【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『Little Busters!/Rita』 【連作短編】
「皆さぁーん、おはようございます、こんにちは、こんばんはぁ!! 今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』のお時間がやってまいりました。パーソナリティのポニーちゃんこと、馬堀万里子です。よろしくお願いします!!」
ほんの少しだけ弱まった気もする暑さだけれど、やっぱり暑い。
晴れてるのに雨が降ったり、東京の方では、突然の豪雨だったり、埼玉では龍の巣みたいな雲から雷が降り注いだり。
地球は本格的に気象の混乱を起こしているのでしょうかね?
「いやぁ、東京の方達は昨日とか大丈夫だったんですかね? 豪雨で駅の階段が滝になってるとか、Twitterとかで見かけましたよ……暑いし、雨降るし、雷すごいしで超天変地異みたいな狂騒に追われる毎日ですよね、なんちゃって……」
八月も残りが指折りだというのに、この暑さは本当にどうなっているんだろうか。
昨日も知り合いが熱中症で倒れたと聞いたし、リスナーの皆さんにも是非気をつけていただきたいものだ。
さて、そんな個人的なことを考え続けるわけにもいかないので、番組を進めていこう。
まずは、
「では、今日の最初の『ご注文』は――」
そうして今日も、いくつかの『ご注文』を紹介しているうちに、こんな時間になっていた。
最後の『ご注文』はどんなものだろうか?
今日の『ご注文』は全て番組スタッフの皆さんが選んでくれているので、内容は私も知らないのだ。
はてさて、どんな内容なのだろうか。
「さて、今日最後の『ご注文』はこちらです。ラジオネーム『どるじ』さんから。『ポニーちゃん、おはようございます、こんにちは、こんばんは』」
「『どるじ』さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは」
「『毎回の放送、本当に楽しみにしています』」
「うわぁ! ありがとうございます!!」
「『僕は――』」
いつの間にか、僕はみんなに囲まれていた。
いつの間にか、僕の周りには大好きなみんながいた。
だから、君が僕にとって一番大切な存在だって、今までずっと気付かなかったんだ。
「転校するの?」
「うん」
「どこに? 遠いの?」
「うん。遠く。北海道」
彼女が唐突に、僕に転校の話を切り出したのは、彼女の引越し前日のことだった。
夏休みも終わろうというこの時期に、急に振って沸いた別れの話に、僕はただただ戸惑いを覚えるばかりだった。
「なんで、……教えてくれなかったの?」
言ってしまえば、ほとんど毎日のように、この夏休みも僕らは会っていた。
だから、引越しのこと、転校のこと、言おうと思えばいくらでも言うチャンスはあったのだと思う。
それが、言われなかったということは、それにも相応の理由がある。
そんな風に考えて、僕が投げかけた質問に、彼女は困ったようにこう答えた。
「私も、昨日の夜、初めて言われたの……」
そのまま泣き出してしまうんじゃないかと思うくらいに悲しそうな顔をして、彼女は言った。
大人や世界は理不尽だ。
それはいつも僕が感じていることだった。
でも、今回の理不尽は、あまりにもその規模が違って感じた。
「私に言ったら、絶対に『嫌だっていうから、今日まで黙ってた』って。『もう転校先の学校での手続きも済んでるから』って……私は転校なんてしたくないのに……酷いよ、お母さん」
嫌がるから黙っていた。
そんな騙し討ちが許されるのだ。大人の世界では。
子供は大人を選べない。
僕たち子供は、いつだって大人たちの決定には従うほかないのだ。
それが、本当に理不尽だった。
だって、どんなに彼女が望んでも、彼女が一人でここに残ることはできない。
つまり、どうしたって保護者である両親についていくしかないのだ。
それがわかっているから、彼女の両親も、ギリギリまで彼女に伝えるのを避けて、自分たちに都合よく、話を運ぼうとしたに違いない。
泣き出す彼女に、僕は無力だった。
僕みたいな子供に、彼女のためにできることは一つもなかった。
ただ、僕にできたのは、彼女を抱きしめて、その背中をそっと叩いて、彼女が泣き止むのを待つことくらいだった。
その日、確か、いろいろな約束を彼女としたはずなのだが、残念なことに僕はもう、その殆どを覚えていない。
翌日、彼女は目を晴らしながら、見送る僕から彼女の姿が見えなくなるまでずっと手を振りながら、両親とともに遠く、北海道の地まで行ってしまったのだった。
小5の夏の終わり。
彼女がいなくなって、胸にぽっかり開いた穴が僕に教えた、初恋の痛みだった。
あれから五年。
僕は、親の反対も押し切って、北海道の高校に進学。
その学校で寮生活をすることにした。
年に一度、年賀状で届く彼女の住所に一番近い、寮がある高校に進学したのは、他でもない、彼女に会う為だった。
そんな馬鹿な理由で、自分の将来を決めるものじゃない。
父はそう言って、さんざん僕に説いたけれど、僕にとってはなによりも重要なことだったから。
色々交わした約束のほとんどは覚えていないけれど、たった一つ、覚えていた約束。
それが、
『絶対に俺が会いにいくから』というものだった。
高校に進学してから、バイトをしまくって……というルートも考えたけれど、北海道に行って、すぐに彼女に会えるとも限らない。それだったら、三年間、衣食住もしっかりと保証される、この寮生活を送りながら、彼女の家と彼女を捜す。我ながら完璧な計画だと思う。
お気づきだと思うが、僕はそれほど頭がいい方ではない。
だから、きっと、この話を聞いて、呆れ返っている人もいると思う。
でも、思ったことをやりきらなかったらきっと公開するから。
僕はたとえ馬鹿にされても、ここ、北海道という広大な地で、彼女を探すと決めていたのだ。
初めての寮生活。
それ以前に、高校生活が始まって、僕はまず、その生活に慣れるのが大変だった。
寮の食堂では、毎朝おいしい朝ごはんが用意されているので、食事には困らなかったが、洗濯や掃除は、自分でやらなければいけなかった。
自分でそういったことをやるようになって、僕は母の偉大さに受づいたりしたくらいだ。
主婦業とでも言えばいいのだろうか?
