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【二次創作】学校から帰ったら兄が無職になっていた件【呪○廻戦パロディ】

※視点:五条家妹仕様。名前表示無し


呪いというのは、人の思念から生まれるものだ。
その思いが強ければ、呪霊として人の世に蔓延り、時には人に害をなす。生命を脅かす個体も存在する故、呪霊を祓う専門職…所謂呪術師の存在は無くしてはならないものだ。

東京都立呪術高等専門学校。曰く、都立呪術高専。
呪術…呪いを学び、知識を得ることで、自らの呪力を高め、研ぎ澄まし、己の武器として戦う鍛錬を行い、時には任務をこなす。そんな学校だ。
分校として京都にも呪術高専はあり、同じように呪いを学ぶ仲間がいる。
両校の仲は良いかと言えば……敢えては触れないでおく。

呪術を扱う者として伝統ある…まあ、由緒ある家と言えばいいのか。
禪院家、加茂家、そして、私と兄がいる五条家。
私の兄である五条悟は、生まれながらにして六眼という呪力の流れを読み取る目を持ち、成長し呪術師として高専に入学したあとも頭角をメキメキ示し、呪力操作もお手の物、ついには意志ではなく半自動化で呪力を流し、自分へのダメージを軽減するという離れ技をやってのけたのである。そして術師としての等級も次々と軽く階段を上るように上げていき、特級術師となるまで時間はそうかからなかった。

その時の兄は言っていた。なんでもないように、笑いながら。

「僕、最強だから」

なら私はと言うと、級の試験を受けたことがないので分からない。とはいえ呪力が無いわけでもなく、
弱っちそうな呪霊は払えるし、保険として呪具の小刀を持ち歩いている。兄がいる以上、家族も兄に対する期待はめちゃくちゃに大きく、兄が功績を残す度に家では大宴会である。兄と比べて妹は…みたいなドロドロ展開はなく、妹は妹でよく可愛がってもらっている。まあ、呪力量自体ほぼ一般人に近い───兄の友人がたまにぽつりと呟くという、呪術を持たない“猿”───に該当するであろう私は、もう兄に家の諸々めんどくさいものはやらせてしまえという魂胆だったので、高専に通う選択肢はなく、普通の共学の高校に通っている。父も母も、私がのんびり過ごせるのならと快く了承してくれた。

そんな最強である兄は今、高専を卒業し、次期術師を育てるために教師としてゆるーく教鞭を振るいつつ、任務に当たっている。

…………はずなのだ。


「おかえり妹!よく帰ってきた!今日は定期テストだったな、よく頑張った!手応えはどうだ?」
「……なんでいるんすか。兄さん」

よっ、とにこやかに片手を上げるのは、本当はここにいないはずの兄。
六眼を隠すサングラスはそのままに、ラフなTシャツとスウェット姿という、高専の生徒は見たことは無いであろうそのラフオブラフな姿。

「ん?」
「いや、ん?じゃなく。今……授業か任務の時間でしょ」
「ああ。高専、辞めてきた」
「……ん?ちょっと何言ってるか分からない」
「耳弱くなったか?呪力の流れは操作できるだろう?」

そういう事じゃねえ。
今。この、白髪サングラスは。兄は。なんと言うた。

「……高専辞めてきたって幻聴が聞こえたんすけど」
「おう。」
「……職場辞めてきたってことすか。兄、無職?ん?考えたくないんすけども」
「よく気づいたな妹!今日から俺は!立派なニートだ!」

盛大に両手を広げ笑顔を振りまく兄の顔面に向かって通学カバンをぶん投げた。もちろん呪力込みで。
が、兄の無下限呪術で顔面には当たらず、そのままぽとりと床に落ちた。少しベコベコになった革製の鞄だが…まあまだ使えるからいいか。
というか今の言葉。父と母は知っているのか。知らないなら卒倒ものだと思う。それくらいのことを、今、ケロッと言い放ったのだ。

「おいおい妹。ずっと兄が家を守ってやるってことだぜ?最強が守る家、これ以上安全な場所はないだろうが」
「いや、自ら自宅警備員宣言はしないでもらっていいですかね…ってか収入どうすんですか、兄さん」


