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[2020年2月5日水曜日]怒れるタイプライター


 拝啓、親愛なる友人へ。

 
 お元気でしょうか? 
 僕達は変わらず、なんてことない毎日を過ごしています。
 そんな日々が、かけがえなくて特別なんですよね。

 一つだけど、本当に一つとは限らない。
 突き抜けたきり、もうそれきり。
 『唯一無二』な稲妻のような日々です。

 今回は、その日々の一つについて記します。
 この日の出来事が、霧の都の名探偵と似た期待を集める。
 そのきっかけになったと思います。

 白昼夢から旅立った僕達の一歩。
 それは、ある昼下がりの交差点にありました。
 様々な魂が秩序の定めに従う中、そこに現れた混沌のソウルヒットマン。
 
 近頃、お尋ね者の彼が奏でる皆殺しのメロディ。
 誰も通さない、誰も逃がさない、誰も許さない。
 等しく平等に皆殺し。
 罪悪感、正義感、嫌悪感、全ての感情を乱れ撃ち。
 心なんか気に入らない。全てを撃ち殺す。

 彼は拡声器というマシンガンを片手に喚き散らす。
 その姿は、暴走した憤怒のタイプライターというがよく似合う。
 大罪を背負うタイプライターが描く物語でした。
 
 そんな大罪の黙示録の世界に迷い込んだ僕達。
 ガクちゃんは、口に4~5本のブルーベリーシガレットをくわえていました。
 駄菓子をくわえた名探偵は、この混沌とどう向き合うのか。
 いや、駄菓子をくわえた表幻者が描く、この先の幻影の物語は……。


 テツガクちゃん
 肯定さん、見てください!
 交差点の真ん中で拡声器を持った人が叫んでいますよ!
 何かのライブでしょうか!?


 肯定
 いや、歌を歌っているようには見えないよ?
 何かを訴えているみたい。


 ソウルヒットマン
 お前達は薄っぺらい秩序なんかを信じているが、本当のところは混沌を望んでいるんだろう!?
 定めという秩序を守るように強いるが、一方で自由を尊重する。そんな冗談を言って。
 そもそも、その定めに従うと契約書にサインをして、この世界に来た人間なんかいるのか?
 それなのに定めを押し付け、自由を尊重しろって?
 お前達が隠している、その本音を見せてみろよ。


 驚くような内容を拡声器で喚く彼を、街の人は五月の蝿を見るように見ている。
 つまりは、見ていない。見えない振りをしていた。
 彼は気にせず、この調子で煽り続ける。
 誰に向かって訴えているのか、全ての人間か、それとも自分自身に言っているのか。
 もはや、訴える気もないのかもしれないが、休むことなくタイプライターを叩く。

 
 肯定
 ガクちゃん、ここから離れようよ。
 もう少し静かなところにさ……。


 そう言い彼女を見ると、ノリノリの彼女が視界に入る。
 彼女にはこの喚きが、何かの音楽のように聴こえているのだろうか?


 テツガクちゃん
 えっ、帰るんですか!?
 勿体ないですよ! こんなに素晴らしいライブはなかなか参加できませんよ!


 目を輝かせる彼女。一方、交差点を行き交う人達は、彼女とは違う世界を見ている。
 そして、僕もどちらかと言うと、街の人達と同じ世界を見ている気がした。


 肯定
 楽しいかもしれないけど、このままだと危ないよ。
 街の人達も穏やかじゃないし、喧嘩が始まるかもしれない。
 争いごとはご免だよ。


 僕の一言に彼女は驚き、あたりを見渡す。
 そこで初めて、自分だけがライブ感覚で楽しんでいることに気づいたようだ。


 テツガクちゃん
 たしかに、このままだと争いが起きてしまうかもしれませんね。
 そうなる前に手を打ちましょう!


 その答えを聞いた時、僕は後悔した。
 僕は混沌に飛び込む助言をしてしまったようだ。
 

 テツガクちゃん
 すみません。
 素敵なビートですね! 私、その鼓動の虜になりそうです!


