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【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『奏/スキマスイッチ』 【連作短編】


「皆さぁーん! おはようございます、こんにちは、こんばんは!! 今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』のお時間がやってまいりました。パーソナリティのポニーちゃんこと、馬堀万里子です。よろしくお願いします」

 お決まりのジングルとともに、いつもの挨拶。
 今日もまた、この時間がやってきた。必然気合が入る。

「八月もとうとう終盤戦ですね。暑すぎる酷暑を超えて、やっと涼しくなってきて、秋も近いのかな? って思えるようになりましたよね。私は昨日、スーパーに行ったら、スナック菓子のコーナーに『おさつ』系のお菓子が並んでいて、『ああ、秋なんだなぁ』って思いました。皆さんは、季節の節目をどんな風に感じるんだろう?」

 私は、甘じょっぱいおさつ系スナックが好きなので、それを見ると、とうとう秋が来たんだなぁと思うのだが、それを友人に言ったら笑われた。
 もしかして、私の季節感は間違っているのかも知れない。そう思って、リスナーの皆さんに聞いてみたが、当然ながらリアクションはない。
 
「ちなみに、私は、スーパーに鍋の素のコーナーが作られるようになったら、『ああ、冬だなぁ』と思います。って、そんなことはどうでもいいですよね」

 この私の疑問への回答は、恐らく次の放送に寄せられる『ご注文』に載って戻ってくるのだろう。

「それでは、早速、本日の一名目の『ご注文』です。ラジオネーム『あき』さんから」

 そう言って、今日も印刷されたメールの束から、一枚取り出して読み上げる。

「『ポニーちゃん、おはようございます、こんにちは、こんばんは』」
「はぁーい! 『あき』さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは」
「『暑さがその姿を引っ込めてくれたおかげで、なんだか少しだけ、出かけるときのテンションが上がるようになりましたよね』」
「ああ、確かにそうかも? 出かけよう! って思って、いざ玄関を開けたとき、ふわーっと涼しい風を感じると、『やった! 今日は頑張れるかも!』って気持ちになるよね!」
「『秋の気配を感じる、少し涼しい風が気持ちいい季節になって来ましたが、私は先日、その風が、ほんの少しだけ、物悲しく感じました』」

 なんというか、しっかりと校正された『ご注文』だと思った。
 まるで、ラジオのオープニングトークの原稿を読んでいるような……そんな感覚。
 この『ご注文』をくださった『あき』さんは、もしかしたら、同業者か、関係者なのでは? と思ってしまうくらい、絶妙な掴みだった。

「『夏休みを使って、実家に戻って来ていた妹が、昨日、通学する学校のある都内に戻るので、最寄りの駅まで見送りに行ったんです――』」

 


 父の車を借りて、私は妹を乗せ最寄駅までの道を走っていた。
 田舎ならではの田園風景。
 それを横目に見ながら、妹は少し寂しそうな顔をしている……そんな気がした。

「学校、いつからだっけ?」
「んーと……、二十七日からかな? 休み明けすぐにテストなんだよ。ほんともう、大変だよ」
「そっか……」

 私が彼女くらいの頃は、夏休みは普通に八月いっぱいあったイメージなので、こうして八月の終盤にもう学校が始まるという感覚が不思議でならないけれど、妹にとっては、もうそれが日常なのだ。
 私の頃との違いは他にも一杯あるのだろうが、時代の流れを感じてしまう。

「お姉ちゃんは、上京はしないの?」
「ん? うーん、そうだねぇ。私はこっちで仕事も見つけたし、今のところはあんまり考えてないかな?」
「……そう、なんだ……」

 今度会うのは冬休みになるのだろうか?
 彼女が夢を追って、東京の高校に進学してから、別に仲違えをしたわけではないのだが、私たち姉妹は、少しだけ疎遠になってしまっている。
 だから、こうして二人きりになっても、うまく会話が続かないことも多かった。

「あ、そうだ。電車に乗る前に、コンビニとか寄る? ウチの駅、田舎だから駅にお店とかないし……」
「ああ、うん、大丈夫。出かけにお母さんから、飲み物とか貰ったから」
「あ、そっか。なら、直接駅でいいね」
「うん……」

 今もまさにそうだった。
 信号が赤だったので、近くのコンビニに寄るかどうかを聞いたのだけれど、よく考えれば、心配性のお母さんが、あれもこれもと彼女に色々渡していたのを思い出す。
 よくよく考えれば、必要のない質問だった。要するに、話題に困っているのだ。

「じゃあ、駐車場に停めてくるから、先に切符買っておきなよ」
「うん」

 車でなければ駅までの移動はこんなんだが、だからといってそこまで遠くもない距離なので、あっという間に最寄り駅についてしまう。
 私は妹を先に下ろして、車を駐車場に停める。
 車を降りて、席の券売機前に行くと、切符を買った妹が、小走りに近寄ってきた。

