京都・もの作り企業が手がけるブランド「Teyney(テイネイ)」の新製品、ルーペ「向日葵(ヒマワリ)」ができるまで。
京都市伏見区にある「協和精工株式会社」は、医療や産業装置の部品加工をする会社です。この技術を生かし、2016年から自社ブランド「Teyney(テイネイ)」を立ち上げ、オリジナル製品の開発にも取り組んでいます。
ブランドネーム「Teyney」に込められているのは、丁寧なもので、丁寧な時間やつながりが持てるように、という思い。
これまでにも、手紙を書きたくなるぺーパーウェイト「巾着」や、オブジェとして飾りたくなるほど美しいオセロ(リバーシゲーム)「さざ波」など、日々の生活を丁寧に過ごしてもらいたいという思いから生まれた全6アイテムを販売しています。
2023年3月には、ルーペ「向日葵(ヒマワリ)」が2年ぶり、待望の新製品として登場します。
このたび文房具・雑貨が大好きだという京都在住のライター・江角悠子さんに、新アイテムの開発に携わった4名に、開発のきっかけや完成までの経緯をインタビューしてもらいました。
世代を超えて愛される「Teyney」なルーペを
—— まずは、ルーペ「向日葵」がどんなものか、簡単に紹介していただけますか。
山下(正):ヒマワリのようなフォルムをしたルーペとなります。ヒマワリの部分は真鍮という金属でできており、レンズの倍率は5倍。
新聞や辞書といった小さな文字を閲覧したり、お子さんと一緒に草木を観察するといったことにも活用してもらいたいですね。また、書斎やテーブルなどにオブジェとして置いてあっても、馴染んでくれるデザインになっているかと思います。
—— どのようなきっかけで誕生したのでしょうか。
山下(正):「Teyney」というブランドには、「アイテムを通して特別な時間を提供したい」という思いが込められています。アイテムを手にしたら、それをきっかけに特別な時間をたくさん持ってほしい。そのためには、たとえば親子で一緒に使ったり、祖父母から受け継いだりといったように、世代を超えて長く使えるものを作りたいと考え、デザイナーの綾さんに相談をしました。
綾:最初の相談があったとき、実は万華鏡という案もあったんですが、山下さんと話をしていく過程で「ルーペを作ろう」ということになりました。
私自身、まだ小さな子どもがいる父親ですが、子どもと一緒に道を歩いていると、道端の草花によく興味を示しているんです。ルーペなら日々の暮らしに活用してもらえますし、「目を凝らしてみる」「ふと立ち止まって見る」という行動にもつなげることが、丁寧な時間を提供したいというブランドのコンセプトにもピッタリだと思ったんです。
—— 名前のとおり、ヒマワリ型がとてもユニークですね。綾さんは、どのようにしてこのデザインを思いついたのでしょうか。
綾:自然界にある形、細胞などの生物的なフォルムは完成度が高く、何より美しいですよね。そうした自然の美しさを、金属で表現する面白さがあるのではないかと発想を広げていきました。
—— ヒマワリの花びらのようなフォルムに、手のひらにすっぽり収まるサイズもかわいいです。あと、思っていたよりも軽く感じました。
綾:実は、当初はレンズの大きさは現状よりひと回り大きく、50mmで検討していました。花びらのようなひだ部分も、最終的に12個に落ち着きましたが、最初はもっと多くて、20個で考えていたんです。
ですが、そうすると子どもの手にはちょっと大きいし、首からかけると重く感じてしまいます。そこで、子どもにも使いやすく持ち運びやすい、36mmのレンズに変更したんです。
工作機械で作る美しい金属加工の秘密とは
— 山下さんは、最初にこのデザインをご覧になったとき、どんな印象でしたか?
山下(直):私は実際に現場で、モノづくりをしている立場にあるのですが、最初にこのデザインを見たとき、言葉を失ってしまいました。金属でこの形をどう再現すればいいのか、全く見当がつかなかったんです。
山下(正):私たちは金属加工の専門家ですが、綾さんはそうではありません。でも私たちはあえて、金属の性質に精通しているわけではない、綾さんならではの発想で提案してもらいたかったのです。
金属でこの形を加工して作ることが、どれほどのことなのか。時間や労力、コストを考えると、ふだん金属を扱っている私たちなら、「こんな形はあり得ない」とか、「技術的に無理だろう」などと、つい先まわりして考えてしまいます。こんなデザインにしようという発想すら出てきません。
でも、柔軟な発想を持つ綾さんが入って提案してくれることで、これまでにない斬新なデザインの製品が出来上がりました。
綾:実際に金属で加工できるのかどうか、私ももちろん分かる限り考慮はしています。ですが、やはり現場の方とは違う視点での提案がしたい。そこにこそ、デザイナーが存在する価値があるのではないかと思っています。
複雑なデザインを実現した職人のこだわりと技術
— 「頭を抱えた」と先ほどおっしゃいましたが、 特にどの部分に苦労されたのでしょうか?
