた。すると、

「…いや、招待する気なかったら、わざわざ連絡とってこうやって会ってないから」

…これではまるでオードリーの漫才だ。

僕たちは顔を見合わせて笑った。

「…そろそろ行こうか。寒くなってきた」

僕は、なるべく彼女の顔を見ないようにしながら、ゆっくりとエレベーターへ向かった。

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駅までの道のりは、あまりにも長く感じた。その間、僕らはずっと無言だった。

「…じゃあ、また。今日は誘ってくれてありがとな」

そう声をかけて、僕は改札の方へ歩き出した。

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久美は黙ったまま、少しうつむいた。

「…?」

不思議に思いつつも、僕は返事を待たずに、そのまま改札を通り過ぎようとした。すると、

「…こっちこそ!ありがとね!またね!」

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周りの人が振り向くほどの大声で、そしてとびきりの笑顔で久美が応えた。

「…やっぱり変わらないな。あいつ」

僕は片手を挙げ、本当の意味で、彼女に別れを告げた。


「…ばか。素直になれない私のばか」

改札前でつぶやいた彼女の声は、誰の耳にも届くことなく夜の街へ消えていった。




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