「――っ!?」

 そして、耳まで真っ赤にして、無言で私の手に自分の手を重ねた。

「い、いこ、お姉ちゃん」

 私の方を見ず、その手を引いて改札に向かって歩き出す妹の姿を見て、胸が少しキュッと締め付けられた。
 いけないいけない。
 明るく見送るのだろう? と自分に改めて言い聞かせてから、妹の後に続いて私も歩いた。
 でも、どうしても上手く笑えない。不意打ちに、こんな風に手を握られてしまって、こっちのペースを崩されてしまったのだろうか。
 これから、彼女に告げるべき、別れの言葉を探しながら、私は駅員のおじいさんに一例して改札を通る。彼も、私はこの町を出ていいない人間だと知っているので、それだけで妹の見送りにホームに出て行くことが分かったのだ。切符もなく改札を通る私を、彼は注意しなかった。

「電車が来るまであと、十五分かぁ……」

 妹が、時刻表を見て呟いた。

「少し早く着きすぎちゃったね……もう少し家でゆっくりできたのに、ごめんね?」
「ううん、道混んで一本逃すと、次の電車は一時間後で困るし、ちょうどいいくらいだよ」

 やっぱり会話がぎこちない。
 でもそれは、この握られた手のせいもあると思う。
 何を思って、妹がこうして私の手を握ったのかが分からず、私は少し戸惑っていた。

 そして、ふと、思った。

 これまではずっと、私がこの子の手を握って、その手を引いて来たのに、今日はそれが逆になっていたことに気付いたのだ。
 そうか、わかっていたことだけれど、妹ももう、大人になっているのだ。
 先程の胸の痛みの理由が、分かった気がした。

「お姉ちゃんはさ……どうして、東京の大学とかに行かなかったの?」
「ん? 唐突だね……うーん……多分だけど、ちょっと怖かったんだと思う。東京なんて、ほとんど行ったことなかったし、今のアンタみたいに一人暮らしでしょ? 一人でやって行ける自身がなかったんじゃないかなぁ?」
「……そっか……」

 歯切れの悪い、妹の言葉。
 なんとなくだけれど、妹は、私の心の内を見透かしているのではないかと思った。
 私が上京を選ばなかった本当の理由。それに、妹は気付いているのかも知れない。

「もしかして、……さ、それって、わたしの――」
「違うよ。違う。そうじゃないよ。私は、一人で東京に行くのが怖かった。それ以外に理由はないよ」

 だから、妹の言葉を遮るように、私は思わず強めの口調でそう言い放った。
 隣で、息を呑む音を聞いた。
 一瞬ハの字になった眉を、深呼吸とともに元に戻して、妹は空を見上げた。

「そっか――」

 私が上京を選ばなかった理由は、この妹だった。
 あの頃はまだ彼女は小学生六年生だった。
 もとからしっかりした子で、ほとんど手はかからなかったけれど、忙しく働く両親の代わりに、ずっと私が面倒を見ていたのだ。
 私が上京してしまったら、妹の世話を見る為に、母が色々と無理をしなければならなかったし、妹にもきっと、たくさんさみしい思いをさせると思った。
 だから、私は、地元の電車一本で通える大学に進学し、地元に職場を見つけて今に至っている。
 でも、それを妹に押し付けて、責任を感じさせたくはなかったのだ。

 妹は、私よりずっと賢い子だ。
 だから、もう、さっきのやりとりで分かってしまったのだろう。
 私の心理が、私の本心が……。

「私はね……お姉ちゃんの歌が好きだったんだ」
「え?」

 不意に語りだした妹の言葉の真意が見えなくて、私はまた戸惑ってしまう。
 握られた手に、妹が少しだけ力を込めたのが伝わって来た。

「ちっちゃい頃、お姉ちゃん、良く私に歌を歌ってくれたじゃない? お姉ちゃんのあの透き通る歌声が私は大好きだった。高校のときの文化祭で、お姉ちゃんバンドを組んで歌ってたじゃん? かっこよかったなぁ……」

 眩しいものを見つめるように、空に向かってそんな風に語る妹。

「――もう、ギターは弾かないの?」
「そんなことないよ? 仕事の息抜きに、たまにいじってるし」
「――そっか……よかった……」

 ドキリとした。
 高校の頃、アニメに影響されて、ほんの少しだけ憧れて描いた青臭い夢。
 音楽でご飯を食べれるようになりたいと、思った時期が少しだけあった。

「私ね、お姉ちゃんの作った曲、好きだったんだ……」
「そうなの? えへへ……なんか恥ずかしいな」

 それすらも、妹に知られたいたのかと思って、恥ずかしくなる。
 叶うわけもないのに、必死に曲を作って、ギターをかき鳴らしていたあの頃を思い出して。

「そんなこと、ないよ。そんなことない! 全然恥ずかしくないよ!」
「え?」
「お姉ちゃん、上手かった。曲も、すっごく素敵だった。私ちっちゃかったけど、憧れだし、自慢だったんだよ? だから、もしも、そのお姉ちゃんの夢が、私のせいで――」
「違うよ、そうじゃない。だから、そんな顔しないで? ね?」

 妹の言葉を遮るようにそう言って、私は悲しそうな顔をする妹の頬にそっと手をあてた。

「私には、音楽で食べていくだけの覚悟も、才能も無かったの。だから、夢を諦めたっていうより、夢から覚めたって言った方がいいかな? とにかく、アンタのせいじゃない。本当だよ?」

