【短編】 鍋の屍を越えて、私はいつか辿り着く。 【即興小説トレーニング 妹シリーズ】
「うむむむむ……」
目の前の惨状に、私は言葉を失っていた。
「ど、どうしよう……」
どうしてこんなことになってしまったのか……
辺りに広がる焦げ臭い匂い。
うっすら煙が立ち込めている。
そして、コンロの上のお鍋は、真っ黒になっている。
「お兄ちゃんが帰ってくるまでに、なんとかしないと……お、怒られる……」
私のミッションは、この惨状を、お兄ちゃんが帰ってくるまでの三十分で、普段通りに現状復帰することだ。
そうしないと、キッチンが使えなくて、お兄ちゃんにこっぴどく叱られてしまう。
それはまずい。
それに、バレてはいけないことがバレてしまう。
それもまずい。
「でも、なんで黒焦げに?」
私はただ、チョコレートを溶かそうと、お鍋に入れて火にかけただけなのに……
最初はチョコレートのいい匂いがしていたのに、あっという間に焦げ臭くなって、気がついたら、お鍋が悲惨なことになっていた。
何かを間違えたのだろうと思った私は、取り敢えず、黒焦げになってしまった『一つ目』の鍋を見てあることに気付いた。
「そうか! もともと黒いから、真っ黒焦げに!!」
チョコレートが黒いのはこげているからに違いないと思ったのだ。
「そうかそうか、だからブラックチョコは少し苦いのか。焦げてるからなんだ。知らなかった」
そう考えた私は、今度は用意したホワイトチョコをお鍋に入れて、再びコンロにかけたのだ。
周囲に広がるチョコレートの甘い匂い。
いい感じだと思っていたのに、結果は、
「真っ黒焦げ!?」
ご覧の有様だ。
「何故!?」
そのあと、ストロベリーチョコや、ミルクチョコ等様々なチョコレートを試したが、結果は同じ。
すべて、お鍋に焦げ付くばかりだった。
結果目の前に積み上がった、お鍋の屍は合計十二個。
家にあったすべてのお鍋、フライパンが尊い犠牲になってしまった。
「こ、このままでは、お兄ちゃんのゲンコツが私の頭に振り下ろされてしまう」
そうなれば、私の馬鹿な頭は、もっとバカになってしまうだろう。
どうしよう……どうすれば……
時間ばかりが過ぎていく。
でも、考え方を変えれば、お兄ちゃんにゲンコツをくらうのは、久方ぶりだ。
もういっそ、それは新しいご褒美だと思って甘んじて受け入れるのもアリなのかも知れない。
いやいやいや、痛いし。嫌だし。
仕方がないので、お兄ちゃんにはこう言い訳しよう。
「で? この惨劇に対する、お前の申し分を聞こうじゃないか」
「あのね、友達がいっぱい来て、お鍋をみんなダメにしちゃったの!」
「そんなわけあるか!」
振り下ろされたお兄ちゃんのゲンコツは、100っ発分の衝撃があったような気がした。
でも、ちょっと嬉しかった。
バレンタインまでに、完成させなきゃ。
チョコレート。はうぅ……。
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