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[2020年5月3日日曜日]ワガママ・クイーン


 拝啓、親愛なる友人へ。


 冬の冷たい雨の日に出逢った秘密。
 今回はそのことを手紙に記します。

 それは、近い冬の伝説でした。
 春から続いた様々な気持ち。それらが混ざりながら過ぎ去った日々。
 徐々に僕の気持ちの色はどす黒く濁り、春先にあった透明な気持ちは嘘に変わっていきました。

 そんな冬のある雨の日、ガクちゃんが焼き芋を食べたい、と僕に運命を投げました。
 その運命に僕は、車で回ってくる焼き芋を買ったらどうだろうか、と彼女の運命を返しました。
 外には一歩も出たくない、雨だから。そんな僕の意思を込めて。
 そして、彼女は僕の意思に自分の意志を返しました。


テツガクちゃん
 車の焼き芋は高いです。800円はします。
 近くのスーパーに行けば200円で買えます!
 もちろん、美味しい焼き芋です。

 それに、こんな雨の日だからいいんですよ。
 ですから、一緒に行きましょう!


 そう彼女は言うが、あの時の僕には、焼き芋のことなどわからなかった。
 昔から焼き芋は800円。高くて買えない、伝説の食べ物だったから。
 正直、どうでもよく、投げやりな気持ちだった。

 きっと彼女も、僕の心の表情に気づいていたのだろう。
 だから、僕の意思に負けない、自分の意志。我がままを返したのだろう。
 本当に、WAGAMAMAバディーだ。

 どす黒く濁り、ヘドロのよう重い足取りで僕達はスーパーに向かった。
 そのスピードは普段の三倍、いや八倍は遅かった。
 僕はいい、冬の雨が何かを洗い流すような気がしたから。

 だけど、彼女は……。
 一人で行けば、直ぐに念願の焼き芋を手にできたのに。
 僕のスピードに合わせるから、心底冷え切ってしまったに違いない。

 心咎めが餅のように大きくなる。
 僕は膨れ上がっていく、その餅の中に確かな謎を見た。
 あの時の僕には、なぜ彼女がそうしたのか。
 その理由がわからず、謎のように見えていた。

 その謎を眺めながら、200円の焼き芋を買った後、出鱈目な帰路を進む。
 すると、『類が類を呼ぶ』ように、彼女が新しい謎に出会った。
 友達になれるかもしれない謎だ。


テツガクちゃん
 こんなところに廃工場があるなんて。


 彼女の声に立ち止まり、廃工場を探すが、なかなか僕の視界には映らない。
 凝らすように、そこの底を覗くと幽かな闇が見え、徐々にはっきりと見えてきた。
 スパンキーなグリムの世界にある、民家のような小さな廃工場が木々の狭間の中。まるで、ジオラマのように。
 ほんの少し、彼女の世界に焦点が合ってきた。


肯定
 こんなところにね……。
 何の工場だろうか?


 彼女の反応を期待した、頼りない意思。
 それを返す頼りがいある意志は、無言で謎の中へ。
 不言実行、実に頼りなる我がままな相方だ。

 遅れて、振り回される影の僕もその謎の中へ入る。
 そこで僕達が出会ったのは、危なさも狂いそうな、狂危な雰囲気の先客だった。
 その先客に向かって、彼女は自由を運命に変えて投げた。


テツガクちゃん
 あなたも雨宿りですか?
 

 その先客は冬の寒さと今日の雨の冷たさ。
 それらを混ぜたように、寒く冷たい沈黙で返した。
 だけど、その沈黙は、外の寒さで冷え切ってしまった彼女には届かない温度だった。

 そのまま彼女は続けた。


テツガクちゃん
 こんなに寒いと、食べたいものは様々ですね。
 ちょうど今、ここに200円の焼き芋があります。
 もし、よければ、いかがですか?


