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【短編】ダイエットパニック【即興小説トレーニング 妹シリーズ】

「お兄ちゃん。どうしよう……」

 朝起きると、妹が下腹部を両手で押さえて、泣きそうな顔で俺にそう言ってきた。
 いつも能天気な妹の、普段見せない不安そうな表情に、俺は思わず『赤ちゃんできちゃった』とか、そういう恐ろしい妄想をしてしまったのは内緒だ。そもそも相手がいるのか?
 いや、相手は誰なんだ?
 って違うだろ俺、落ち着け、妄想を捨てろ。

「久々に体重計に乗ったら、体重が増えてた……」
「成長期なんじゃないか?」
「背も測ったけど、変わってないもん……」
「ふむ……」

 あっさり俺の馬鹿な妄想は棄却された。本当に良かった。この歳で母親になるなんて、絶対に不幸になる。いや、それは言いすぎか。でも、数々の不幸に見舞われることは容易に想像がつく。
 しっかり身長も図っている辺り、ガチのやつだ。
 と、いうわけで、乙女的には大事件と言って差し支えない事件が発生した。
 体重増加とその減量計画が、今回の妹の相談案件だ。
 それこそ、よくある話だが、さてどうしたものか。

「あれじゃないか? 胸が成長したとかじゃないか?」
「それも測った、確かにちょっと大きくなってたけど、サイズが変わるほどじゃなかったもん……」
「そうなのか……身長、胸囲を測ったってことは、主にどこで体重が増えたのかも把握してそうだな」
「うん……」

 コクンとうなづいて押さえた下腹部を見下ろす妹。
 つまりは、脂肪がそこにのったということか。

「妹よ、正月太りという言葉を知っているか?」
「なにそれ?」
「俺もよく知らないが、ざっくり言うと、冬場は寒くて運動量も減るのに、正月前後はおせちや餅に加えてご馳走やなんかも食べるから、必然的に体重が増加してしまうということを差して『正月太り』というらしいぞ」
「……お兄ちゃんのせいだ」
「は?」

 俺の話を切るように、妹が言った言葉の意味が、俺にはよくわからなかった。
 なんで俺のせいになるんだ?

「お兄ちゃんの料理が美味しいせいで、いっぱい食べちゃったから、私がこんなにふっくらしちゃったんだ……」

 敢えて『太った』と表現しないあたりに、乙女のプライドを感じる。

「このまま私は、ゆるふわ愛され運命(ディスティニー)だ……」

 そして、謎の新出単語まで飛び出した。

「今流行りの『ベイマックス女子』として、私、大人気になっちゃうんだ……」

 大人気だというのなら、それはいいことなのではないのか?
 てか、どんだけポジティブなんだ、この妹様は?

「そして、色んな男の子に抱きしめられちゃうんだ……気持ち悪い……」

 俺はお前のその想像が気持ち悪いぞ、妹よ……。

「お兄ちゃんのせいだよ! どう責任をとってくるの!?」

 とんだ言いがかりのような気もするが、妹がごはんを食べ過ぎてしまったのは、確かに俺のせいだということも、言えなくもないかも知れないということは無きにしも非ずなので、本当に微かに責任を感じたのも確かだ。
 折角『サラダチキン』等の低カロリー食材を食べようとしていた妹に、調理によって標準カロリーのメニューを提供していたのは間違いなく俺だしな……。

「分かった分かった、ダイエットに協力すればいいんだろ?」
「……大変なのはやだよ?」
「ダイエットは過酷なものだ」
「やぁだぁっ!!」

 とんだわがままなお嬢様である。
 しかし、そうだな。
 ダイエットといってもいろいろあるが、コイツの場合は食事に気をつけるのが一番いい気がする。

「そしたら、これからはダイエットメニューで行くか」
「美味しいのがいい!!」
「そこは任せろ。俺を誰だと思ってんだ?」
「お兄ちゃん」
「そうだ、お前のお抱えシェフの腕を信じろよ」

 手始めに、今日の朝食はカロリーを押さえた和食メニューにしてやろう。

「分かった、信じる」
「よろしい。そしたら、後は、学校には徒歩で行け」
「えー……遠いよぉ」
「歩いても40分くらいだろ? それこそいい運動になる」

 適度な運動と、食事制限で、ある程度体重は落とせるんだ。ダイエットメニューと徒歩通学で、恐らくかなりの減量が期待できるはずである。

「うぅ……」
「始める前からめげるなよ……大丈夫だ、俺がついてるから」
「じゃあ、学校まで一緒に歩いて」
「無茶言うな、会社に遅刻する」
「うぅ……」

 本当にこいつは……運動が嫌いではないのだと思うのだが、ただ黙々と一人で歩くのが嫌なのだろう。
 全くどうして、困った寂しがり屋さんである。

「なら、通学を徒歩にするんじゃなくて、犬の散歩を早起きして一緒に行くってのはどうだ?」
「早起きはやだ。ワンコの散歩は好きだけど……」
「お前ってやつは……」

 痩せる気があるのか? と問いたくなるが、しょうがない。
 こいつはこういうやつなんだ。

「じゃあ、目標を決めよう。……一体どれくらい増えたんだ?」
「……教えられない」
「わからないと、目標が決められんだろうか?」
「…………うぅ……2キロ」
「は?」
「だから、2キロ太ったの!!」

 ジーザス。そうだった。
 うちの妹はアホだった。

「それは太ったうちに入らんから気にするな」
「だって、体重増えたもん」
「1キロ2キロは誤差だ」
「誤差じゃないもん!!」

 便通だったり、乳酸が溜まっていたり、あるいはむくんでいたりで、人の体重は1キロ2キロ程度なら、簡単に上下するのだ。
 つまり、その程度の増減は、誤差と切り捨てて問題ないのだが……。

「お前はそのままで十分可愛い」
「ふぇっ!?」

 もうこれ以上の不毛なやりとりは疲れるので、伝家の宝刀を出す。
 すると……

「えへへ……そっか、お兄ちゃんもベイマックス女子がいいのか」

 何故だか、こいつはすぐに納得して、騒ぐのを辞めるのだ。
 こうして、今日のダイエットパニックも、『可愛い』の一言であっさり解決するのだった。

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