 初対面の人にもお構いなく声をかける彼女が羨ましい、と思う。
 だけど、今回は恐怖心が強かった。
 もし、彼女に何かあったら……。

 しかし、僕の予想に反して、憤怒のタイプライターは彼女を無視する。
 それはそれで不愉快だが、彼女に何もなくて安堵したその瞬間は留まらなかった。
 彼女は無視された事実も気にせず、ブルーベリーシガレットを彼に差し出す。

 一瞬、タイプを止めた憤怒の主は、僕の相方の瞳を覗き込む。
 緊張の瞬間だ。
 怒り狂う憤怒だが、彼女には関わりたくないようで、そのまま無視し喚き続ける。
 一方、彼女は受取人不在の駄菓子をまた口にくわえる。

 交差点の中心で喚き続ける人と、その仲間のように見える僕達。
 徐々に街の人達の攻撃的な視線を感じるようになった。
 そう、僕達も五月の蝿になってしまったようだ。
 
 民衆に向かってタイプライターを撃つ蝿の王。
 その蝿を撃ち落そうと銃を構え始める民衆。
 その中間という狭間の世界にいる僕達。
 結局、混沌の世界に踏み込んでしまったようです。

 ある民衆の怒号が開戦を告げる。
 一斉に糾弾の弾丸が飛んでくる。
 蝿の王も負けじとタイプライターから憤怒の弾丸を撃ち返す。

 そんなちょっとした混乱……。
 いや、少々賑やかな混乱の中、僕の相方は駄菓子で煙草ごっこを楽しむ。
 その姿は、さながら黄昏を待つ荒野のガンマン。
 四方八方から飛び交う弾丸などお構いなしだ。
 弾丸が避けていく伝説のガンマンは、歴史が刻まれた古風な拳銃を手に取る。
 人の心、見えない魂を撃ちぬく、見えない拳銃。
 なぜ、その拳銃が僕に見えるのか。それは秘密です。
 
 彼女の中間色の瞳が獲物をとらえる。
 弾丸が飛び交う時代を一発の弾丸で仕留めるために。
 憤怒のタイプライターが隠した心。それを撃ちぬく一発。
 今、それを放った。
  
 
 テツガクちゃん
 やっぱり、とても素敵なビートです!
 あなたの鼓動が撃つリズムは素晴らしいです!

 
 彼女は先ほどと似た言葉をかける。
 この時、ほんの少し彼の何かが変わった気がした。
 実は、先ほどの一言で既に変わっていたのかもしれないが、間違いなくこの瞬間から彼の秩序は崩れていった。
 この混沌の突破口が開いた。

 交差点の真ん中で喚き、街の秩序を乱す混乱を生み出していた彼。
 それが彼にとっての秩序だった。
 無視をされ、五月の蝿を見るような冷たい視線を集めることが彼の秩序。

 しかし、そこに現れた混沌の使者。そう中間色の表幻者だ。
 彼はその混沌を無視し、民衆に向かって弾丸を撃ち続ける。


 テツガクちゃん
 あれだけの人達の心。
 それを揺さぶるような訴えができる、あなたの叫び。
 本当にステキですよ!
 無視されようが、糾弾されようが関係ない。
 裸の王様になって走り続ける、その背中にロックの少年の影が見えます!

 
 拡声器を片手に彼女を無視し、民衆と向き合っていた彼だが、徐々に民衆から彼女へフォーカスが移る。
 

 テツガクちゃん
 交差点でライブをするのもいいですが、せっかくですから、ちゃんとしたステージで歌いませんか?
 高所恐怖症ではありませんよね?

 
 この一言に憤怒は食いついた。


 ソウルヒットマン
 別にステージの上は怖くない!
 ただ、なんかイライラしているんだよ。どうしようもなく。
 誰からも相手にされず、無視され……一人、取り残された気がしたんだよ。
 そんな弱い心を撃ち砕けたら、なんか面白い気がしたんだ。
 誰も許さない、誰も逃がさない、誰も通さない。
 平等という秩序の下に、皆殺しにできたらって……。
 随分、恐ろしい考えだけどさ……。


 テツガクちゃん
 面白いですよ!
 私はあなたに魂を撃ちぬかれました!
 それから、肯定さんも撃ちぬかれています!  