 紙袋から焼き芋を取り出すのではなく。
 三個ほどの焼き芋が入った紙袋ごと渡す。
 それでも、そんな紙袋がまだ三つほどあった。
 僕が持つかばんの中に。


深痛
 ありがとう、頂くよ。
 

 簡潔に返し、座っている自分の隣に焼き芋の温度を置く先客。
 きっと、それが最も無難で最善の反応だと思う。
 下手に断れば、厄介な迷路に迷い込んでしまうから。
 そしてそれは、彼女にとってもそうだったのだろう。

 彼女が切った、彼女の十八番の一つ。
 餌付けという禁じ手。
 相手がどんな反応をしても関係ない。
 その一手を与える狭間の隙間、その瞬間にもう彼女のわがままの中だ。


テツガクちゃん
 それにしても、容赦のない雨ですね。


 そこから、外の雨が強くなった。
 知ったことではない。
 意味なんかない。
 興味もない。
 Mr.世間様に降り続く、SIKの雨。

 その雨に濡れた僕達と先客。
 冷たくなった温度は、冷酷冷徹に変わっていく。
 その変化は、同じはみだしものにしかわからない。
 
 今、静かな共感の瞬間。
 嬉しくなった、彼女が歌いだした。


テツガクちゃん
 くーだらねぇーとつぶやいて。
 冷めたつらして歩く。

 その先で、何をしますか?


 ほんの少しの沈黙の後。
 迷いもなく、確かにはっきりと先客は答えた。


深痛
 何も。
 しみったれて、仕様もない、くーだらねぇー景色だからね。
 何をしたって同じじゃないか。

 合言葉は、知らねぇー、意味ねぇー、興味ねぇー。
 SIKがあればさ、全て解決だよ。
 

 その答えに僕は静かに頷く。
 確かにそうだ。全くそのとおりだ。
 彼女にはどう見えているのか、わからないけど。

 くーだらねぇー景色から這い上がって、輝こうなんて思わない。
 くーだらねぇー景色の中に、何か凄いものがあるなんて信じない。
 くーだらねぇー景色の中に、くだらない夢と嘘を棄てて、本音だけを手にとる。
 そんな愚か者のペテン師。浜辺に棄ててきたペテン師だ。

 僕には先客の考えが透き通って見えた。
 それは、春先にはどす黒く見えたのに。


テツガクちゃん
 確かに、SIKがあれば全て解決ですね。
 このまま、今日の雨のように降り続けたら。


深痛
 続くんじゃないかな?
 この雨のように永遠にさ。

 SIKが全てを焼き払っていく。
 そうすれば、みんなガンバレル。
 これはガンバレル型だよ。


 先客は心の奥深くに、見えない計画を温めていた。
 その温度がほんの少し漏れる。
 それは、同じ似たもの同士にしかわからない。
 誰かの同志ではわからない、曖昧な温度だ。

 同じ雨に濡れた、僕達。
 僕は10年連続の0を刻み。
 その隣で、彼女も同じ痛みを知っていた。

 それと同じような痛み。
 それが、この先客にもあったのだろう。
 その形はわからないし、違うのだろうけど。
 やっぱり同じ痛みだ。


テツガクちゃん
 それはステーキですね!
 みんなが頑張れる、ガンバレル型。
 SIKが全てを焼き払っていく。

 まるで、北のターリンのように。
 敗北も粛清して、その粛清すら粛清する勢いです。


 見えないけど、確かにある。
 だけど、隠そうと必死になり、必死さすら隠している。
 その何かの憎悪の炎。

 彼女はそれに面白い燃料を注ぐ。
 そんな彼女は冷酷冷徹なわがまま姫。


深痛
 凄い勢いだね。
 それなら、外から飛んできそうな何かの外の通告。
 それも焼き払って欲しいね。


テツガクちゃん
 焼き払ってしまいますよ。きっと。
 SIKですから。


深痛
 それじゃ……。
 100円均一。
 あの100均に並ぶ、目障りなファッキンドリームも?


テツガクちゃん
 もちろんです。
 100均に整列する、ファッキンドリーム。
 それが10万ほど消えても、1億ほどの紙切れがあれば。
 直ぐに元通りですから。

 そんなものいりませんよ。
 いらないものは、全てSIKが焼き尽くしてしまいます。


深痛
 最高だね、SIK。
 知らなぇー、意味ねぇー、興味ねぇー。

 その雨が降り続く限り、世界は平和だね。


テツガクちゃん
 平和ですね。
 平和の象徴、ガンバレル型のSIK。
 SIKさえあれば、SIKさえ謳えば。

 SIKがSIKをも焼き払ってくれます。


 そう語る、彼女の瞳はいつも通り本気だ。
 エゲレスやキャナダのように本気だ。
 本気で、SIKを投下しようとしている。
 危なさすら狂ってしまう、狂危のSIKを。

