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二ツ目になった

披露目の40日というのはなんだかんだ毎日寄席に行っていることには変わりなくて、前座修行のアディショナルタイムという感じで二ツ目になった実感はなかった。
どういう時に「二ツ目になった」と思うのだろうか?

あるボクシング漫画では、勝ってチャンピオンになった時はなんの実感も湧かなかったが、翌朝枕元に置いてあるベルトを見て主人公がグッと感極まっていた。

枕元に帯源の帯を置く感じか?

熊本

披露目が終わった翌日の12月11日。
熊本での白酒独演会に同行することになった。
本来なら前座を連れて行く、あるいは一人で行くところをわざわざ私に声を掛けるのだから『ご祝儀仕事』というやつだ。

自分の鞄が重くてパンパン。
タクシーの運転手さんが鞄を受け取ってくれた時「フン」と力を入れた気がする。
それに比べて師匠の鞄は軽そうで、中に余裕がある。
会場に着くと黒酒用の楽屋があって、弁当があって、ケータリングが置いてある。
出番まで時間があったので一人で熊本城を見に行った。
前座がいないので高座返しと師匠の着物と羽織をたたむのだけやった。
仲入り後に落語をやって、今日の仕事は終わり。

桃太郎

この日は二年ぶり四回目(?)の【桃太郎】をやった。
ご陽気なお客さんで、『滑ったからもうやらない』と決めていた【桃太郎】だけどもう一度やってもいいかなと思った。
子供だとか怒っている人(おとっつぁん)なんかは言葉が詰まっても誤魔化しやすいしあまり稽古しなくてもできる。

二ツ目になったという実感

鞄が前座の頃より重い。
羽織、ちゃんとした雪駄、自分の出囃子CD、こうったものが加わるだけで随分変わる。
容量も前座の時は最適だったが、これは二ツ目用に鞄を新調しないといけない。

しかし白酒の鞄はこんなに重かったかな?
入っている物にあまり違いはないはずだが──わからない。
空港で師匠の鞄を持とうとしたが断られた。

「いや、いい」

もう二ツ目になったんだからやらなくていい、ということか。

会場に着くと黒酒用の楽屋がある。

いつもは『前座楽屋』だったり、師匠やスタッフさんと同じ楽屋だったり、楽屋自体がなかったりする。
黒酒用の弁当。熊本だから馬刺し。
黒酒用のケータリング。一人で全部食べていい。

白酒の付き添いで来たヤツではなく一出演者として扱われた。

時間があったので熊本城を見に行った。
前座の頃は師匠の用があるかもしれないので楽屋を離れることなんてできなかったが、二ツ目は違う。

近くで見るのはお金がかかるらしいのでやめた

前座がいないので、前座の仕事を全部代わりにやろうと思っていたが白酒は着付けには付かせてくれなかった。

「いや、いい」

もう二ツ目になったんだからやらなくていい、ということだろう。
高座返しはしょうがない。
着物と羽織はたたんだが他は全部師匠がご自身でやった。

仲入り後に落語をやった。
前座の頃は開口一番しかやってこなかったが、初めて白酒の後に高座に上がった。
二ツ目になると後ろも任される。

師匠からずっと貰っていなかったご祝儀をもらった。
手ぬぐい渡してから一月経ってるしもう忘れてんだろうな、と思っていた。
『祝二ツ目昇進 白酒』とだけ書いてあった。

『実感』というのやつは『湧いてくるもの』とはよく言ったもので、スイッチのように押せばカチリと切り替わって得られるものじゃない。
本当に徐々に徐々に湧いてくる。

二ツ目になった。

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