山下(直):それはもう、全部と言いたいくらいですが。
まずは、ルーペを横からよーく見てください。継ぎ目が全然見えないでしょう。最初からこの金属のカタチにして、あとからぽこっとレンズをはめたわけではなく、金属を2枚重ねることでレンズを挟んでいます。
—— 本当ですね!なめらかすぎて、ひとつの塊かと思っていました。
山下(正):実は、2枚の金属を重ねているんです。愛着を持って使ってもらいたいとディティールにまでこだわって、継ぎ目が分からなくなるくらいに磨き上げています。
また最初作ったときには、金属の角が尖りすぎていて、持ったときにトゲトゲした触感があったんです。それもなくしたくて、すべての角を面取しました。
—— この繊細なカーブを描く金属の角の面取…大根の面取ですら面倒で大変なのに、金属となると、さらに高度な技術が必要となりそうです。
山下(直):ええ、そうなんです。この形を再現するまでに、それこそヒマワリのお花畑ができそうなくらいには、試作品を作りました。
それと江角さん、ルーペをテーブルに置いてみてもらえますか。ちょっと、宙に浮いているように見えませんか?
—— 確かに、ちょっと浮いているような不思議な感じがあります。
綾:そうなんです。レンズをはさんである部分をよく見てみてください。金属の奥までガッツリとはさまっているわけではなく、ほんのコンマ数ミリだけ重なっているでしょう。このデザインがキモなんです。浮いて見えるようにすることで、見た目の美しさと不思議感が増します。
——コンマ数ミリ単位のこだわり、相当なご苦労があったのではないでしょうか。
山下(直):おっしゃるとおりです。金属を削りすぎると、レンズをはさんだときにグラグラしてしまうので、はさみ込む部分はミリ単位よりもっと小さなミクロ単位で計算して調整しています。金属の幅が狭すぎると、レンズが割れてしまいますし、幅が少しでも大きいとグラグラ動いてしてしまう。そうならないように、きっちりとレンズを固定できるサイズを導き出してはめるというのが本当に大変でした。
山下(正):通常、私たちが仕事で扱う部品では、レンズをはめた後に金属加工をするような工程はないんです。ですが、今回のルーペの場合、途中でレンズをはめ、最後に金属を切削加工する工程があるので、レンズをはめたまま傷をつけることなく、金属を加工する技術も必要です。
切削加工するには金属を固定して、繊細な加工を施す必要があります。ですが、この特殊なカタチなので、固定させるジグ(治具)で寸分違わず位置決めするのもまた難しく、苦労しました。
伝統工芸レベルの技術を持つ「工場職人」
——しっくり手になじむ素敵なデザインですが、技術的にはものすごく難しいものだったのですね。綾さんは、デザイナーとして協和精工さんの技術力をどうご覧になられますか。
綾:協和精工さんの技術力の高さには本当に驚かされます。デザイン的にとても難しいことを要求しているのは分かっていたのですが……。これまでの製品もいろんな難題を技術と、知恵と経験でクリアされて、ようやく完成させたものばかりです。
「Teyney」で作られるアイテムは、工業製品というよりも、むしろ工芸品として位置づけされてもいいのではないかと私は考えています。工場の技術は、昔ながらの伝統技術とはいえないのかもしれませんが、技術レベルの高さと創意工夫、人の手の介在度合いでいえば、彼らはまさに「工場職人」なんです。
——「工場職人」ですか!機械化されている部分があるにしても、職人さんの知恵と技がなければ、この小さなルーペは完成しなかったのですね。
山下(正):えぇ。なかなか真似することは難しい、うちだけの技術の結晶ではないかと思っています。最初の打ち合わせが2018年、完成が2023年と、結果5年もの期間はかかりましたが。
同じ業界の方や専門家にルーペを見てもらうと、どうやって作ったのか?と一気に顔つきが変わって、本当に驚かれます。
—— 5年の歳月を経て完成したルーペ。どんな風に活用してもらいたいですか。
山下(正):子どもからシニア世代まで、年齢問わず、いろいろな方に使ってもらいたいですね。
展示会で試作を見てもらったところ、還暦の方や定年で会社を辞める方への贈り物にしたいと言ってくれる方も大勢いらっしゃいました。
また、お子さんの好奇心を満たすツールとしても、ぜひ活用してほしいですね。ふだんは目に留まらない小さなもの、身近な虫や草花も、ルーペを通してみると全然違って見えます。そんな体験をたくさんしてもらえたら。
綾:ルーペがふだんの暮らしの中にあることで、目に入ったときに、「じゃあ、これを持って散歩に行こうか」となってくれたりしたらうれしいですね。ルーペの存在が、日常の中にちょっとした遊び心を生むようなアイテムになってくれたらいいなと思います。
—— ルーペができるまでのストーリーを知ると、「ユニークな形のルーペ」という印象だったのが、全く変わってきました!製品そのものの魅力もありますが、思わず誰かに話したくなるような物語があるアイテムは、贈り物としてもより魅力的なのではないでしょうか。
ルーペ 「向日葵」を使っていろんなモノをじっくり見ることはもちろん、ルーペそのものをじっくり観察してみると、さらに特別な時間が過ごせそうです。
皆さま、ありがとうございました!
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