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ゆかりによるショート②

「透明少女」

クチュクチュクチュクチュ……
ある日、そのクチュクチュしてるときだけ使える特殊能力を身につけた。

それは、「リステリンで口を濯いでる間、その色になれる能力」ーー。

ある日というか、ある日からリステリンが家に置かれるようになったので、1回目から私は薄紫色になった。
だからと言って、何度も使える能力ではない。刺激が強すぎる。

それで何か野望にチャレンジしたこともない。
薄紫色や、薄緑色に透けた体になったところで、歩けるところも限られているし、私はあんな強力なものをずっとクチュクチュしてられない。

支度をして、学校へ行く。同い年の子たちの中では背は低かったけれど、初潮を迎えていた私の体はそれなりに丸みを帯びて、それっぽく発達していた。精神的にも大人らしくしていた方だろう。

クラスの会話に混ぜてもらいに行くこともなく、少しズレてる昨日のテレビでのやりとりの正しさを心のなかで突っ込んだりしていた。

放課後には、女子グループの恋バナを盗み聞きながら、ひとり掃除を早く終わらせる努力をした。

家について、自分の部屋で宿題をする。ご飯を食べる。風呂に入る。テレビを見る。ベッドに入る。スマホを見る。いつの間にか寝ている。朝が来る。

目が覚める。薄紫色になる。支度をする。学校へ行く。テレビの話、漫画の話、映画の話、心の中で突っ込む。恋バナには、何も突っ込めない。家に帰る。

友達でもいたら、透明になれる能力を自慢するんだろうか。しない気がする。自慢したら、友達ができるんだろうか。

今日は宿題もなくて、暇だった。自分の特殊能力を試したくなった。いっぱいクチュクチュクチュクチュした。30秒が限界だった。

これじゃ、まだ自慢できないかと思った。

そこから毎日、特訓した。頑張って、2分クチュクチュクチュクチュできるようになった。

でも1ヶ月経った頃、クチュクチュしなくても口に含んでれば同じ効果があることに気づいた。マウスウォッシュはクチュクチュクチュクチュするものって思い込んでいた自分が、憎い。

もっと早く自慢できたかもしれない。

特訓のせいか、口の中は健康だった。10分透明でいれるようになった。

ベシャアアアアッ。ふぅ。

明日、トイレ掃除の時間に自慢しよう。なんて話しかけるかを、考えてから寝よう。

ベッドに入る。縦読み漫画を見る。いつの間にか寝ている。朝が来る。目が覚める。薄水色になる。支度をする。学校へ行く。世間話。昼休み。お弁当の玉子焼き。午後の国語。帰りのホームルーム。

変わらなく過ごして、掃除の時間。
私は、視線を集めて話し出す。
「そういえばさ!2020年のR-1グランプリで、ななまがり森下が“令和のちょいヤバ芸人”ってコピーついてたけど、ちょいヤバではないよねえwww」『へぇ。』

最悪だ。間違えた。もっとこうここから盛り上がるはずだった。消えたい消えたい消えたい。不本意に、携帯用のリステリンを取り出した。

薄緑色になった。

「キモ!!」「は!?」「……引くんだけど!」
間違えた上に引かせた。

終わりだ。
「すみません。内緒にしてください。今日はもう帰ります。便器、ピカピカにしときました。許してください。」

私はクラスの人気者になれなかった。あの場にいた女子はきっと、「透明 人間じゃない」とか調べて、探したい検索が引っ掛からず、モヤモヤして眠り、夢の中で訪れた美術館で、薄緑色の人型が便器を磨いている絵画を見ては『何にもわかんなかった!』と、思うことだろう。

次の日。目が覚める。薄黄色になる。支度をする。学校へ行く。誰とも挨拶をしない。授業は進む。体育は疲れる。誰も昨日のことに触れない。だけど、今日はよく人に見られる。きっとバラされた。

掃除の時間。
「……あの、昨日教えてくれたななまがり?調べたよ。おばあちゃんのコント面白かったよ。」気を遣われる。「アンタが便器磨いてる絵画を鑑賞する夢を見たよ。」何もわかんなかったことだろう。

透けたことには触れられなかった。最悪は変わらない。今日も便器を磨いたことだし、家に帰ろう。

帰り道、どろついた色の学ランが、私に近づいてくる。逃げた。待って!と、聞こえる。待った。
振り返りるとそこには、同じ学校の制服を着た名前もわからないクラスの地味な男の子がいた。

「ぼくにも、君に似た特殊能力があるみたいなんだ。」
「さっきの?」
「そう。泥みたいなラーメンを食べて消化する間、自由に粉っぽくなれるんだ。」
「どおりで、くっさいラーメンの匂いがする。」
「君は噂になってるよ。」
クラスの地味な男の子にまで届くんだ。本当の終わりだと思った。

「それでなんのよう?」
「ぼくも、君がよく読んでいる本が好きだよ。」

ありえない共通点と、私たちをつなぐ趣味とで、彼を愛おしく思ってしまった。よく見たら、かっこいいかもしれない。吊り橋効果とも違うかもしれないけれど、彼の存在に安心し、彼とお近づきになりたいと思った。

「君の家に行って、リステリンを貸してくれないかい?どうも、口の中がスッキリしなくて。」
「いいですよ。」

やぶれかぶれになる瞬間も、それを打ち消す衝動も、全て突然やってくる。エッチな同人誌でしか知らないけれど、男の子を家に呼ぶことが、何に発展するのか、想像をしてしまう。

私はいつも考えすぎなのかもしれない。洗面所に案内をする。清々しくなって、彼はキスでもするつもりなのだろうか。

「先に見せてよ。」
クチュクチュクチュクチュ……。

「綺麗だ。」

私は、そう言って欲しかったのだ。この品良くエメラルドに避ける特殊能力を、こんなふうに見てもらいたかったのだ。ペチャアッ。ふぅ。

「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
クチュクチュクチュクチュ……。

何色だとも例えられないこの気持ちの輪郭が、はっきりとしていく。少し濁った欲望が、その色をぼやかしてしまうことを恐れなくていいんだろう。

当然、彼は透けることはなく、私たちはただ、少し赤らんだままの形をしていた。ンベシャアアアッ。

そのあと、親が帰ってくるまで、本棚を見て、話をして、音楽を聴いたふりをして、性交をした。

彼は今日、夢の中で訪れた美術館で、薄緑色の人型が踊っている絵画を見ては『どろつくのは損だなぁ!』と思うことだろう。

目が覚める。薄オレンジ色になる。支度をする。学校へ行く。テレビの話、漫画の話、映画の話、心の中で突っ込む。恋バナにも、少し突っ込んだ。彼と目が合う。今日まで、トイレ掃除当番。トイレットペーパー補充係が本当はしたい。また、便器を磨くのか。早く帰ろう。

おわり




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