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【短編】鍵は肌身離さず。【今日は何の日 : 0705 セコムの日】
「しまった、やらかしたぁ……」
私は、家の玄関の前で途方に暮れた。
うちの家の鍵は、数週間前からお母さんの発案でオートロックになったのだ。
理由は、もちろん私だ。
キチンとしているお兄ちゃんはそんなことはないのだが、私はよく、家の鍵をかけずに家を出てしまう。そして、家に帰ってきたときも、ほとんど鍵をかけることもしないのだ。
これまでは幸い、それで何かが盗まれたりなどはなかったし、家にいるときに知らない誰かが家に勝手に入ってくるということもなかったが、何かがあってからでは遅いと、お母さんが玄関の鍵にオートロック機能をつけたのだ。
機能はとてもシンプルで、玄関のドアを閉めると、玄関の鍵が勝手にかかるただそれだけ。
開錠は専用の鍵があれば簡単に開けられるけれど、複製などが難しい特殊な鍵になっているので、そうそう誰かが侵入することはできない……らしい。
「鍵は家の中……多分私の机の上。ドアはロック中。……お兄ちゃんの帰りは、今日は遅い日……詰んだぁ……」
私は溜息を吐き出して、ドアの前に体育座りをした。
忘れっぽい私を心配して、お兄ちゃんは鍵を首から下げれるように、ネックレス型のキーチェーンを買ってきてくれたのに、『流石に私も、家の鍵を持たないで出かけたりはしなよ!』といって、それを身につけることを断り、馬鹿にするなと怒ったのに……
「バカは私じゃん……」
お兄ちゃんに連絡すれば、多分いろいろ無理をして急いで帰ってきてくれると思う。
けど、そうやってお兄ちゃんに迷惑をかけるのも嫌だし……。
お母さんは例によって、しばらく泊まりで海外ロケ。
そして、私は、お兄ちゃんの職場が近いからという理由で選んだ、少し遠めの学校に通っているので、この近辺に最近連絡をとっている友人は殆どいないのだ。
「加えて、今日に限ってお財布にもお金がほとんどないとは……」
どうして、この世の中はお金がないとお店にも入れないんだろうか?
コンビニとかで立ち読みとかするという手もないではないが、そこでこれから数時間は、流石にお店の人に不審者だと思われるに決まってるし。
「いや、でも、お兄ちゃんに連絡するのは……」
100パーセント間違いなく、頑張ってくれてしまうだろう。それは嫌だけど……
「っは!? でも、連絡しないのはしないで、『なんで連絡せんかった?』って怒られるのでは?」
こういうピンチを、遠慮して連絡しない方が、怒るのが私の優しい最高のお兄ちゃんだ、
いや、しかし……でも、But……。
絶対迷惑をかけたくないという自分の気持ちを犠牲にするか、その気持ちを優先してあとでお兄ちゃんに説教をされるか……二つに一つのこの選択問題は、難しさの極みだった。
「ああ、もう、どうしよう……」
頭を抱えるとはまさにこのことか、と言わんばかりに、頭を両手で抱えるようにして、ブンブカ振り回す私なのだった。
『ああ、もう、どうしよう……』
俺のスマホの画面上で、妹は頭を抱えて振っていた。
「まぁ、今日までよくもまぁ奇跡的に鍵を忘れずに過ごしたもんだよな……」
玄関をオートロックに切り替えて数週間。
うっかり者の妹が、キーとじ込み事件を起こすのではと思って、身につけられるキーホルダーを与えてみたが、年齢的にも『恥ずかしい』といって受け取ってもらえなかったのが数週間前。
ここまで、よく頑張っていたが、運命には逆らえないのだろう。
とうとう、妹はやらかしたらしい。
「そして、オートロック機能と同時に、我が家の玄関に実装された『監視カメラ』の存在は、やはりきれいさっぱり忘れているのだな……」
俺がスマホで見ているのは、我が家の玄関に設置された監視カメラからの映像だ。