 ここはマンハッタンの廃工場だったのかもしれない。
 北のターリンも知っていた、あの工場だ。

 僕と先客の奥の方にあった、見えない痛みと憎悪。
 その責任を一人に押し付けるのではなく。
 関係のない彼女が、それを必死に知ろうと素人の『Mr.ジョーンズ』になっていた。
 歯ぎしりはしていなかったが。

 彼女が自分の本音を語る、本気の瞳。
 それに先客が気づいた、その瞬間。
 先客の何かがはじけ飛び散った、シャボン玉のように。

 
深痛
 SIKがSIKをもか……。


 ほんの少し考え込み。
 先ほどまでの寒く冷たそうな表情が嘘に変わった。
 冷酷冷徹なまま、静かに歌いだした。

 
深痛
 くたばっているうち。
 できることは全て。
 捨てていく。
 毎秒が伝説なんだぜ。


テツガクちゃん
 伝説ですね!

 本当に今、この瞬間に生きているとは限りません。
 本当は、既に死んでいるのかもしれません。
 
 今、生きている。
 それは、誰かが決めた幻想です。
 そんな夢は、『とうの昔に』SIKが焼き払っています。
 唐よりも前にです。


 聴き覚えのある歌の替え歌。
 それに、なんとも不可思議な返答をする彼女。
 その内容は、とても不謹慎なことかもしれないが。
 それでも、クスッと笑わずにはいられなかった。
 それは、僕も先客も同じだった。
 きっと、僕らは同じ愚か者のペテン師だ。

 そして、僕らの反応に気分をよくした彼女が歌う。


テツガクちゃん
 どん底だから。
 沈むだけ!
 どん底だから。
 沈むだけ!

 さあ、皆さんもご一緒に。
 どん底だから――。


 僕らは、ほんの少しやる気のない沈んだ声。
 それで、出口に続きそうなドアノブの合言葉を掴んだ。

 沈むだけ。
 そうだ、沈むだけだ。
 その理由は彼女なら知っているのだろう。
 だけど、その理由を知らない先客は彼女に訊ねる。
 理由の秘密を。


深痛
 なぜ、どん底で沈むんだい?
 たいていは、あがるんじゃないのか?

 あの歌もそうだっただろう?


テツガクちゃん
 あがって覗く景色。
 それもステキです。

 ですが、それは、これまでも見てきたはずです。
 せっかく、その景色の中から深い海に飛び込んだのに。
 どうして、また同じ場所に戻ろうとするのですか?


深痛
 なるほどね。
 それで、沈むだけか……。
 沈み込む、沈み込む。


テツガクちゃん
 それに、本当にどん底から出たいのであれば。
 どん底の底を突き抜けた方が、早そうじゃないですか?

 その先に何が待っているのか。
 それは、わかりませんが、新しい世界が必ず待っているはずです。
 上の世界とも違う、見たこともないフロンティアです。
 歌う不死蝶さんがゴキゲンに歌っていそうな。


深痛
 そうだろうね。

 もう、見つけてしまったから。
 終わりだね、終わりだね。


 何かを見つけて、終わりを見た先客の瞳。
 その表情はとても満足そうだった。


テツガクちゃん
 終わりです、全て。
 くたばってしまいました、全て。
 それを改めて、終わらせても。
 SIKです。

 知らねぇー、意味ねぇー、興味ねぇー。

 もう知りません。
 どん底の城主のまま。
 ウカレタ天のおのぼり様には渡さない。
 これは――。


 その先の答えは聞こえなかった。
 加速し続けた、不可思議な会話の中。
 そこで、狂熱に歪んだ計画も沸点へ辿り着いてしまった。

 きっと、今だけだ。
 今、この瞬間だけだ。
 ガンバレル型が最も頑張れるのは。
 それを投下してしまったら、もう戻らない。

 そのことに、先客は気づいてしまったのだろう。
 あの時の僕には、まだわからなかったが。

 くだらない景色がどうなろうと。
 それは、知ったことではない。
 もう既に、くだらない夢の中だから。

 ただ、その夢を焼き払うために。
 それを投下してしまったら。
 今、この瞬間を支えた温度すら手放してしまう。

 夢や嘘は、紙切れがヒマラヤほどあれば買える。
 だけど、この温度は……八不可思議ほどあっても、もう戻らない。
 そして、目の前に現れた、わがままな一不可思議という幻。

