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【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『なにしてんの/surface』 後編 【連作短編】


「うん? アタシが永谷と?」
「う、うん。ダメかな?」

 光一にも、ポニーちゃんにも言われたというのもあって、僕は僕なりに考えて、一世一代の勝負に出ることにした。

「別にいーけど? どこ行くの?」
「いや、実は、スイーツバイキングに行ってみたいんだけど、男友達と行くのもなんかだし、吉晴さんがよければ一緒に行ってくれないかなと思って……」
「スイーツバイキング!? いいじゃん! アタシ、スイーツ大好きだよぉ!! いつ行く? あ、アタシ今週末空いてるよ?」

 色々なやりとりを想定していた僕の予想に反して、あっさりとOKが帰ってきて肩透かしを食らう。
 でも、これってどうなのだろう。
 それなりの好感度を得ているということなのか、それとも異性として全く意識されていないということなのだろうか?
 判断が難しい状況だ。

「そしたら、今週末、駅前に出来たスイーツビュッヘに行こうよ!」
「あはは、ビュッへじゃなくて、buffet(ビュッフェ)ね」
「ああ、そうそう、それそれ! あそこ確かご飯も食べ放題だから、お昼どきがいいかな? じゃあ、11時に駅前で集合ってことで!! よーし、食べ尽くすぞぉ!!」

 そう言って、元気に駆け出していく吉晴さんの背中を、僕はなんとも言えない気持ちで見送るのだった。

「……いいのかな? 一応これって、デートになると思うんだけど……」

 嬉しい半面、やっぱり男として意識されていないのかも知れない可能性に不安になる。
 それとも、ギャル系の女子は、結構普通に男友達と二人で出かけたりするものなのだろうか?
 当然の如く断られるものだとばかり思っていたので、戸惑うばかりの僕だった。



「週末はスイーツ食べ放題っと!」

 なんだか足取りが軽くなっている気がする。
 どうしてこんなに気分がいいのか分からないけど、多分前から行ってみたいと思っていたスイーツブッへ? あれ? ビュッへだっけ? まぁいいかどっちでも、とにかく、スイーツ食べ放題のお店に行けるのか嬉しいのだろう。

「しかも、あっちから誘ってきたってことは、おごりかもだし? だとしたら、ラッキー!」

 それに、私といるとシンドそうな顔してることが多かった永谷が誘ってくれたってことは、私のことが嫌いとかそういう訳じゃないってことだ。
 嫌われてたら……そう思って不安になっていたけれど、そうじゃないと分かって嬉しいというのもあるのだと思う。

「ん? でも、日頃からお世話になってるし、逆にアタシがおごったほうがいいのか? んー……一応おかーさんにお小遣い前借りできないか聞いてみるかな」

 それにしても、アイツが甘いもの好きだとは知らなかった。
 あ、でも、前に教室でご飯食べてるの見かけたとき、なんかおっきい甘いパン食べてたし、言われてみればというやつだ。

 教室に入る直前、廊下の向こうに次の科目の担当のセンセの顔を見て、ふとゆーうつな気分になる。
 数学の次に苦手なのが、理科だ。
 特に化学はねつかがくほーてーしきとかいうのがイミフだ。
 でも、できないとこっちを馬鹿にしてくるので、『わからない』というのが悔しいのだ。
 馬鹿にされるのももちろん嫌だけど、それ以上に、頑張るって決めたのに、あのセンセを見て、次の授業をサボりたいと思ってしまった自分が、なによりも嫌だった。
 永谷には「しょーじんする」と言ったが、私は毎日、こうして勉強を頑張ることから逃げようと考えてしまうのだ。

「はぁー……こんなんだから、アタシはべんきょーができないままなのに……」

 気が付けば、あれこれ理由をつけて、宿題やべんきょーをサボろうとする自分に呆れる。
 マジで、意志が弱いっていうか、情けない。
 こうしたいって自分で決めたはずなのに、すぐにそれから逃げ出そうとして、私は何がしたいのか。

「……てか、今更頑張って、アタシ本当にべんきょーできるよーになるのかな?」

 最近、少しだけ、将来やりたいこと? っていうのが見えてきた気がするのに……。
 そのためには、このままではダメだってわかっているのに、これまでのように、いろいろなことに怠けようとしてしまう自分が、最近本当に情けないと思う。
 でも、この前その辺りの胸の内をあかりたちに愚痴ったら、

『なら、辞めればいいじゃん、ベンキョーとか? 面倒でしょ?』

 と言われた。全くそのとーりだと思うけど、そうじゃなのだ。
 辞めたいわけじゃないのだ。頑張りたいのだ。
だから、誰かに愚痴って、少し楽になりたかったんだと思う。

そういえば、前に同じようなことを永谷に愚痴ったことがあったっけ。

そのとき、永谷はなんて言ったっけな?
たしか……

「いいんじゃないかな? 面倒だったりするのは当たり前だよ。『勉強』ってて、『勉めることを強いる』って書くんだ。要するに、頑張りを強要するってこと。そもそも、勉強って誰もやりたいと思ってないんだよ。だから、吉晴さんが『やりたくない』って思うのも普通のことなんだ」
「永谷もそうなん?」
「うん」
「即答かよ」
「そりゃね。勉強なんてやりたくないよ。まぁ、必要な知識だと思うし、それで評価される立場にいるから、仕方なしに割り切ってやってるけどさ……将来、やりたいことをやって暮らすためにも、やんないと……みたいな感じかな」
「あー、分かる! 私も、やりたいことやって暮らしたいー!」
「あはは、でも結局、『やりたいこと』じゃなくて、『やれること』しかできないんだけどね……だから、それを増やすためにも……かな?」
「??? やりたいこと? やれること? なんか違うん?」
「……あはは、そっか、たいして変わらないかもね!」