 小さい頃の記憶は、美化されるものだ。
 だから、妹にとっては、身内だったというのもあって、当時の私が美化されてしまっているのだろう。
 素人に毛が生えた程度のレベルの私の歌が、妹にとってはそこらのミュージシャンに負けないように映っていたのだ。
 嬉しいけれど、恥ずかしい。でも、妹にこんな顔をさせたくて、この道を選んだわけではない。そのことは、きちんと伝えなきゃいけないと思った。
 でも、上手く言葉にできず、しばらくの間沈黙が続いた。

 不意に、ベルが鳴り響く。
 それが、電車の到着を告げる音だと、私も妹も知っていた。

 電車がくれば、そのあとすぐに電車は発信してしまう。

 近づいてくる電車を見て、妹はゆっくりを私の手を離した。

 私は、焦った。
 まだ、彼女に届けるべき言葉が、まとまっていなかったから。

 離れるその背中を、気がついたら、力いっぱい抱きしめていた。
 腕の中に収まる、寂しそうな小さな背中に、まとまらないまま言葉を紡いだ。
 それは、まるで、昔に紡いだ、歌の詩のように溢れでた。

「アンタが生まれて、お姉ちゃんになって、それまで見ていた世界が、全く別物に見えるようになったの。朝も一人で起きれるようになったし、何でも自分で頑張れるようになった。それは全部、妹のアンタがいたから。私はアンタの憧れのお姉ちゃんでありたくて、勝手に頑張れるようになってた。それは、全部、アンタのおかげで、絶対にアンタのせいじゃない」

 自分でも、何を言っているのかよくわからない。
 でも、伝えなきゃっていう気持ちがあふれて、止められなかった。

「高校の時の歌だってそう。私は、アンタに聞かせたくて、必死に歌を作ってた。アンタの目から見た私が輝いていたのは、全部アンタのおかげなの。アンタが私を輝かせてくれてたの。だから、そんな顔しないで……お願いよ」
「……お姉ちゃん」

 電車が目の前に停まった。
 ドアが空いて、妹が乗り込むのを待っている。
 私は妹の背中を押して、電車に乗るように促した。

「歌うね。歌う」
「え?」
「また、私は歌うよ。アンタの為に。今はパソコンとかスマホがあれば、簡単に歌を歌って世界中に届けられる。だから、私は、遠くの街にいるアンタに向かって、歌うから。アンタが、自分のせいで私が夢を諦めたなんて思わないように……ううん、私の大好きな妹が頑張れるように、私とアンタが、いつまでも繋がっていられるように。だから……聞いてよね? 感想、待ってるから――」

 そして、もう一度響くベル。
 発車の合図だ。
 ゆっくりとドアが閉まり、緩やかに電車が発進する。

 私は、その電車が見えなくなるまで、ずっとホームに立って、電車に向かって手を振り続けた。

「はぁ……久々にギターの練習しなきゃ」

 勢いで言ってしまった言葉だったが、不思議と胸が熱くなった。
 色々くすぶっていた自分の気持ちが、少しだけ晴れた気もした。

 どうせ、『思ったほど上手じゃないね』とか、辛辣な感想が帰ってくることだろう。
 それも予測済みだ。
 でも、折角だから、歌ってみよう。
 まずは妹に届くように。
 そして、もし、奇跡が起きて、それ以外の誰かにも私の歌が届くのなら……。
 今は、東京じゃなくたって、きっと歌は歌っていけるから。

 ありえない未来を想って、ふと思いついたフレーズを鼻歌のように歌ってみた。

 なんだか、素敵な曲が降りてきた……そんな予感を抱きながら、私は車に乗り込んで、家路をだ撮るのだった。



「『妹に触発されて、歌を歌おうとギターの練習に明け暮れる毎日です。いつか、本当に奇跡みたいなことが起きて、私の曲がポニーちゃんの番組で流れたりしたら素敵ですけど……まぁ、そんな日は来ないんだろうな』」
「そんな!? 起こしましょうよ、そんな奇跡!! そのときは、この番組で、じゃんじゃん流させてくださいね!!」

 切ない、でも、素敵なお別れのお話の『ご注文』だった。
 そろそろ私もおばちゃんなので、涙腺が脆い。
 危うく号泣しそうになるのを必死にこらえて、そうコメントする。

 その後、何枚かの『ご注文』を読み上げていと、いつものように終わりの時間がやってきた。

「それじゃあ、最後に、今日は素敵な夢の話を聞かせてくれた『あき』さんに、ぴったりのこのナンバーをお送りして、今週も終わりたいと思います。今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。お送りするラストナンバーは、スキマスイッチで、切なさ香るヒットナンバー『奏』です。どうぞ」

 しっとりとしたイントロが流れ出す。
 歌が始まる前に、私はお決まりの挨拶をして、番組を閉じる。
 どうか、『あき』さんの想いが妹さんに届きますように。
 そんな願いを込めて。

「それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、バイバイ、バイバイ、バイバイ!!」

[EDテーマ曲:『奏/スキマスイッチ』 是非聞いてください!]

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