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応募書類

勤めていた会社が他国の企業に買収されて事務所ごとなくなり、失業者になった。それで求職活動をはじめた僕に、ドイツ人の恋人は「ドイツ語の間違いのないものを出すように」という常識を伝えてくる。そして応募書類をひとつひとつ懇切丁寧に添削してくれる。彼は管理職に就いていて、言葉の間違いが多いものを送ってきた外国人を書類選考で落とすことも度々らしい。

外国人が完璧なドイツ語の書類で就職活動をするためには、職を得るまで続く作文に毎日付き合ってくれる母語話者の恋人、家族、親友という人的資本が必要だ。そもそもある程度まで上達するために、それらはほとんど欠かせないとよく言われているし、実際そうなのだろう。でも僕は、恋愛をしない人も親友のいない人も(そんな縁があるか、自分がそれを得られる性格・体質か、だいたい運だ)少なくとも仕事の上ではなるべく不利にならないようになってほしいとドイツ社会に対して思っている。ちょっとくらい誤りや不自然さのある文章を送っても許してくれたらいいのに。真摯な気持ちで綴られているのか、本当にやる気がないのか、読んでもわからないのなら、読む気が欠けてるってことじゃないか?

…… と彼に伝えるまでが目下僕にできることで、こんなことを思っていても、だからといって差し伸べられた恋人の手を使わずに送る決断は、悲しいかな、取れない。外国人の応募書類を読む彼の頭にこれからこの話が浮かぶことに、希望は託しておく。

日常と折り合ふきみはだからこそ神の鼓動を聴ける気がする 西田政史


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