五条家はほぼ兄の収入で家の生活が保たれているといっても過言ではない。
その実、私の学校の学費もほぼ兄の任務遂行したお礼費から負担していたのだ。
資金や貯蓄がないわけではなかったが、兄である五条悟が生まれてからは生活はがらりと変わった。つつましやかな生活から、少々の余裕が出始め、派手というわけではないが、裕福というくらいまで資産状況は持ち直されたのだ。それだけ兄が優秀な術師であるということは、頂くお礼金やお礼状然り、そうした目に見える結果を残してきたからといってもいいだろう。

「収入ね。ま、世の中金がすべてじゃないでしょ。それまでの俺がやった任務の費用や給料は家に入れてるわけだしー、ま、家がちゃんと管理してればだけど」
「いや私の学費!家のライフライン!携帯代とか!減るじゃん、減る一方じゃん!!!諸々お金は必要でしょうよ」
「最悪バイトすれば大丈夫だって。高専やめたからって早々呪術師協会から外されるわけでもあるまいし。ま、俺に回ってくるような事件があればの話だけど」

バイトっつった。
この現状ニート兄、特級術師に回ってくる案件を、バイトって。

「兄さん……これからどうすんの?」
「ん?とりあえずまあ家のことは考えたく無いけどな、自分が育ってきた家だ、お住まいが無くなるのは忍びないし、家の管理や税金とか諸々あるだろ?ここはひとつ、役所に行って……生活の補助の申請を」
「やめて」

五条の名だったり、血筋をどうこう言うことに私は興味はないが、仮にも御三家の名を背負った家が役所に補助求めるって何考えてるとは言いたい。
どこから取ってきたのか何らかの申請書らしき紙をばっと奪い取りびりびりと裂いた。

「そんな…高学歴ニートみたいなさ…ってかニート自体誇らしく言うものでもないのよ。五条悟、いや五条悟って」
「今の俺は五条悟れない、いや、五条悟らないだ。それに家の存続をとったといえば格好はつくだろ?」
「へえ。存続。恋人もいないのにですか」
「そこは言わない約束だ」

よっこらせ、とソファに横になり頭に腕を組むと、兄はお日様が気持ちいいねえと呟き口元を弛めていた。
身長が高い兄だ、肘掛に頭を預けているが、片方の肘掛からは盛大に足がはみ出している。

「私は家を継ぐ云々は聞いてないんだけど、ってかする気もないよ。だって呪力弱いもん」
「ああ、よく言ってくれた妹。お前、来週から高専だからな。制服は急ぎで発注しといた。それと転入手続きも完了済だ」

びしっと私を指差しけろりととんでもねえことを言い放った兄。
いつ。どこで。だれが。何を。どうして。どうやって。勝手に高専に転校するというのだ。
5W1H皆使って細かく説明してもらいたい。
それくらい私は今、ペラっと言い放たれたことを理解できずにいる。

「はあ…?」
「俺の妹だ、1級術師になるにはそう難しいことじゃないだろう?」

ははは!と笑う兄。そのソファにのんびりと伸ばした体に腹パンしてやろうか。しないけど。

「全部聞いてない。却下。却下却下!!!は?転校?高専に?勝手じゃん!あと7日しかないじゃん!ってか、無下限呪術使えるのは兄さんだけでしょ、私の術式は、」

そう、無下限呪術というのは五条家に代々伝わる術式だが、呪力操作が難しい。そのうえ待ちうる呪力が低い私は無下限呪術ではなく、筆録呪法というやり方で術式を組んでいた。
筆録呪法とは、紙や葉など書けるものとペンや鉛筆など書く媒体があれば相手に呪力をこめて攻撃ができるという極めてアナログな術式である。
弱小呪霊であればそれでも倒せるのだが、無下限術式をしっかりと継承している兄と比べたら。

「わーかってるっての。だから、術式を高めるのに高専に行ってもらうってだけだよ、妹。立派な術師になって帰ってこい!な?」
「いや、頼んでないうえに勝手に妹の進路決めていいと思ってんですか兄さん」
「うん。兄貴だから」