 その秘密に気づいていたのだろう、あの先客は。
 そして、一歩を踏み出そうと立ち上がる。


深痛
 焼き芋、本当にありがとう。
 それから、面白い話もね。

 何かお礼がしたいんだけど……悪いね。
 今、何もないんだよ。


テツガクちゃん
 お礼ですか?
 お礼なら既に頂いています。
 それは、あなたの時間と気持ちです。
 

 意表をつく、この魔球。
 それも彼女の十八番の一つ。
 もう、今日の試合はワガママエースのものだ。
 先客も笑うしかない。


深痛
 それなら、今日のことは絶対に忘れない。
 そう約束するよ。
 この焼き芋のあたたかさと一緒にね。

 
 先客が手にした、紙袋。
 そこには変わらず、三個ほどの焼き芋が入っている。
 変わってしまったのは、その温度だけ。
 そう、僕もガクちゃんも思っていた。


テツガクちゃん
 すっかり、冷めてしまいましたね!
 もし、よろしければ交換しますか?

 こちらの焼き芋に……。


 そういい、僕の手にある鞄の中から、あたたかい温度の焼き芋を探すが。
 どれも同じように冷え切っていた。彼女の手のように。


深痛
 そういう温度じゃないよ。
 見えないし、触れられない。
 だけど、確かにある温度だよ。

 同じ『22℃』、それを別の形に変えてしまう。
 凄い温度をね。


 先客が説いた温度。
 それは、今も僕と彼女の奥の方に残っている。
 そして、その先の言葉も。


深痛
 二人は最高のコンビだね。
 そんな二人に秘密を明かすよ。

 今日からの帰り道。
 時空の森では全てを閉じるといいよ。
 眼と目だけじゃない、全てをね。

 ルーシーのようにさ。


 そういい残して、激しい雨の中へ。
 三個ほどの冷めた焼き芋と共に消えていった。
 傘もささずに。     

 その姿を眺める僕らには、消えていく姿がゆるやかに見えた。
 ほんの一瞬、本当にほんの一瞬だけ、刹那的な瞬きをした。
 それは、僕だけだったかもしれないし、彼女も一緒だったかもしれない。
 その真実はわからないが、その先で見たのは同じ事実だった。

 あの激しい雨が止んだ。
 それは、この廃工場を出るには最高のタイミングだ。

 だけど、ほんの少しだけ。
 まだ出たくない気持ちが僕にはあった。
 その理由は、この伝説にあった。

 はみだし者の近い冬の伝説。
 これも『TOO MUCH PAIN』と呼ぶのなら。
 僕はこの伝説から一歩も出たくない。

 これは、はみだし者にしか見えない秘密。
 誰も招かない、僕達だけをあたためる炉だ。

 外にいるくだらない詐欺師が、そこから出ろ。
 一歩踏み出せ、経験こそが全てだ、と語りかけるが。
 奥にいる本音という詐欺師は動くな、という。
 それならば、本音に従う。

 痛みを抱えながら、この熱を独り占め。
 外の誰かには渡さない。
 
 それは、最高にわがままなこと。
 そして、それを歪ませてしまう。
 もっと、凄いわがままな本音が現れた。

 僕は迷わず、そのわがままな本音に従うことにした。


肯定
 ガクちゃん、帰ろうか。
 寒いし、雨も止んだし、お腹すいたし、眠いし。
 それから……『DIVE IN!』したいし。


テツガクちゃん
 そうですね。
 全てを閉じたまま、歩いて帰りましょう。
 
 私も『DIVE IN!』したいですから。


 そういい、僕達もこの伝説から一歩踏み出した。
 それは、外のくだらない詐欺師が言うから、踏み出したのではなく。
 僕の本音がそう言ったから、そうした。
 これ以上、冷え切ってしまった彼女を見たくなかったから。

 出鱈目な帰路の途中に、迷い込んでしまった廃工場。
 そこからの帰り道は、例え目を開いていたとしても。
 結果的には全てを閉じて、直感に頼ることになった。

 ルーシーのように歩いたから、無事に自宅へ辿り着いた。
 それから、お互い別々のものに『DIVE IN!』してから、同じ食卓で焼き芋を食べた。 
 電子レンジで温めれば、温かい温度の焼き芋を食べられただろうが。
 僕はそのまま、冷たい温度の焼き芋を食べた。