 とか、なんかそんな話をした気がする。

 やっぱり、永谷はすごいと思う。
 みんなを気遣って、やりたくないことも結構率先してやってるし、私みたいなバカの相手も面倒くさがらずにやってくれるし……。
 私は、永谷みたいになりたい。
 最近、そう思うようになったのだ。
 私は永谷はがっこのセンセとか向いてると思う。
 だから、将来、私も永谷といっしょに、私みたいな馬鹿な生徒も見捨てない、そんなセンセになりたい……と、馬鹿な私には到底無理な夢を持ち始めているのだ。
 恥ずかしいから、絶対誰にも言えないけど。

「でも、永谷なら、応援してくれる気がする……」

 確証はないけれど。

「ああ、もう!! ゆーうつになるから、考えんのやめよ。週末の楽しみだけを考えて、午後のじゅぎょーを乗り切ろう!!」

 それだと、べんきょーが全く見に入らないことを、このときの私は全く考えていなかったのだが……。

 結局、その日の放課後も、永谷の部活が始まるまでの時間、私は化学を永谷に教わったのだった。



 あっという間に、週末を迎えた。
 昨日は、緊張して全く眠れなかった。
 その変わり、これから行く店のメニューやレビューは片っ端から確認できたので、もはやこの店の博士のような僕だった。

 駅前、待ち合わせの時間まではあと一時間。

「はぁ……早く来すぎた……」

 服装はこれで大丈夫だろうか?
 あまり気合が入りすぎても、ガチ過ぎて引かれるかもというのは、妹の言だ。
 気合が入りすぎない程度で、しかしだらしなくない格好。
 前日の夜に、妹にさんざん相談して決めた服装を駅前の店のショーウインドウのガラスに写し見る。

 悶々として、堂々巡りの思考に陥るくらいなら、思い切って動き出してみよう。
 そう思えたのは、光一とポニーちゃんの言葉と、『変わりたい』と立ち上がって、周囲の視線を跳ね除けながら頑張る吉晴さんの姿に勇気づけられたからだ。

 暇つぶしに、スマホのアプリを立ち上げてゲームを起動しようとしたときだった。

「あ、永谷早いじゃん! さては永谷もスイーツが楽しみで待ちきれなかったん? なんだよ、永谷、ガキかよ、ウケる!!」
「永谷『も』ってことは、吉晴さん『も』ってことだよね?」
「うぅ……痛いとこつくなし! いいじゃん! スイーツ大好きなんだもん!! ここのケーキ超美味しいってひょーばんだし!! 楽しみにしてもしょーがなくね?」
「あはは、僕も同じだよ。楽しみすぎて、昨日の夜はほとんど寝れなかったくらい」
「うぇっ!? そこまでか!? 私より、ずっと楽しみにしてたんじゃん!! ってそっか、男だけで来るのが無理だったんだっけ? そりゃそうか。……そんなに楽しみだったんなら、男だけでもくればよかったのに? けっこういるよ? 男の集団」
「そうなの? なんかスイーツビュッフェって、女子の聖地みたいな印象があったけど」
「ないない、けっこうおばさんとか、おじさんとか、家族連れもいるし、大学生とかの男子の集団とかもふつーにいるよ」

 実際、僕が楽しみだったのは吉晴さんとのデートだったのだが……そんなこと言える訳もない。
ケーキに期待を寄せて、可愛らしく笑う吉晴さんの横顔が眩しい。顔が赤くなってないか、先程のガラスで確認する。よし、多分大丈夫。

「んじゃ、ちょっと早いけど入ろうか?」
「そうしますか?」

 もう待ちきれない、という顔をしている吉晴さんをこれ以上我慢させるのも気の毒だし、僕はそう言っ彼女の意見に乗っかった。

「いざ、決戦の地へ!!」
「応!!」

 こうして、僕と吉晴さんの初めてのデートの幕は、切って落とされたのだった。



「『という感じで、まさかの内にデートの日をとうとう明日に迎えたんです。ポニーちゃん、どうかうまくいくように祈っていてください!!』 って、祈りますよ!! 頑張って!! っていうか、このメールが来たのが昨日だから、今頃はもう、デートも終わってお家に帰ってきて、この放送を聞いてくれてるのかな? どうでした? うまくいきました? その辺りも是非、今度また『ご注文』に載せて教えてくださいね!!」

 超絶気になる、キュンキュンする案件が『しいな』さんの『ご注文』から届けられた私は、少しだけテンションが上がってしまった。
 リスナーの恋路がこんなにドキドキするとは……パーソナリティーを始めてかなり経つが、こんな経験が初めてだったので、なんだか不思議な感覚だ。

「さて、今日はそんな『しいな』さんご自身からのリクエストです! 『この前聞いて、大好きになりましたので、もう一度お願いします』だそうです。いや、いいですよねsurface。ダイレクトな詩が、こうガツンと来ますよね? それでは、今日もそろそろお時間なので、最後に、今日もこのナンバーをお送りして終わりたいと思います。今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。お送りするラストナンバーは、surfaceのアルバムPhaseから、『なにしてんの-Sweet Horn Mix-』です。どうぞ!!」

 再び流れるメロディー。
 はてさて、二人はどうなったのか。
 それは、彼らからのメールが来ないとわからない。
 できれば知りたいけれど、それが来るか来ないかは、私にはわからない。
 でも、きっと、うまくいっていると信じて、私は最後に、いつもの言葉で番組を締めくくるのだった。

「それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、バイバイ、バイバイ、バイバイ!!」

[EDテーマ曲:『なにしてんの-Sweet Horn Mix-/surface』 是非聞いてください!]

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