殴りてえ。

「で、私が必死こいて鍛錬してる間兄さんは何してんですか」
「え。そうだな、健全に家でN○Kか昼ドラでも見てようかな。溜まってるゲームや漫画もあるし。昼には再放送のバラエティを見る。いやあニート最高だな!」

殴りてえ。いや、殴る。

制服のポケットに入っていた500円玉を静かに取り出し、全力の呪力を込めて兄の顔面目掛けて指で弾いて飛ばした。が、案の定呪力の順転反転をオートで回している兄にあたるはずもなく、ぱしりと片手で受け止められ、サンキューという言葉とともに兄のスウェットのポケットに仕舞われた。

「まあまあ妹。正しい鍛錬をちゃんとしてないから今の実力で落ち着いてんだよ。しっかりプロのもとで訓練してみろ、才能が花開いちゃうかもしれないぜ」
「そのプロが職なしになって今目の前にいるんですけど」
「だーいじょうぶ大丈夫!予定は未定、何とかなるなる!」

丸投げな発言だが、何か直感的に感じるものがあるのか、兄はへらへらと笑っていた。
何も考えていないようで考えているのが兄だ。
まあ…こんな私にも期待を寄せてくれているのだから、何らかの…うまくは言えないが、将来性的な何かは想像できているんだろうと思う。

とりあえず、明日は友達に転校する挨拶でもするかな、とぼんやり宙を見つめながら、大きくため息をついた。

そんな兄は呑気にテレビのリモコンを手に取り、バラエティ番組を見ながらケラケラ笑っている。
とりあえず父と母が外出から戻ってくる前に一発殴っておこうと思う。
私は無言で拳をぎゅっと固く握りしめた。

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突然の兄のニート宣言に両親が激怒・困惑するかと思えば、悟だからなあという理由とはははという笑いで呆気なく片付いた。

……ただ、私に相談もなく勝手に転校させるとはどういうことだと。妹、兄におこである。
深夜、無下限呪術をオートで回す兄ですら無防備になる時に、部屋に忍び込み、グースカ眠る相手の腹に思い切りパンチを繰り出したところ……

「いって……」

このザマである。
渾身の呪力を込めて振りかぶった拳がそのまま跳ね返され、綺麗に自分で自分の鼻を殴るにあたった。
鼻血こそ出なかったものの、少し青あざになってしまった鼻を擦りながら居間へ行くと、何事も無かったかのように兄に、おはよう妹!と声をかけられた。無視した。

ニートになったのは本当のようで、日がな1日Tシャツジャージ姿でテレビを見るかスマホをいじるかで1日をすごしていた。文字通り食ってはスマホ、寝てはテレビ。たまに外出したかと思えばスイーツを買ってもりもり食べている。大丈夫なのか、最強がこんなので。

騒いでも仕方ない。もう来週には高専だ。
半ば強制的に呪術師になる道を敷かれてしまったのだから。

「さて、行きますか。最後の学校へ」

ああ……さようなら。私の普通の生活。

そうして私は、校門を1歩、校舎の中へと跨いだ。

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「いやー……あんなに泣かれるとはねえ……」

友達にびえびえ泣きながら元気でねなんて言われたら、この学び舎も悪くはなかったななんて思う。
抜き打ちテストを受けたり、居眠りを怒られたり、そんな恥ずかしかったり、嫌なこともあったけれど、私は普通の女子高生を謳歌できたかななんて。

友達からもらったプレゼント達が入った紙袋をガサガサと鳴らしながら、階段をたんたんと降りる。

踊り場の窓から見える校庭には、部活に勤しむクラスメイトたちの姿が映る。賑やかだな、なんて。ふと、口角が緩む。

「この『お願い』も最後か……」

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とある日のことだ。職員室に呼ばれた私が目にしたのは、鬼の形相をした姿でもなく、人には言えない点数のテストを指さす姿でもなく。