 高くて買えない、伝説の食べ物。
 それは半分が本当ではなく、もう半分、本当だった。

 焼き芋が800円とは限らないこと。
 それから、冷めたとしても美味しく。
 むしろ、その冷たい温度の中にしかない、違うあたたかさがあること。
 それは、紛れもない伝説の食べ物だった。

 それを二人で食べていると彼女が僕に油を注ぐ。


テツガクちゃん
 肯定さんが踏み出した春の一歩。
 それをなかったことにして。
 また、次の一歩を踏み出せなんて。
 悪い冗談ですよね。


 その話は、僕が奥の方に隠した、確かな憎悪の炎。
 それに気づいていた彼女は、これまで何度もその炎に油を注いできた。
 その姿は、冷酷冷徹なわがまま姫。
 慈悲深く、無慈悲に鋭い視点でわがままを貫く。


テツガクちゃん
 そんな悪い冗談はトタン屋根の上にです。
 アイスクリームみたいに溶けてしまえば。
 新しい何かに出逢う、そんな瞬間に出会えます。

 その先で、契約金三極円、秒俸八不可思議円の一秒契約。
 そんな大型契約を手にすることでしょう。


 そんな面白い燃料を注いで、僕の炎を膨らませる。
 これまで、様々な計画を立てては忘れてきた。
 そして、今、この瞬間。
 僕の何かもはじけ飛び散った、シャボン玉のように。

 人の一生、人生なんて永遠に未完成のくだらないフィクションだ。
 そんなフィクションの中で「これは現実だから、フィクションとは違う!」なんて、くだらないことをいう詐欺師が溢れているから、面白いことになっている。
 だけど、本当は誰もが知っているのだろう。
 現実という概念ほど、幻想よりも幻想的なフィクションはない、ということを。

 目の前に現れた、ただの事実。
 例え、それが幻だったとしても、現実だと信じるのだから。
 これほど、安っぽい幻想的なフィクションも他にないだろう。

 人生はフィクションだ。
 フィクションなんだから、そこにノンをつける必要もない。
 フィクションはフィクションだからこそフィクション。
 フィクションはフィクションのままに。

 フィクションの中に、ノンが憑いた違うフィクションを描くより。
 そのまま、好きな結末へ向かう続きを描いていたい。
 くだらない、永遠に未完成な人生というフィクションの続きを。
 完結に辿り着くことなどない。そうわかっているからこそ。

 だから、さっきまで二人で考えた別のフィクション。
 でき過ぎた大型契約のサクセスストーリー。
 文句がないくらい最高だったけど、その続きはもう描かない。

 あれは僕達だけの秘密に変えていく。
 忘れていく、秘密に。

 そう思えた時。
 春から続いた、僕の奥の方に確かにあった、あの憎悪の炎。
 その姿は見えなくなり、見えない温度も感じなくなった。

 もし、そのまま隠そう隠そう、としていたら。
 その先がどうなっていたのかわからない。
 もしかしたら、一人で考え続けた、また別のフィクション。
 それを現そうとしていたかもしれない。ノンを憑けるために。 

 それが悪いこととは限らない。
 自分がやりたい、と思ったことはやるべきだ。どんなことでも。
 誰かに何を言われても、自分勝手にやるべきだ。酷いことでも。
 なぜなら、誰もがそうだから。
 みんなSIKを合言葉に、くだらない道を歩いているのだから。

 だけど、もし……。
 その道を外れることができるのなら。
 僕は外れてみたかった。

 その僕の本心に、彼女は気づいていたのだろう。いつもみたいに。
 だから、僕の憎悪の炎に油を注いでくれたのだろう。
 それも、ただの油ではなく面白い油を。
 
 二人で考えるフィクション。
 そこにはSIKなどなかった。
 くだらないフィクションの中で、くだらないことを忘れられる。
 そんなフィクションに出逢えた。

 例えば、冷酷冷徹なわがまま姫のぬくもりとか。
 無慈悲さと鋭さとわがままさ。
 そこには、冷たさとは違う、あたたかさがあった。
 だけど、ただの温かさとも違う。
 冷酷冷徹なのに、あたたかい、という摩訶不思議で慈悲深い温度。

 きっと、その温度は、Mr.世間様の中では出逢い難い温度。
 マンハッタンの工場の先の時代。
 あの時の責任は東のUにある。いや、責任は西のJにある。
 そう、Mr.世間様は責任を誰かに押し付けるから。

