【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『ボクノート/スキマスイッチ』 【連作短編】
「皆さん!! おはようございます、こんにちは、こんばんは!! 今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』のお時間がやってまいりました。パーソナリティのポニーちゃんこと、馬堀万里子です。よろしくお願いします!!」
決まった文句での挨拶って、基本学生のときだけだと思っていたので、こうして決まり文句を口にするようになるなんて思っていなかった。
というか、そもそも、ラジオのパーソナリティをやるなんて予測は全く立っていなかった。
人生、本当に何があるか分からない。
「雨が降ったり、暑すぎたり、ジェットコースターのような天気が続く今日この頃ですが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか? 私は昨日、夜、なんか爆発音が聞こえるなぁと思っていたら、どこかの花火大会だったんですね。平日だって感覚しかなかったので、ちょっとびっくりしました」
そう言えば、花火大会なんて、もうここ何年も足を運んでいない。
基本的には、年中無休で働いているので、行っている暇がないというのが正直なところだ。
もちろん、行きたいという気持ちはある。
でも、人でごった返す場所に、わざわざ行きたいか? と聞かれると、答えに詰まってしまうので、その行きたい気持ちも半々なのだろうと思う。
「では、今日の最初の『ご注文』は――」
今日も『ご注文』を紹介しているうちに、終わりの時間が迫ってくる。
前回のように、ディレクターからの突然の変更指示も来ないので、今日はそのまま、用意していた最後の『ご注文』を読むことにする。
「さて、今日もあっという間ですが、最後の『ご注文』です。ラジオネーム『プリン大好きっ子』さんから。『ポニーちゃん、おはようございます、こんにちは、こんばんは』」
「『プリン大好きっ子』さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは」
「『いつも楽しく聞かせていただいています』」
「ありがとうございます!!」
「『私は先日、一大決心のもと、積年の想いを書にしたためてみました――』」
私は、何をやっても続かない人間だ。
日記に憧れて、ほぼ日手帳を買ってみたものの、たったの五日で飽きてしまったし。
小学校、中学校、高校と、クラブ活動、部活動は、全部途中で辞めている。
家の本棚には、読みかけの長編小説が山のようにあるし、本棚の漫画は、全部最終巻まで集まっていない。
何もかもが中途半端。
それが、私だ。
だから、こんなに長く、こうして何かを向き合い続けた経験は初めてだった。
それだけ本気だということなのだろうが、自分自身が驚きを隠せない。
私が珍しく向き合ったもの、それはある特定の異性だった。
つまり、恋というやつだ。
大学生になって、人生最初の恋。初恋を経験した。
周囲からすれば、かなり遅い経験だろう。
でも、それがかれこれ二年も続けば、初々しさとかそういうものとは無縁になっていた。
勿論、成就なんてしていない。
話しかけるのだ最高の努力だった私は、絶賛片思い中だった。
そんな私が、一大決心をしたのには、理由がある。
それは、私の想い人が、この9月に晴れて不足単位の修得が終わり、卒業してしまうからだ。
普通、卒業式は春だが、春の卒業に単位取得が間に合わなかったその先輩は、五年次の前期だけ大学に通って、不足単位を納める為に、大学に通っていたのだ。
なので、この機会を逃したら、最早想いを伝えることはできない。
そう考えてのい違い決心だった。
でも、直接会って、言葉を伝えるなんて出来るわけがない。
最近はLINEで告白というのもざらなのだそうだが、そんなのも出来そうにない。
なので、古いと思われるだろうが、私は『恋文』をしたためることにしたのだ。
わざわざ可愛い便せんを用意して、真夜中、机に向かったは良いが、何も書けないこと3時間。
色々書いてみたが、恥ずかしすぎる文章で全部消した2時間。
その後も、色々あって頑張ったものの、出来上がったものは、『恋文』ではなく『紙屑』と言った方が正しいしろものだった。
伝えたい思いは勿論あるのに、それが上手くつづれない。
三年間募り続けた感情は既にパンパンに膨れ上がっていて、心から外に出れなくなっているようだった。
困った。
でも、これを諦めてしまったら、絶対に後悔する確信はある。
でも、どうしても上手く書けないのだ。
自分のふがいなさに、涙が出そうになっていた。
そんなとき、その先輩の言葉を思い出した。
「綺麗じゃなくていい、格好悪くていい。思うことを、筆にのせて、少しづつ形にしていけば、いつの間にか完成してるもんなんだよ。だから、出来栄えなんて気にすんな。書け!」
私が、レポートで悩んでいるときの言葉。
思えば、この言葉がきっかけだったように思う。
そうだ、良いんだ。
ぶかっこうで。
そもそも、私ごときが格好付けてどうするのだ。
そう思ったら、肩の力が抜けた気がした。
ため息のような深呼吸。
真夜中だった筈が、今や真昼間だ。
大学生のように暇人でなければ、確実に何かしなければならないことに追われている時間。
でも、私は、そんな時間に、ゆっくり時間をかけてこんなことができる。
ちょっと、特別な立場になった気分だ。
というか、ある意味本当に特別な立場にあるのだな。
学生というものの中でも、とりわけ自由度の高いこの大学生という状況は、そういうものなのだろう。
耳を澄ますと、遠くから蝉の声。
どうやら今日も暑い日になっているらしい。
でも、エアコンの効いた部屋は、そんな外界とは別世界だった。
私の中から溢れる想いを、少しづつ形にしていく。
一行、また一行と積み重なっていくそれは、まるで、歌の歌詞のようだ。
綺麗じゃなくていい、格好悪くていもいい。
等身大の、私を、私はこの紙の上に表現するのだ。
そして、まるで歌を歌うようにつづった言葉達が、綺麗に整列した紙が出来上がった。
最初に却下した『紙屑』と何が違うかと言われれば、何も違わないのかも知れない。
でも、真っ直ぐな私の気持ちたちがそこにはあった。
綺麗じゃない、格好悪い、でも、ありのままの私が、その紙の上にいた。
届くかな?
届いたらいいな。
ずっと探していた、言葉を、私は目の前に見つけたのだった。
「『こうして書きあがった『恋文』を渡すかどうかが、今度の私の悩みの種です。ポニーちゃん、どうか情けない私の背中を押して、手紙を先輩に渡すように言ってあげて下さい』」
「これは責任重大ですね。でも、答えは決まっているんですから、あとはきっかけ。そういう意味では、私はちょっと背中を押すだけで良いのかって思います」
下手に言葉を重ねなくても、もう『プリン大好きっ子』さんの覚悟は決まっている。
踏ん切りがつかないだけなのだから、私も多くの言葉を重ねるのは辞める。
「なので最後に一曲。『プリン大好きっ子』さんに、私からのメッセージとして、このナンバーをお送りします」
私の好きな歌。
そして、表現する悩みを歌った歌。
きっと、今の彼女にぴったりの歌だ。
「それでは、今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。お送りするラストナンバーは、アニメ映画「ドラえもん」の主題歌にもなっていた、スキマスイッチの名曲で『ボクノート』です。どうぞ」
彼女の想いが、等身大の彼女が、どうか先輩に届きますように。
そんな願いを込めて。
「それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、バイバイ、バイバイ、バイバイ!!」
[EDテーマ曲:『ボクノート/スキマスイッチ』 是非聞いてください]
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