両手を合わせた担任の姿だった。

「1年にいる生徒に2年の勉強を教えてもらいたい」
「えっと……それはなぜ、私に……」
「その子の自身の希望で、指名なんだよ。なんでも親戚だそうじゃないか。先生の仕事だからと提案もしたんだが頼み込まれてなあ……」
「はあ、」
「体が弱いせいであまり家族の集まりにも参加出来なかったんだと。……何でも、入学した後に難しい病気が見つかったらしく、あちこち手術の大治療をしたそうだ。本来なら同じ学年なんだが……出席日数やらなんやらで1年生にいるわけだ。」
「はあ……まあ、親戚は結構多い方ですから見たこともない人もいますが……でもなんで私に?」
「本人が言うには、親戚なら安心出来るから、だそうだ。入院中も勉強していたみたいで学力は申し分ない、次のテスト次第だが2年への進級をしてもいいんじゃないかという話が出てるんだ。本人も同じ学年の皆と勉強したいと2年への進級を望んでいるし、手助けだと思って……な?」
「いや、な?って言われても」
「頼む!内申書にはうまーく書いとくから!な?な!?」

……という形で半ば強引に押し付けられた家庭教師なのだが、その親戚とやら、確かに賢いのだ。教えることはあまり得意では無いが、私の拙い説明でも、噛み砕いて吸収をしていく。教えれば教えただけ学力をつけていく。学ぶのが楽しいと言っていた、その親戚。
長い入院生活をしていたという彼は本当に勉強が好きなようで、私は羨ましくは思うが…少し違和感も感じていた。

そう…まるで……“人間”を謳歌しているような……

「お疲れ様。待たせたかな」
「いえ、大丈夫です。僕こそごめんなさい、転校前で忙しいのに、こんなお願いを」
「そんな事ないよ、頼まれたからにはやらないとね。……じゃあ、やろうか。真人くん」
「はい。なら……最後の授業ですね」
「授業なんて大層なものでもないけどね」
「最後は…そうですね、国語を」
「うん、いいよ」

ふふ、と手を差し出す真人くんと握手をした。
よろしくお願いします、とにこやかに笑う真人くんは、こんなに感触を確かめるように握手をする人だっただろうか。最後だから感傷的になっているだけなのかもしれない、何となくそう独りごちたのだった。

鞄から2年の国語の教科書と私の授業ノートを取りだし、文を示しながら教えていく。

「……どうしてテストはよく、作者の気持ちを問うんでしょうね」

ぽつりと呟く真人くんは、ノートにペンを走らせていた。大手術をしたという彼は、体のあちこちに縫い傷があった。そして、それは顔にも。

「…なんでだろうね。わかって欲しいのかな。なんでそういう表現をしたのか」

かり、とノートにペンを走らせる音が止まった。

「人間に他の人間の気持ちを理解させる問って、なんだか遠回りな気がするんですよね」
「遠回り……?なら、単刀直入なら、直接作者に問い合わせるってこと?」
「いや、もっとこう……心を読み解く…それこそ、人の持つ魂の情報を理解出来れば…」
「魂 ……って、目に見えないものだけど、読み解くなんてできるのかな?」
「能力がいるけれどね、出来るかもしれないなって」
「のう、うん、…ふうん?」

カリカリとペンをまた走らせた真人くんの肘が消しゴムに当たり、ころりと床に落ちた。

「あ、……はい、落ちたよ」
「あっ、ありがとうございます」

にこ、と私の手から消しゴムを受け取る真人くん。
さら、と少し冷たい私の指に手が触れた瞬間、言いようもない不安感が背中を駆け抜けて行った。

なぜ、生徒ひとりを教えるのに教師がつかないのだろうか。彼自身が突っぱねたと言うが、私なら先生から教わりたいと思う。時間が無いのか?補習でもなんでも、2年のプリントを渡すことくらいはできるはずだ。
そもそも学力に申し分がないのなら、なぜ自己学習という手を使わなかったのか。分からないところが出来たら職員室へ聞きに行けばいい。
それに親戚なら安心できるという理由も考えてみればおかしいのだ。
だって親戚とはいえ見ず知らずの人なのだから。
それに、五条家は確かに本家分家と親戚が多いが、全身を切って縫うような大治療を受けただなんて絶対に話に入ってくるはずだ。
…しかし、そんな話は聞いたことがない。
父母、兄に尋ねてもそんな親戚は聞いたことがないと言っていた。分家の末端の家なら分からないけれど、とも言っていたので、ならその分家の末端とやらなんだろうと勝手に解釈していたが……