玄関前に数分以上人が滞在した場合、危険かも知れないからと登録された携帯電話にメールが届き、メールに添付されているURLから、監視カメラの映像にリアルタイムにアクセスできる便利機能。
メールが届く先は、俺と母だが、母からもLINEで『どうにかしといて』とトークが届いている。
映像と、届いてくる音声から察するに、俺に連絡するか否かを悩んでいるらしい。
そんなもの、悩むことなく連絡をくれればいいのに……とも思うのだが、『絶対忘れない』と豪語していたのにも関わらず、この情けない状況に陥っていれば、知られたくないという気持ちも分からないでもない。
ちなみに、この映像を見てすぐに、上司に確認を取って、もう少ししたらあがれるようにお願いしたので、問題なく帰れるのだが、その為にも、大急ぎで作業を終えなくてはいけない。
俺は、最速で仕事を終え、帰り支度を済ませて、もう一度スマホで監視カメラの映像を見てみた。
「あ、バカ……」
すると、妹は、玄関横の柱を登って、2階のベランダから家に入る作戦を取ろうとしているようだった。
が、残念ながら、本日家を出るときに、俺は妹の部屋を含めた全ての部屋の窓も施錠済みなのだ。
つまり、このまま仮に登れたとしても、妹を待っているのは、変わらぬ絶望しかないのである。
加えて、当たり前だが、危ない。
ので、どうするかを考え、一つあることを実行することにした。
「ん? 電話? なに? え? お兄ちゃん?」
私が柱に抱きつき、よじ登ろうとしていると、携帯に着信。
画面を見ると、お兄ちゃんだった。
「もしもし、お兄ちゃん? どしたの?」
とりあえず、柱を登るのを中断して、私は電話に出た。
『妹よ、今すぐ、柱をよじ登るのを辞めなさい』
「……へ?」
電話越しに飛んできた言葉の意味を理解するのに、数秒の時間が必要だった。
「な、なんのことかな? お兄ちゃん」
『いやいや、ごまかしとかいいからね。ドアの少し上を見たら、そこに答えがあるから』
言われた方向に視線を向けると、そこには見覚えのないカメラ。
「なにこれ?」
『監視カメラ。玄関の鍵と同じタイミングで、母さんが設置したやつね』
「ん? どゆこと?」
『いやだから、今のお前の映像も、さっきまでのお前の映像も、お兄ちゃん全部知ってるよって話』
「………えぇっ!?」
そして、お兄ちゃんの説明を聞いて、状況を理解した私は、恥ずかしさで、カメラの画角から外れようと、玄関の前を離れたのだった。
「待たせたな、妹よ」
「ごめんなさい……馬鹿な妹で本当にごめんなさい」
大急ぎで帰った俺が、玄関のカメラに映らない、縁側に体育座りして、すっかりしょんぼりしている妹に声をかけると、妹はうなだれながらそう答えた。
「明日から、私は、この前お兄ちゃんがくれたネックレス型のキーホルダーを常に身につけて生活することを誓います」
「お、おう……」
そうしてくれるのは嬉しいので、特に何かいじるようなことはせず、玄関の鍵を開けると、妹は家に入るなり、階段を駆け上がり、自分の机に置きっぱなしにしていたであろう鍵を、同じく自分の机に置いてあったであろう、俺の上げたキーホルダーに取り付けて、それを首からさげて力なく笑ったのだった。
「お詫びに、ビキニ姿でも見せましょうか? お兄様?」
「いや、なんでビキニなんだよ? 見せなくていいよ」
「いや、本日は、『ビキニの日』ですし?」
それを今初めて知った俺だった。
そんなわけで、『ビキニスタイルの日』というよりは、『セコムの日』になってしまった、7月5日なのであった。
ちなみに、『セコムの日』は明日も含めて7月5日、6日を「セ(7)コ(5)ム(6)」と読ませるという、無理やりすぎる語呂合わせから、セコム株式会社が、創立50周年の記念の年の2012年(平成24年)に制定した記念日だそうである。
結局、夕飯の時間まで、しょんぼり気味の妹だった。
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