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【短編】サラダチキンチャレンジ!!【即興小説トレーニング 妹シリーズ】

 帰り道、駅までの道を歩いていると、LINEのトークにメッセージが飛んできた。

『帰りにいつもの買って来て』

 送信者はもちろんアイツだ。
 全く人使いの荒い妹である。
 ちなみに『いつもの』と言うのは、最近あいつがはまっている、コンビニの食材だ。
 値段も手頃だし、高タンパクでローカロリー。
 ダイエットをしているという妹にとっては、実に理想的な食材なのだろう。
 ここ最近、週3ペースで妹はそれを食べている。
 大抵は俺が仕事帰りに買って帰るので、俺達の間では『いつもの』で通じてしまうのだ。

「はぁ……今日もアイツはあれをやるのか……」

 コンビニは帰り道にあるし、前述のとおり値段もお手ごろだ。買って帰ることに、別に苦はない。ないのだが……

「俺に言わせれば、最初からハサミを使えばいいのにって思うんだけどな……謎だ」

 どうにもその食材には、食べるにあたって作法があるらしく、それが実に難解なのだ。
 手順は何も難しくない。
 ないのだが、なんと言うか、それを食べる人達は、敢えて難易度を上げて、その作法自体を楽しんでいるのだろう。
 ここ最近は、妹もその遊び(遊びなどと言うと妹はえらく怒るが、俺には遊びとしか言い様がない)にすっかりはまっているらしい。
 まぁ、食材自体は美味いのだが。
 俺はLINEで『了解』と返信すると、妹からは大量のスタンプとともに返信が来た。なんでもスタ爆というらしい。

『今日こそは、サラチキチャレンジを成功させるんだから!!』

 だそうである。
 妹と、その周辺の方々が『サラダチキンチャレンジ』と呼ぶその行為。
 それは、簡単に言えば、

 ――コンビニで買ってきた『サラダチキン』という鳥ササミ肉の包装を、
   きちんと素手のみで開封し、汁をこぼさずに食べる――。

 というものである。
 包装にはきちんと、切り取る為の切り口もついているし、何がそんなにチャレンジなのか? とも思うのだが、不思議なことにそのチャレンジ、失敗する人が実に多いらしい。
 何が難しいって? それはどうやら『包装の開封』のようだ。
 かく言う、うちの妹も、かれこれ数回のチャレンジを、全てその開封段階で失敗しているようなのだ。
 ただのビニールの包装に、どうしてそんなに多くの人間が翻弄されるのかは、謎である。
 まぁ、とにかく、そんなチャレンジ企画を、ここ最近妹は、躍起になってやっているのである。
 そんな意気込む妹とLINEを続けながら、電車に乗り、最寄り駅から歩くこと数分、目的のコンビニにたどり着く。いつもの調子で売り場まで歩いていくと、そこで些細な事件が起きた。
 俺は携帯を取り出して、妹に通話した。

「なによ、お兄ちゃん。早く買ってきてよ。私は腹ペコで死にそうだよ」
「安心しろ、妹よ。その程度で人間は死なん」
「ひどっ! お腹をすかして待っている妹に、何その仕打ち! お兄ちゃんの人でなし! 鬼畜!!」

 空腹の妹を少し待たせただけでこの言いようである。全く口の悪い妹だ。
 もしかしたら、他にも悪いところがあるかも知れない、そう、例えば、頭とか?

「それより、妹よ。事件だ」
「あによ?」
「『例のブツ』が……ない」
「……な、なん……だとっ!?」

 そう、件の『サラダチキン』が、最寄りのコンビニでは売り切れていたのである。

「え? うそ? な、なんで?」
「落ち着けよ……なんでこんなことで、そこまで狼狽するんだよ?」
「嘘でしょ……そんなことって……そんなのって、ないよ……」

 俺もノリでアホな感じで電話をしてしまったが、思った以上に絶望する妹に、少々驚く。
 コンビニの入荷数なんてたかが知れているし、品切れなんて、それこそよくある話じゃないか。

「どうするよ? なんか別のもの、買ってくか?」
「はぁ? 何言ってるの、お兄ちゃん。私が『サラチキチャレンジ』するって言ってるんだから、お兄ちゃんには『サラダチキン』買ってきてもらわないとダメに決まってるじゃん?」
「……待て待て妹よ、ここになかったとなると、もう一個のコンビニはなかなかに遠いぞ? それこそ歩いて15分はかかる。お前、腹ペコで死にそうなんじゃなかったのか?」

 妹の性格から考えて、まぁ、間違いなく俺はこれからもう一件のコンビニへ、いや、ヘタをすればチェーン店のハシゴをすることになるのだろうが、一応些細な抵抗を試みてみる。

「それとこれとは話が別。お兄ちゃん、『サラチキ』を買ってきて。これ、命令」
「その命令に従う義理はないよな?」
「ふーん、そう。それじゃあ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの大事なパソコンとお別れする心の準備をしておいてね?」
「待て待て、分かった。買って帰る。だから、いい子で待ってろ、可愛い妹よ」
「……分かった、待ってる。早くね」

 そこで通話は途切れる。
 危ない危ない。冗談半分で抵抗を試みたら、買ったばかりのパソコンを失うところだった。
 なんてデンジャラスな妹なんだ、全く。
 さて、仕方がないので、コンビニ巡りをするとしよう。
 願わくば、次の店で売っているといいのだが……