それなおかしい点はもうひとつあって。

彼と勉強を教えている時は、何も起こらないのだ。
恋とかそういうものではなく、不自然に人が入らない。忘れ物〜と取りに来る生徒や、部活終わりにカバンを取りに来る生徒がいてもいいのに。
……どうして誰も、教室に入ってこないのか?
そして、校庭のそばだというのに、何の音も聞こえないのは、どうしてなのか?

「何考えているの?…五条さん」
「え?あの……えっと……私は菅原で、」
「いやいや。君は五条さんであってるでしょ?…御三家の、さ」

心臓の鼓動が早くなる。
五条なんて苗字、聞く人が聞けば“あの”五条だとバレてしまう。呪力操作はおろか訓練も鍛錬もつんでいない私が狙われるのは必至、だからこそ、偽名として身を守るために先祖縁の名前である菅原を名乗っていたのだ。この学校で五条だと明かしたことは1度もない。

なのに、なぜ。

呪霊でもないのに私が五条の人間だとわかる?
真人くんは変わらずにこにこと笑うままで、姿形は私と変わらない人の形だ。
手足を持つ呪霊は確かに存在する、ただその姿は人間とは程遠いことがほとんどだ。
冷や汗が背中を流れていく。
スカートを握りしめる拳の力が強まり、手のひらにもじんわりと汗が滲む。
ただ耳の横でどくどくと嫌な心音が響くのが止まらない。

「いや、あの……ひとちがい、だと」

震える声で声を絞り出すも、ケラケラと真人くんに笑い飛ばされてしまった。


「僕が人違いなんてするわけないよ。だからこそ呪霊を学校に忍ばせて、調査してたんだ。五条の妹が学校にいるってことでさ。宿儺が蘇るにあたって障害になる芽は早めに潰しておいた方がいいしね。それと1度確かめてみたかったんだ。……御三家の人間って、どんなパワーを秘めているのか」

シャープペンシルを片手に頬杖をつく真人くんの微笑みと共に、彼の指先が、私に向かう。
その指は、嫌な感じがする。
いやだ、こわい、誰か、───

「はいはーい、うちの妹と勝手にイチャイチャは禁止です」

いつもの間延びした声とともに、呪力を込めて放ったのであろうボールペンが、まさに私の額に触れようとしていた真人くんのダーツのように指に刺さった。

「な、」

声の方向には、窓ガラスの桟をひょいと飛び越えるサングラス姿の兄、悟がいた。

「……いったいなあ。大事な体なんだ、もっと労わって攻撃してくれないかな」
「勝手に帳まで張っちゃってさ。全く、破るのは何でもなかったから良かったよ。五条の人間を勝手にお人形さんにされちゃ困るからね。緊急手段でとりあえず投げさせてもらった」
「ちぇ。魂の形を変えて呪力も隠して人間に紛れていたのに、思いの外早く見つかったね、五条悟」
「んな小細工したって六眼持ってる俺にはわかんの。一般呪術師と一緒に見られてたなんて最強の名も舐められたもんだねえ。真人、お前が呑気に人間ごっこしてるわけが無いと思ったからな。……学長に相談して正解だった」

真人くんは指に刺さったボールペンを何食わぬ顔で抜き取り、ぽいと床に放った。穴が空いていた指はしゅるしゅると肉が盛り上がり風穴を塞ぐ。
その光景に私は彼が確実に人間ではないと、確信したのだ。
兄である悟を前にして大抵の呪霊は震え上がるか威嚇するかどちらかのはずなのに、真人くんはいつもの穏やかな顔を崩さずに兄さんを見つめていた。

この人、強い。
ガタリと席を立ち、後ろへと後退りをする。

「兄さん……あの、何が、何がどうなって」
「おお、妹。悪いけど説明はあと。ちょっと危ないから何とか避けてな」
「いやあの危ないって何が」
「術式反転、赫」
「うげ!!!!」

