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【短編】手入れすればまだまだ使えるもの。【今日は何の日 : 0704 ○○お直しの日】


 うちの妹は、基本的に若干粗雑なところがあるので、よく物を壊すのだ。
 スカートのファスナーなんかは、三日に一度壊しているし、携帯の充電コードもしょっちゅう買い換えている。
 俺はどちらかというと物持ちがいい方なので、兄妹で正反対なのだが、果たして世間一般的にはどちらの方が多いのだろうか。
 ……まぁ、得てして正解はどちらでもなく、丁度中間というのが定番だろうか。
 とにかく、妹はよく物を壊す。
 というのが、今日のお話だ。

「ねぇ、お兄ちゃん。プリン君が、直してほしいって言ってる」

 妹が差し出してきたのは、いつも彼女が寝るときに抱きしめている、サンリオキャラクターのぬいぐるみだった。
 こいつがプリンの化身ではなく、ゴールデンレトリバーだと妹に知らされたとき、俺はたいそう驚いたものである。

「ん? 直して欲しいって?」

 そのぬいぐるみを受け取って、確認してみると、ぬいぐるみのおしりの部分の糸がほどけていた。
 しかし、破れているようには見えない。

「ん? この糸のほつれって、もともとどうなってたんだ?」
「えっとね……こうなってた」

 俺の質問に対して、妹はスマホを操作して写真を見せてくれた。
 見れば、この人形を手に入れた日にテンションが上がって撮りまくっていた写真の一枚に、このぬいぐるみのおしりの部分が写っていた。

「ああ、この糸は、こうなってたのか……」

 俺は、すぐにソーイングセットを取り出して、その部分の復元を試みる。
 作業にして数分で終わるものだったので、恐らく妹もその気になれば直せたのだろう。
 しかし、妹が挑戦して、失敗した後に持ってこられるよりは、こうして、ダイレクトに持ってきてくてた方が、治す手間がかからないことが多いので、その辺りを妹に期待するのはもう、とうの昔に諦めていた。

「よっし、直った」
「おお! プリン君!! よかったね!! 先生、ありがとうございました!!」

 嬉しそうにそう言って、妹はそのぬいぐるみを抱えて、リビングへ駆けていった。
 今日は、学校の創立記念日で休みなのだ。
 彼女は、最近どハマりしている『嵐』のライブDVDを一時停止から復旧させて、キャーキャー言いながらテレビの前のソファでゴロゴロしている。
 今のお気に入りは、ニノらしい。
 某医療ドラマの影響だろう。全力のミーハーなので、影響をモロに受けているのだ。

 確か、来週には浴衣を着てどこかに出かけると言っていたな……。
 俺は、タンスの中から、妹の浴衣を何着か出して、丈を直したり、シミがないかなどを確認した。
 どうやら、大きな修復を必要とする部分はなさそうなので、メンテナンス程度の作業を施して、客間に干して置く。
 それから、妹の制服のメンテナンスに移るのだが、やはりというか、スカートのホックが壊れていた。
 俺はそれをソーイングセットを使って修理する。

 ちなみに俺は、今日は早番だったのだ。
 なので、夕方の時間に帰ってこれたので、溜まった諸々の作業をこなしているというわけだ。
 昨日の帰りが遅くなってしまったので、同僚たちが気を使ってくれたのもあって、キチンと定時に帰れたのはありがたかった。
 買い物を済ませて、今は衣類のメンテナンスの時間だ。
 これが終われば、風呂掃除とトイレ掃除、それに洗面台の掃除とシンクの掃除が待っている。
 今日は天気がいいので、もう少し室内に洗濯物を干して置けるのはありがたい。
 ただ、エアコンがないとこの暑さはしんどいか。
 まさか、七月のど頭からこんな夏真っ盛りの気候になるとは思わなかった。
 このままいくと、夏本番を迎えたときに、気温はどこまで上がるのかが少々怖いが、毎年そんなことを思っているような気もするので、もしかしたら、いつも通りの夏になる可能性もある。
 結局のところ、『よくわからない』というのが本音だった。

「お兄ちゃん! カフェオレ飲みたい!」
「自分で取りなさい!」
「えぇー!? 今、嵐から目が離せないの!!」
「そんな、『作業から手が離せない』的な言い方してもダメだ。ボタン一つで止められる映像を言い訳にして、俺を使いっぱしりにできると思うなよ!!」
「っちぇー」

 暑さのせいもあって、いつも以上に大着になっている妹をたしなめつつ、俺は妹の制服の故障箇所を修理して、それらをハンガーにかけ直す。
 ふむ、我が仕事ながら、よくできたと思う。

 立ち上がって、風呂に向かい、洗面所でカビキラーを手に取ると、若干軽かった。
 この前使ったから、また今度買ってこないといけないだろう。
 風呂場のカビ達に満遍なく薬液の泡を吹きかけたら、やはり、それで空になってしまった。
 空になった容器をプラゴミの袋に放り込んで、タイマーを五分にセット。
 そのままの足でトイレへ入ると、手早くトイレ掃除を済ませてしまう。
 便座を拭いて、便器を拭いて、スタンプタイプのトイレ洗浄剤を便器にスタンプするのと同時くらいに、セットしたタイマーが俺を呼ぶ声を上げた。
 こんな風に、予定通りに事が運ぶ気持ちよさは、妹には理解できないらしい。
 行き当たりバッタリの妹には、理解できなくて当然ではあるのだが、たまにもったいない気がするのも仕方がないことだろう。
 風呂場をシャワーで流して、浴槽を掃除し、風呂場全体に冷水のシャワーをかける。熱気と湿気を残すと、この時期はすぐにカビが増殖してしまうので注意が必要なのだ。

「主婦か!!」
「まぁ、それに近いものはあるよな……」

 ふらりと現れた妹の理不尽な言葉には、適当に応答しておく。

「お兄ちゃん、冷たい!」
「今日は暑いから、ちょうどいいだろ?」
「んんっ!! そういうことじゃないでしょ!!」

 俺の後をついてきながら文句を言う妹を、半ば無視して、俺はシンクの掃除に取り掛かる。
 壊れたヤカンは流石に捨てなければならないか。となると、今度新しいヤカンも買ってこなくてはなるまい。
 しばらくは電子湯沸かし器でなんとかなるが、アイツは必要以上に電力を食うので、夏に多用すると、クーラーの資料する電力量と相まって、電気代をはね上げかねないのだ。

「お兄ちゃん! 嵐が去って、私はさみしい!!」
「台風一過だな。いい天気で助かるじゃないか」
「もぉ――っ!!」

 手際よく流しを掃除しながら、壊れた調理器具も直せるものは直してしまう。
 直せないものはリストアップしておいて、後日買ってこなければ……。

「可愛い妹が寂しい思いをしているのに、お兄ちゃんはそんなんでいいの?」
「お前が可愛いのはいつものことだし、俺がこんなんなのもいつものことだろう? なら問題ないさ」

 ちょこちょこ挟まる妹の言葉に、適当に反応をしているが、そろそろ真面目に応答しないと、彼女の期限も修復不能なことになってしまうだろう。
 丁度シンクの掃除もひと段落着いたので、俺は、妹の機嫌を直すために、こう切り出した。

「んじゃ、いろいろ買い出ししなきゃならんし、今日は外で食べるか。お前の食べたいものにしてやるから、何がいいか考えておけ」
「寿司!! お寿司に決まってまぁーす!!」

 たったそれだけで、機嫌が直ってしまううちの妹は、本当にチョロい子だと思って、苦笑いがこぼれる俺だった。



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