「はぁ……はぁ……結局6件目。帰ってチャリでもとってくればよかったか……」

 なんて人気だ、『サラダチキン』。あれか? twitterとかでレディ・ガガか何かが『Salad-chicken is very delicious!』とか言ったのか? いや、海外に『サラダチキン』があるのかどうかは知らないが。
 突然の『サラダチキン』ブームの到来に、俺は一人で震撼していた。
 全俺が震えていた。主に寒さ的な意味で。
 トボトボと自宅に帰り着く頃には、妹と電話を切ってから、一時間程度が経っていた。
 ふと、ずっと見ていなかった携帯を見ると、妹からのトーク通知が軽く20件を超えていた。

「怖っ!」

 恐る恐るLINEを開いてみると、最初こそ『遅い』だの『お腹すいた』だの文句のメッセージだったが、途中からは『大丈夫?』とか『何かあったの?』とか、俺を心配する内容に変わっている。
 失敗した。店に着くたびに、報告でもすれば良かった。
 結果的に、妹を一人家で待たせる形になってしまった。
 あいつは、ああ見えてかなりの寂しがり屋の上、心配性なのだ。
 走るのに必死で、すっかりそれを失念していた。
 玄関の前に立ち、鍵を指そうとすると、扉の向こうの電気がつき、人影が見えたと思ったら、次の瞬間に勢い良く扉が開いた。

「お兄ちゃん、バカ、アホ、心配したんだからね!!」
「お、おう……」

 飛び出してきた妹が、そのまま俺に抱きついて、そう文句を言ってきた。
 微かに鼻をすする音が聞こえたので、もしかしたら泣いていたのかも知れない。
 悪いことをしてしまったと思い、そっと頭をなでると、力いっぱい足を踏まれた。

「痛ぇっ!!」
「遅い!! で? 買えたの?」
「あ、ああ、買ってきた。マジで大変だったんだぞ……」
「ご苦労さま!」

 そして、話半分で俺の手からコンビニの袋をひったくると、そのままリビングへ駆けていった。
 本当に変わり身の早い奴である。
 俺も靴を脱いで、歩いて行くと、リビングでは、携帯を片手に、写真を取りながら、大騒ぎしている妹がいた。

「さてと、どう料理してやろうかしら?」

 もう完全に悪役のセリフである。
 そして、包装を開けるだけのことを、世間一般では『料理』とは言わない。そんな言葉を挟もうものなら、どんな反撃があるか分からないので、言わずに置くのが長年の経験から得た俺の処世術だ。
 俺は、リビングで楽しそうにしている妹の様子を視界の隅に収めながら、ササミ肉を使った夕食メニューを考える。
 スーツのままでは料理はできないので、ジャケットを脱いで、ネクタイを外し、エプロンを付けた。

「この前は、ゆっくりやったら途中でビニールが伸びるだけになっちゃって切れなかったし、今日は勢い良くやってみよう!!」

 妹は、『サラダチキン』を片手に、ああでもないこうでもないと騒いでいる。
 本当に楽しそうに。
 たかが、食材の包装を開けるだけだというのに、もうお祭り騒ぎである。

「よーし! いくぞぉっ!!」

 そして、本日も妹の『サラダチキンチャレンジ』が始まったのだった。

「ああ! なんでぇっ!? 『サラダチ』と『キン』になっちゃった!!」

 結果は、本日も『完敗』だった。

「ぐぬぬぬぬっ!! 悔しい!! また負けた!! また勝てなかった!!」

 携帯で写真を撮りつつ、携帯をいじる妹。どうやら戦況を同志に報告しているようだ。
 まぁ、そうやってネットを通してでも友達と騒ぐことは大事だと思う。
 こいつ心配になるくらい、家にすぐ帰ってくるし、不思議なくらい俺の部屋に入り浸るから、友達がいないのでは? と密かに心配していたのだ。

「お兄ちゃん! これ開けて、美味しい晩御飯作って!!」

 そして、ひとしきり騒いだ後、そう言って俺に『サラダチキン』を預けて、リビングに戻って携帯をいじる妹様。流石である。
 まぁ、俺も、そのオチを見越して、もう『サラダチキン』を入れるだけで調理に入れるように夕食の準備を終えていたので、問題ないのだが……
 今日の夕飯は、鳥ササミと野菜のバジル炒めと、オニオンとベーコンのスープ、ポテトサラダにチキンライスだ。妹のチキンライスは卵で包んでやることにしよう。

「おにいちゃん!! おなかすいた!!」
「わかったわかった、黙って待ってろ、妹よ」
「おーなーかーすーいーたー!!」

 本当に、うるさい料理だ。いや、うるさい妹だ。
 でも、こうして騒がしい中、台所で料理する俺は、幸せなのだと思っている。

「明日は、勝つ!! 明日は絶対に成功してみせるから、お兄ちゃん見ててね!!」

 こうして、我が家の夜は、ふけていくのであった。

「そうだ、妹よ」
「なに? お兄ちゃん。お腹すいた」
「風呂沸かしておいてくれ」
「えー……めんどい。お腹すいた。」
「夕食が遅くなってもいいなら、俺がやるが?」
「……わかったよぉ……おなかすいたよ、お兄ちゃん」
「風呂やって待ってろ、すぐできるから」
「はぁーい……おなかすいたよぉ……」

 もはや口を開くと『お腹すいた』が付いて出てしまうほどの空腹らしいので、急いで料理を完成させなくてはならないだろう。

 おそらく、アイツはまた明日も、俺に『いつもの』とLINEしてくるに違いない。
 さて、明日は成功するんだろうか?

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