容赦なく放たれた呪力の塊を机と椅子をかき分け床を這い大慌てで避ける。

兄さんの指から放たれたそれは、机や椅子をなぎ倒し巻き込みながら真人に向かっていく。
それをひらりとかわすと、真人くんは楽しそうに口角を上げた。

「あっはは、こんな教室の中で戦うのも楽しいけどね、本来の任務は違うんだよね。」
「妹に目をつけるたあその目は間違ってないと思うけどね。まだ成長途中なんだ、見逃してやってよ。代わりに俺が楽しませてやるからさ」
「いや〜さすがに成果がないと夏油さん達に怒られちゃうからね。あと1回触れたら成功なんだけど」
「だからさ、人んちの妹を人形にすんじゃねえ、っての!」

ダッ、と床を蹴ると真人に一瞬で迫り、呪力を込めた手で思い切り殴り付けた。
殴打する音、術式で弾く音が響く中、私は何が何だか分からないままで床にへたりこんで応戦をぽかんと見守るしかできなかった。
そんな目の前に、兄さんの赫の衝撃で飛んできたノートの端切れと、ボールペンが転がってきた。だが、それに目を向ける余裕はない。

「これ…何、どういうこと、」
「あっはは、それだけ五条の血が特別だってことだよ」
「おいおい、真人。こっちに集中しろ、よっ、!!」
「おっと」

兄さんの攻撃をかわし、真人くんは制服のポケットから枯れた木の棒のようなものを取り出した。

「そろそろ、こいつの出番かな」

拳を振りかぶった兄さんに向けてそれを放り投げると、バシリと音を立て丸太のような長い棒へと変わる。その端で、壁と棒に押しつぶされかけているのは、兄。避けきれなかったのか、衝撃でゲホゴホと噎せこんでいた。

「さーて。悟と手合わせするのも楽しいけどね、時間がなくなっちゃった」
「!」

棒のようなものにひょいと降り立ち、こちらを見つめる真人くんは、笑っていた。
けれど、目が笑っていない。

「こうして追い詰めてくのもいいね。さて、君の魂の形、僕に見せてくれない?」

後退りする際に、かさりと紙が手に当たる感覚がした。下を向くと、ボールペン。

…私の呪術は、知らないはずだ。
それに賭けるしかない。

「せめ、て…手紙だけでも…書かせてくれない?」
「手紙?……ああ、遺書とかいうやつ?ふっはは、こんな場面でそんなこと言う人間初めてだよ。いいよ、それくらいの時間はあげる。あとは殺すだけだしね」

殺す。
今までの真人くんからは想像できない言葉だった。

ただ、やるしかない。
震える手でボールペンを握りしめ、紙にペンをつける。

と同時に、咳き込みながらも顔を上げた兄に、小さくこくりと頷いた。その意味を理解したのか、兄もこくりと頷く。
ふう、と小さく息を吐き出し、ボールペンに呪力を込め、震える手を押えながらと紙に書きつける。

「…筆録呪法  “縛” “強”」
「!な、!?」

がち、と真人くんの身体の動きが固まった。

「バカな、呪力はあれど術式を持ってるなんて聞いてな、っく、っ!?」
「五条家と言えば無下限呪術。それは有名でしょう。でも私にはその適性はなかった。でも、無下限呪術が使えないイコール術式がないなんて、一体誰が言った?」

体を動かそうと踏ん張るが、正直真人くんの方が呪力量も強さも上だ。破られるのも時間の問題だろう。
でもそれは、私一人だけならば、の話だ。

「兄さん!」
「できた妹だよ、全く。…いくぞ、真人。……虚式 茈」

バシュ、と術式が真人くんの半身を貫き、ぼとりと床に落ちてきた。
それと同時に、兄さんを押し潰していた丸太のようなものも煙を放って消えていく。

「そんな肉団子みてえな格好じゃ何も出来ねえだろ。トドメに打っとくか?」
「っ、甘いね、五条悟。魂の形は簡単に変えられるんだよ。でも今日は、いい情報を得られた。本当は呪力を流して試してみたかったんだけどね」
「よく回る口だな、真人。塞いでやっからそのまま動くなよ。術式反転……」
「っく、!」