いや、この程度で主婦業を名乗ろうものなら、本物の主婦の皆さんに怒られてしまうだろう。
それでも、必死に寮の生活に馴染んで、やっと迎えた入学式。
そこで、信じられないことが起きた。
「え!? 晶? 晶じゃない!! 晶だよね? ね?」
入学式が行われる講堂につづく桜の並木道で、僕は聞き覚えのある声に呼び止められた。
振り返るとそこには、幼かった頃とは大きく異なった姿をした彼女がそこに立っていた。
「……水音(みと)? 大きくなったな!?」
本当に、大きくなった。色々と……。
「言わないで、そこは一応気にしてるの。って言っても、この肉の塊の話じゃなくて、身長の話ね」
確かに、水音はかなり大きくなっていた。
昔は僕のほうが少しだけ大きかったのに、しばらく合わない内に、彼女の身長は飛躍的に伸びていた。
バレーボール部やバスケットボール部に、即勧誘されそうな……そんな具合だ。
しかし、どちらのスポーツをするにも、胸に下げた肉の塊が大きくそれを邪魔しそうではあるが。
「晶、今変なこと考えてたでしょ?」
「ん? その胸だと、運動とかしにくそうだなぁって思ってた」
「正直!? って昔から晶はそうだったっけ」
どうにも不名誉な記憶のされ方をしているようではあるものの、どうやら彼女は、僕の知っている彼女らし。それがせめてもの救いだった。と言っておこう。
さて、
「でも、どうしたの? まさか家出とか? って、晶もこの学校に進学したんだから違うか」
しかし、水音はよく喋る。記憶の中の彼女は、こんなに饒舌ではなかった。
五年という長い月日が彼女を変えたのか、それとも、久方ぶりの親友との再会に、幸運冷めやらぬという状態なのか。
こちらとしては、ぜひ後者であってほしいところではあるが。
そんなわけで、学生生活を賭して、探すつもりだった彼女とは、何の因果か、同じ格好に通うことになったのだった。
そんな数奇な偶然から、もうかれこれ数ヶ月。
ときは図らずも別れてしまったあの夏と同じくらいの時期。
八月は終わろうというのに、セミはミンミン泣いているし、少しだけ汗ばむ程度には暑い、そんな夏。
東京の方では、連日猛暑が続いているとニュースで見た。
そういう意味では、こうして避暑できたのはラッキーだったかも知れない。
久しぶりに再会した親友と過ごした数ヶ月。
されど、親友は、この地で五年も過ごしていたのだ。
当然のごとく、この地で友ができ、この地に根を下ろして生活している。
つまり、端的に言えば、僕の入り込む隙など微塵もなかった。
ので、僕はこの数ヶ月間ほとんど、親友と共に過ごしてはいなかった。
東京の(方)からの新学生なんて、僕しかいなかったので、それなりに注目を集めたが、その物珍しさも、数ヶ月すればこの通り。
こちらの方言にも馴染めず、一人標準語を話す僕は、すっかり浮いてしまっていたのだった。
でも、それでも良かった。
だって、僕は安心したのだ。
彼女が、元気に楽しく笑って、この地で生活していることを目の当たりにできたのだから。
確かに、かなりさみしいけれど、それはそれだ。
これから少しづつ、僕も友達を作って、少しづつここでの生活に根を下ろしていけばいい。
そう、思っている。
「『ポニーちゃん。そうは言っても、さみしいのが現状です。どうか僕を励ましてください!』」
「あはは、やっぱり淋しいんだ。そりゃそうだよね。うんうん、分かるよ。でも、きっと、大丈夫じゃないかな? きっとその子も、『どるじ』さんのことは気になっていると思うよ。高校生活って、忙しいから、慣れるまでは色々バタバタだし、突然のことだったから、彼女もどうしていいのかわからないんじゃないかな? だから、きっと、これからだよ。うん、これからだと思う」
なんだか、これからいろいろドラマがありそうなリスナーさんがまた増えてしまったな。
「そんな『どるじ』さんに、このナンバーをお送りします」
私の好きな歌。
『どるじ』さんにぴったりのナンバーだと思う。
「それでは、今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。お送りするラストナンバーは、同名のゲームLittle Busters!の主題歌、Ritaで『Little Busters!』です。どうぞ!」
これから二人が、昔のように笑い会えるように。
そんな願いを込めて。
「それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、バイバイ、バイバイ、バイバイ!!」
[EDテーマ曲:『Little Busters!/Rita』 是非聞いてください]
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