【短編】溢れ出る想いの行く先を、私は知らない。【即興小説トレーニング 改訂版】
放課後の音楽準備室。
部室もない軽音楽同好会(仮)の活動場所だ。音楽教諭のお目こぼしで使わせてもらっている。
指先に触れる弦の感触を楽しみながら、私は適当にギターをかき鳴らして遊んでいた。
なんだか、今日はいいメロディが浮かぶような、そんな予感がしていたから。
「ご機嫌だね?」
そんな私に、そいつは遠慮なく話しかけてくる。
私の頭に浮かぶメロディーがそれでかき消えてしまうのだが、そんなのお構いなしだ。
いつものことなので、気にしない。
話しかけられた程度でかき消えるメロディは、どうせ大したものじゃないのだから。
そいつの言葉を無視して、再びギターをかき鳴らす。
「ふぅん……今日は作曲モードか」
私の中に、何かの芽吹きを感じた。
小さな、小さな命の芽吹き。
それが、パンとはじけて、小さな枝を伸ばし、幹となり、さらに枝を伸ばし、大きく大きく茂っていく。
「いい、メロディだね」
これは、かなりの手応えだ。
自然と生まれてくるメロディが、どんどん膨らんで大きく枝葉を広げていく。
青々とした葉が生い茂り、小さな蕾ができるのがわかる。
口から溢れ出したのは、不思議な言葉だ。
「ーーーーーーーーーーーーーーー♪」
私の中から、湧き出てくる、私の感情とは全く別の言葉達。
でも、きっと、これも私の一部なのだ。それがどうしてか分かってしまう。
「ーーーーーーーーーーーーーーー♪」
ギターをつま弾く指に、力がこもる。
溢れ出す言葉が、つま弾くメロディーと溶け合って、調和して、一つのハーモニーを奏で出す。
「ーーーーーーーーーーーーーーー♪」
「ふむ、だったら、こんなのはどうだい?」
黙ってそれに耳を傾けていたそいつが立ち上がって、部屋にあったピアノの前に座ると、力強くその鍵盤を指で叩き出した。
私の声とギターに、まるで寄り添うように、時折挑発するように奏でられるピアノの旋律。
私も負けじと、声で、ギターで対抗する。
広がった枝に付いた蕾が、一気に花開いていくのが分かった。
目の前にそんな光景があるわけではないけれど、イメージの中で、満開の花が、その花びらを散らして、堂々と咲き誇っていた。
花弁が吹雪のように舞い狂って、万緑の大樹を彩っていく。
それは、美しい、眩しい光景だ。
溢れ出るのは、汗と涙。
流れる涙を拭うこともせずに、私はギターをかき鳴らして、溢れる言葉達を歌にした。
そいつのピアノが最後の鍵盤を叩いて、音楽準備室は静まり返る。
鳴り響いていたギターも、爪弾かれていたピアノも黙り込んで、そこに響くのは、私の吐く荒い息。
「はぁ……はぁ……ど、どう……だった……? はぁ……はぁ……」
確かめるように、そいつの顔をのぞき見て、私は恐る恐る聞いてみた。
「うーん……」
そいつは勿体つけるように、唸りながら、天井を見つめてこう言った。
「なんか、『地獄の薔薇』みたいだった」
「じごくのばら?」
確かに、舞い狂う花弁は、私の中でも真紅に染まっていた。
同じイメージを共有していたかも知れないという感覚に、感動しないわけではない。でも、そうじゃないのだ。
「『infernoRose(インフェルノローズ)』なんてどう? 君の歌った歌詞は、攻撃的で、でも、鮮やかで、まるで煉獄の炎をまとった薔薇の花のようだったから……」
そいつは、私が聞きたい感想も口にせずに、曲のタイトルのアイデアを寄越してきた。
私が聞きたいのは、感想なのに。
「そんなのいいから、感想……聞かせて……どうだったの? 今の曲?」
「そんなもの……」
決まってるじゃないかと笑いながら、そいつは自信満々に言うのだ。
「最高だよ。 君の曲は、いつだって最高にCOOLで格好よくて、そんな君の曲が、いつだって俺は大好きなんだ」
この顔だ。
この顔と、この言葉が、私にまた、曲を作らせる。
この顔を見たいから、私はまた、ギターをかき鳴らして曲を作るんだ。
「っっっ!!」
「それで、タイトル。『infernoRose(インフェルノローズ)』。俺はいいと思うんだけど?」
「そんなの、貴方に任せる。譜面におこしておいてね!」
「御意」
「それじゃあ、もう一曲! もう一曲行きましょう!」
「なんだなんだ? 今日は随分ノリノリだね? どうしたっていうのさ?」
まだまだ、心の底から曲が溢れてきそうだ。
何故だかなんて、そんなの私にも分からない。
溢れてくるのだから仕方がない。
ライブが近いからなのか、それとも今日が、そういう日なだけなのか。
そんなもの、私の知ったことではない。
こいつの言葉をすべて無視して、私は再びギターをかき鳴らして、声を張り上げた。
生まれ出たいって大騒ぎする曲達が、産声を上げる準備をして、今か今かと、私の中で誕生を待ちわびるのを感じていた。
さぁ、今日も歌おう。君のため、そして、私のために。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?