掠れた声で唸った真人くんは、半身をもがれた状態から一羽の烏へと変化し、開け放たれた窓から去っていった。

それを、兄さんと私は、静かに、見送ったのだった。


「術式めちゃくちゃ使っちゃって…高専…クビになったんじゃないの」
「ああそれ。ウソ。」
「は!?」
「伊地知の報告で、お前が狙われてるってことを聞いたんだよ。妹が高専に居ないことがどこかしらからバレてな。それで、どこにいるのか呪霊放って捜索中らしいっつーのを、情報知ってそうな呪霊ボコってゲロさせたんだ。まさか真人まで出してきていたとは見当違いだったがな」
「っならなんで私に言ってくれなかったの?そうしたら、私の身くらい自分で、」
「バッカ。本人に気づかれたとなりゃ目的が早まるだけだ。相手は手段を選ばない呪詛師、五条の血が流れてるとなりゃ、生きてよーが死んでよーが使い道を考えていたはずだ。俺がそばで見てやれる環境を作れればいいんだが、天才の俺でもさすがに分身は出来ないからな。それに、俺が出張なんてことになったら俺の可愛い生徒が首を突っ込んでくる可能性があった。だから、体良く単独行動できる言い訳を考えた結果、高専を辞めたことにするってことだったんだよ」
「ならさっきの…真人くんは何なの、」
「真人は呪霊だ。あんなナリでもな」
「でも、真人くんは人型だった…」
「あいつは特殊なんだよ、呪霊の中でもな。きっとお前を回収するために、すぐ…いや、敵に送り込まれたんだろうよ。ここいらの生徒、教師…何人かは、真人が呪霊を取り憑かせて操作していたみたいだな。記憶も改ざんさせたんだろう、ご苦労なこった」

兄におぶられ、帰り道を歩きながら、その背に額を押し付けた。
無力だと思い知らされた気分だった。
ニート兄に激怒していた自分だが、その兄の裏には家族を守るという役目があって。
その一切合切を悟られずに、こうして有事の時にいつでも動けるようにしていたわけだ。
そして改めて、五条の家に生まれたということを、否が応でも理解することにもなった。

「ごめん…」
「なーに謝ってんだよ」
「だって私…何も出来なかったし」
「筆録呪法つかってたじゃねえか、真人相手に。おかげで術式がよく当たったのなんのってな」
「そんなの、もう少しで破られそうだったのに」
「だーかーら、それをちゃんとコントロールするために通うんだろ?高専に」

高専。
嫌々飲み込んでいたことだが、実際自分が狙われていたことを目の当たりにして、しかもターゲットになっていて。殺すとまで言われて。

「兄さん、強くなるよ、私」
「おう。しっかりプロのもとで訓練するんだ、才能が花開いちゃうかもしれないぜ」
「はは、だといいな」

くすりと笑いながら家路へとゆっくりと歩を進める。

学校の修理については、伊地知さんから高専へ修理依頼をかけたと聞いた。兄さんが術式を放った教室は半壊というかほぼ全壊だったが、何とか数日で修理は終わるらしい。改めてすごい学校だ。色んな意味で。


そんな怒涛の日を終え、翌日。

「兄さん…どうかな」
「おー、いいじゃん?」

届いた制服に袖を通し、ぱちんと胸元のボタンを止める。

今まで目を背けてきた呪力に関すること、それを受け止め、理解しなければならない時がきたのだと、制服を身に纏うと改めて実感する。
制服の胸ポケットには、術式で使う万年筆が刺さっている。これも高専から贈られたものだ。これからの相棒となるそれに、そっと、ポケットの布越しに触れた。

「おし、そろそろ行くぞー。遅刻すると学長がうるせーからな」
「はーい!……行ってきます」

ガチャリと玄関のドアを開け、教師服に身を包んだ兄と一緒に家を出た。
さて、これから兄であり教師である彼にどう扱かれるのか…いや、覚悟を決めるか。
私はそっと小さく、ため息をついたのだった。

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とある配信者様をモデルに、この小説をプレゼントとして。


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