【短編】華麗なる記念日【今日は何の日 : 0629 星の王子さまの日】
「お兄ちゃん、今日はカレーが食べたい」
関東の梅雨明けが宣言されたという日に、涼しげな食べ物でもなく『カレー』をチョイスする辺り、我が妹は流石である。
「そのこころは?」
基本、脈絡のない彼女なので、理由などないだろうとは思うのだが、一応確認のつもりで聞いてみた。
「さっき、『今日が何の日』か調べたら、『星の王子さまの日』って書いてあって……」
すると、かなりトリッキーな返答が来た。
どうやら、妹は『星の王子さまの日』からの連想ゲームで、何故か『カレー』にたどり着いたらしい。
俺は、脳みそをフル回転させて、どうしてそこに至ったのかを必死に考え答えを導き出した。
「『星の王子さま』から、昔よく食べてたレトルトカレーの『カレーの王子さま』を思い出して、なんとなくカレーが食べたくなった……ってところか?」
「おお!? 正解!! お兄ちゃん、流石だね!!」
「あはは、まぁな……」
相変わらず、突拍子もない妹様の考えに、半ば呆れつつ、それ以上に、その思考を読むことができた自分に呆れる俺だった。
「それで? やっぱりレトルトカレーが食べたいって、そういう話か? 最近見ないけど、まだあるのかな、『カレーの王子さま』って……」
何気なしに、スマホで調べてみると、『カレーの王子さま』シリーズは、未だに健在のようだった。
それどころか、ハヤシライス、シチュー、スープなど、アレルゲン対策もバッチリの、お子様に優しい食品であり続けてくれているようだった。
昔、本当によくお世話になったので、なんだか以前と変わらない活躍が、嬉しく感じてしまう。
離乳食終りの、1歳から食べれるのか……すごいな王子さま。
「ううん。べつに、『カレーの王子さま』はいいや。ちゃんとした、辛いカレーが食べたい。っていうか、お兄ちゃんの作る、最強のおうちカレーが食べたい」
「最強ってなんだそれ?」
「私にとって、どこで食べるカレーより、おうちでお兄ちゃんがつくるカレーが一番美味しい、最強のカレーだから!!」
嬉しいことを言ってくれる妹だった。
しかし、問題が一つ。
「週末に買い物に行く予定だったから、冷蔵庫にほとんど食材がない……買ってこなけりゃだが、今日は仕事終わりが遅いんだよな……そして、もう出勤時間までも間もないと来たもんだ」
「えぇー!! カレー、食べたい!!」
「うーむ……」
「何とかしてよ、ドラ○もん!!」
「○ラえもんじゃありません!!」
食材なしで調理はできない。
どうしたものか、と考えていたが、ふと、うちの本棚に全巻揃っている、アゴが特徴の料理上手パパのことを思い出した。
「まぁ、何とかしましょう」
「流石、お兄ちゃん!!」
とことん妹に甘い、俺だったが、作るカレーは辛口だ。
……全然うまいこと言えてないが、作るカレーはうまいのだった。
――ごめんなさい。
俺が漫画を思い出して思いついた作戦は、職場の給湯室で、昼休みにカレーを下ごしらえしてしまうという離れ業だった。
「え!? こんなところで何作ってるんですか?」
「ん? カレー」
「……カレーっ!?」
お茶をいれに来た同僚の女性社員の度肝を抜いたのは言うまでもないだろう。
出勤の途中でスーパーに寄り、食材を用意して、昼休みの時間を使って、きちんと上司に許可を取った上で、給湯室を利用してカレーを作る。
俺としては特段おかしなことをしているつもりはなかったのだが、夜の休憩の際に事件が起きた。
「……それって、俺も食えるのか?」
同僚が、俺の作ったカレーを食べたがったことをきっかけにして、夜間居残りで仕事をしていた連中が列を成して押し寄せてきたのだ。
「まぁ、そうなるだろうと思って、一番大きな寸胴鍋に一杯作ったわけだが……」
もはや、本当に、アゴが特徴の料理上手パパのような有様だ。
炊飯はしていなかったのだが、そのへんは準備のいい連中だ。
最寄りのコンビニからレンジで作れる白米を買ってきて、それを持って並ぶという、意味のわからない光景が広がった。
後輩も、同僚も、上司も、……って、社長もいる。
さながら、給湯室前の休憩室が、食堂のような状況だった。
「そうだ。たまには面白いかもな……」
ふと思いついて、スマホを通じて妹に連絡をしてみる。
『なに? どしたの、お兄ちゃん?』
「大変だ、妹よ。一大事だから、俺の職場まで、急いで来てくれ!」
『え? 大丈夫!? わかったすぐに行くね!』
なんの説明もないままなのに、二つ返事でそう言ってくれる妹は、やはり最高の妹だと思う。
実際は何も大変なことなど起きていないのだが、せっかくだから、妹にも、このワイワイした状況の中でカレーを食べて貰おうと思ったのだった。
数分後、肩で息をする妹が、呆れた顔で俺を見て、
「なに? どゆこと? なにが大変なの?」
と聞いてきたので、カレーを大盛りにした皿と牛乳、それにサラダなどを盛り付けた小鉢を添えて差し出して、
「おあがりよ!」
と言ったら、文句も言わずに受け取って、近くのテーブルで嬉しそうに食べてくれるのだった。
「やっぱり、お兄ちゃんのカレーは最高だね!! お店出せるね!!」
嬉しそうにそう叫ぶ妹の声を聞いて、周囲の同僚たちが、何故か全員、千円札を持って俺のところに殺到したのだった。
「なぁ、妹よ? なんで、こんなことになったんだったか?」
「さぁ? ひらなひ……」
二杯目のおかわりを頬張りながら、そう言って幸せそうに笑う妹の顔を見て、一応この状況の発端を思い出した俺は、アントワーヌ・ド・サンテグジュペリに向かって、『誕生日おめでとう』と心の中でつぶやくのだった。
翌月から、月末の29日が、会社内で勝手に『カレーの日』と決まり、毎月の副収入が手に入るようになったのだが、まぁ、楽しいし、妹も嬉しそうなので、良しとする俺だった。
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