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他人の痛みを軽減してあげたいと思うメカニズム

動物は他者が怪我をしていると舐めてあげます。皆さんも容易に想像できますね。では、あれは何のための行動でしょうか? 自分で舐めろと思いませんか?笑

実はこのような行動は援助行動と呼ばれ、単なる慰めではなく、生存を高めるためのれっきとした本能的行動なのです。

人間だと他人の傷を舐めはしないですが(できないことはないが笑)、負傷した相手を手放しはせずに手当を行いますよね。これも援助行動の一種です。

一見当たり前のように感じる援助行動ですが、私たちはどのように相手のニーズ、助けを認識しどのように援助行動を決定するかそのメカニズムは実はよくわかっていないのです。

そんな援助行動のメカニズムについて、脳の前帯状皮質(ACC)に着目したメカニズムが明らかにされ、Natureに報告されましたので解説していきます!


Zhang M, Wu YE, Jiang M, Hong W. Cortical regulation of helping behaviour towards others in pain. Nature. 2024 Feb;626(7997):136-144.
doi: 10.1038/s41586-023-06973-x.

1. 痛みを抱える他者への援助反応

まず著者らは、2匹のマウスのペアを作りました。そして片方のマウスにのみ後ろ足の裏に痛みと炎症を誘発する毒物を注入しました。すると毒物を注入されたマウスは当然その足を舐める行動を示しました。驚くべきことに、注入されなかったマウス(以後、観察者と呼ぶ)は痛がっているマウスの主に上半身に対しグルーミング(毛づくろい:慰め行動)をするようになりました

そして観察者はグルーミングだけでなく、舐め行動も痛がっている足に対して行っていることが分かりました。このグルーミングと舐め行動は明確に対象部位が異なることから、これらは異なる行動だと判断できます。また、グルーミングと舐め行動の間には正の相関もみられました。つまり、グルーミングと舐め行動は共通のメカニズムによって制御されている可能性があります。


2. 他者への舐め行動は他者の痛みの対処を助ける

そもそも、負傷部位を舐める行為は鎮痛や感染防止、創傷治癒の促進のための本能的な行動です。よって著者らは観察者による他者への舐め行動が単なる慰めではなく本質的である、つまり援助行動であるかを調べました。

観察者がいる場合、痛がっているマウスの自己舐め行動は観察者がいない場合に比べ回数が減りました。これは観察者による舐め行動は、痛がっているマウスの自己舐め行動を減少させることを意味しています。

そして興味深いのが、この自己舐め行動の減少(停止)は9割近い場合で観察者によって中断させられているものでした。つまり、他者への舐め行動はが痛がっているマウスが求めている訳ではなく、むしろ観察者による積極的な行動反応であり、それが自己舐め行動の必要性の低下につながることを示唆しています。


3. 脳はどのように他者の痛みを認知するのか

著者らは前帯状皮質(ACC)と呼ばれる脳領域に着目し、観察者が痛がっているマウスを見た時のACCの神経活動を、ACCに光ファイバーを挿入することにより解析しました。

まず、観察者に毒物を注射された痛がっているマウスを提示し、その後、観察者自体にも毒物を打ち、自己の痛みと他者の痛みをACCはどのように区別しているのかを調べました。すると、それぞれの痛みに反応して活性化する神経細胞は選択的であることが分かりました。同様に、観察者が自己舐め行動を観察している際と痛がっているマウスに対して舐め行動をしている際の活性化している神経細胞も別々のものでした。つまり、自己および他者に関連する痛みは、ACC 内で異なる神経表現を示します。(全てではない)


4. ACCにおける慰めと援助行動の制御

次に著者らは、ACCが痛みを抱えている他者に対する援助行動の制御において因果的な役割を果たしている可能性があるかどうかを調べました(3.の実験ではあくまでも援助行動の際ACCが活性化しているという事実を捉えたに過ぎない)。そこで、DREADDシステムと呼ばれるシステムを用いてACCの活動を抑制することで援助行動がどのように変化するか調べました。すると、ACCを抑制された観察者の痛がっているマウスに対するグルーミング、舐め行動は顕著に減少しました

また、今度は逆にACCを活性化させると援助行動は増加するのか検証していきました。著者らはチャネルロドプシン(光を当てると神経細胞が活性化するシステム)を用いて、ACCの錐体ニューロンと呼ばれる神経細胞を活性化させると、観察者の痛がっているマウスに対するグルーミング、舐め行動は顕著に増加しました。注目すべきは、このような人工的なACC活性化においてもしっかり痛がっている足への舐め行動が増えて、他の足は標的にはなりませんでした。つまり、他者への舐め行動の人工的誘導には、他の足における局所的な痛みの存在が必要であることを示唆しています

1. で「グルーミングと舐め行動は共通のメカニズムによって制御されている可能性がある」ことを述べましたが、そのメカニズムの一つがACCにあったわけですね

さらに面白いことに、痛がっているマウスのACCを活性化させても自己舐め行動に影響はありませんでした。この結果は3. で示した自己および他者に関連する痛みは、ACC 内で異なる神経表現を示す結果と一致します。


5. 慰めと援助行動の分離可能な成分

タイトルが少し難しいですが、簡単に言うとACCの神経細胞を詳細に分ければグルーミングと舐め行動は別の集団が制御しているという仮説を著者らは立てました。なぜかというと、グルーミングはストレスを感じているマウスと痛がっているマウスの両方に向けられるのに対し、舐め行動は痛がっているマウスに特異的にみられるからです。

ここではk平均法と呼ばれるデータの構造やパターンを見つけ出すクラスタリング手法を用いて解析したところ、他者へのグルーミングと舐め行動の際の活性化しているACCの神経細胞集団はほとんど重複していないことが分かりました。つまり、他者へのグルーミングと舐め行動は ACC によって同時に制御されていますが、これらは ACC ニューロンのほぼ別々の集団を動員していることになります。


まとめ

本研究では、

1. 痛がっているマウスを見ると、観察者はそのマウスに対して援助行動としての舐め行動、および慰め行動としてのグルーミングを行う

2. 観察者による他者への舐め行動は積極的なものであり、痛みへの対処を助けている援助行動である

3. ACCにおいて自己または他者の痛みは異なる神経集団が関与している

4. ACCは慰め行動と援助行動を制御している

5. ACCにおける慰め行動と援助行動の制御は異なる神経集団が関与している

ことが分かりました。

他者への舐め行動が単なる慰めでないことが脳科学的に示され、さらに面白いことに自己の痛みと他者の痛みは別々に認知されていました。これは他者が困っている時に助けてあげようとするメカニズムが動物には備わっていることを明確に示しています

いつか人間も人種や宗教を超えて助け合える日が来るといいですね。そのための本能的な仕組みは備わっているのですから。

僕の研究を応援して頂ければ幸いです!