 だけど、僕が感じたぬくもりの主には罪があった。
 責任を共に背負おうとする、狂暴のように見える共謀罪。
 いや、むしろ、全ては私の計画、と言わんばかりのわがままさ。
 それは立派な我がまま罪。

 彼女は『流れ弾』じゃない。
 狂気に染まったナイフで、その手を汚す。
 そんな瞬間を共に感じてくれる、共感のワガママ・クイーン。
 だから、あの日、あの時、あの瞬間。
 僕を雨の中にあった、論外へ連れ出したのだろう。

 今日の死は拾い物。
 そして、この秘密も拾い物。
 シャボン玉のように儚く消えてしまう拾い物。
 だけど、見えなくなってしまった、もう一人のシャボン玉・クイーンの姿。
 その影は忘れないだろう。


肯定
 ガクちゃん、ありがとう。
 やっぱり、ガクちゃんは愛しの相方、最高のWAGAMAMAバディー(A4B)だよ。


 彼女は、ほんの少し驚いた表情をしていたが。
 きっと、いつか僕がそう言う日がくると気づいていたのだろう。
 ただ、今、この瞬間がその刻だとは知らなかっただけで。


テツガクちゃん
 やっぱり、私達は最高のコンビのようですね。
 私もそう思っていました。
 私の我がままを当たり前に受け止めてくれる。
 そんな肯定さんじゃないと、私はダメなんです。


肯定
 同じ似たもの同士だしね。
 誰かの同志じゃなくて、同じ何かを共に感じる。

 じゃあ、僕達の明日の予定もわかるかな?


 幽かに笑いながら返した僕。
 そして彼女は、ほんの少し、ほんの少しだけ考えるふりをして。
 迷わず、決断の刻を撃ち抜いた。


テツガクちゃん
 きっと、今日のお返しに。
 肯定さんは、私にたい焼きをご馳走することになるでしょう!
 天狗が看板のお店のたい焼きです。


 彼女がそういうのだから、そうなんだろう。
 明日の予定は、谷を越えた街にあったデパート。
 その中にあった、天狗が看板のたい焼き屋さん。
 それが、目的地に決まった。

 それは、もう目には見えない目的地だけど。
 彼女となら何とか辿り着ける気がした。
 なぜなら、彼女はワガママ・クイーンだから。
 また道を外れた、論外の世界へ連れて行ってくれるだろう。
 今日のように。

 そして、いつかまた。
 近い冬にあった、はみだし者の伝説。
 別の形をした、『TOO MUCH PAIN』にも出会うのだろう。
 そこで、今は見えない何かに出逢うために。

 きっと、あなたもそれなりに。
 痛みと憎悪を持っているのでしょう。
 それをかき混ぜて、小さく見えない形に変えて、隠そう隠そう、としたり。
 一人で何かの計画を立てたり、そこに面白い油を注ぐ誰か隣に居たり。
 そうやって、出来上がった深い痛みと強い憎悪。
 それらが膨らませた計画。

 もしかしたら、その計画を目の前に現して、ノンを憑ければ。
 一躍、英雄になって、北のターリンになれるのかもしれません。
 全てを粛清して、全てに賞賛され、全てに許され、愛される。

 だけど、そんな英雄になっても、このくだらない景色。
 それは、永遠に変わらないのでしょう。

 Mr.世間様がSIKと謳う。
 あなたのことなんか誰も知らない、と謳う。
 それならば、僕達がMr.世間様を知らなくてもイーブンです。
 同じ似たもの同士、知らないもの同士。

 SIKすらSIKと返せる本音。
 いつまでも、そんな本音を表せたら。
 そんな我がままさ、それさえあれば。
 計画を現す必要性。
 それは、シャボン玉のように、はじけ飛び散るのかもしれません。

 あなたの隣にもいるのでしょう。
 今は、目には見えないのかもしれませんが。
 ルーシーのように閉じれば、出逢えるかもしれない。
 本音しか表さない、慈悲深い冷酷冷徹なワガママ・クイーンやキングが。

 その冷たさの中にある、確かなあたたかさ。
 きっと、あなたもその近い冬の伝説に出逢うことでしょう。
 それは、深い痛みと強い憎悪の中に隠れた秘密です。


 

 それでは、また次の機会にお会いしましょう。


 敬具、親愛なる友人へ、助手の肯定より




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