 
 そういい、突然僕の肩に手を回し会話の世界に引き寄せる。
 彼女がそういうのなら……きっと、そうだと思います。
 

 テツガクちゃん
 せっかく面白いことをするのなら。
 この交差点じゃなくて、もっとステーキな場所でしましょうよ!
 ここでは、少し迷惑になるそうですから。


 彼女は彼の手にある拡声器をとり、今度は彼女が民衆に向かって叫ぶ。


 テツガクちゃん
 皆さん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません!
 そろそろ、昼下がりも終わりですから、このライブもお別れの時間です。
 ですが、その前に、どなたか彼にステージを提供できる方はいませんか?
 迷惑ついでにお願いします。


 とんだ呼びかけに、当然民衆は糾弾の弾丸を返す。
 それに負けじと彼女も解釈の弾丸で返した。
 

 テツガクちゃん
 お怒りの声もよくわかりますが、その気持ち、その心の高鳴り。
 実は、それが心地いいのではないですか?
 日頃は吐き出せず、隠しているその感情を爆発させられる、今、この瞬間が。
 私達を含め、皆さん、彼の鼓動に魂を撃ち抜かれたのではないでしょうか?
 もし、違うなら、きっとこの場にいませんよね?
 皆さん、楽しそうに彼のコールに答えていましたよね?


 この言葉に驚いた。
 彼女にはこの出来事が、コールアンドレスポンスに見えていたようだ。
 彼の怒りのコールに、民衆が怒りのレスポンスを返す。
 そんな憤怒のライブを彼女は見ていたのだろうか。
 僕と民衆は同じ驚きを見ていたようだった。
 糾弾の弾丸の雨がやむ。


 テツガクちゃん
 明日も心の奥の底にある怒りを爆発させる瞬間。
 それを共感できるライブを作りましょう!
 そのために、誰か彼に協力していただけないでしょうか?

 
 静まった民衆の答えを聞く前に、この昼下がりの終わりがやってきた。
 街の警察官がやってきて、拡声器を手に叫んでいた彼女が捕まった。
 当然、僕も捕まり、警察に事情を話すことになった。

 ソウルヒットマンも捕まったが、もう迷惑行為はしない、と約束して彼は帰った。
 一方、僕達はすぐには帰れなかった。
 テツガクちゃんが警察官に駄菓子を渡すものだから、買収容疑もかけられてしまった。
 ただ、本当のところは、危険な状況に飛び込まないように、注意を受けたのが大きかった。

 そして、この騒動を変わった方向へ導いたことから、他の雑談へ発展し帰るのが遅くなった。

 この件で、ほんの少し有名になった。
 最近、街で騒動を起こしていた人物にたった1日で歩み寄る。
 その行動力と観察力、それから洞察力。
 まるで霧の都の名探偵のようだ、と。

 これ以降、僕達は正式に探偵業務のようなことを始めました。
 彼女いわく、探偵ごっこらしいです。
 たしかに、痕跡から一つの真実を探す探偵より、一つの事実から様々な幻を創る表幻者というのがピッタリです。
 そんな表幻者が探偵の真似をするごっこ遊び。
 今でもそれは続いています。

 それから、彼女が見る不思議な世界。
 今回のこの騒動がこのような形に治まるとは思わなかったし、その後ソウルヒットマンが『怒れるタイプライター』というバンドを立ち上げることになるなんて想像もしませんでした。
 まさか、このバンドが大活躍して街を代表するものになるとは……誰もあの騒動の中で思わなかったでしょう。
 しかし、僕の相方は、そんな世界をあの瞬間に見ていたのかな?
 あの交差点で、ソウルヒットマンが持つ可能性を見抜いていたのかもしれない。
 
 僕の心を撃ちぬいた、あの拳銃を片手に、そんな未来を見ていたのかもしれない。
 なぜ僕に彼女の拳銃が見えるのか?
 そうそれは、僕も彼女に心を撃ちぬかれたからです。
 彼女の美しい中間色の瞳に狙われ、それはものの見事に撃ちぬかれた。
 そんな彼女の瞳には、今どんな不思議な世界が見えているのか、少し気になりませんか?
 
 さて、そろそろお別れの時です。
 もし、この街に来ることがあれば、是非『怒れるタイプライター』のライブに遊びに来てください。
 僕もこのバンドが今、大好きなんです。
 それと、彼女が撃ちぬいたソウルヒットマンの心。
 彼が隠していた心がどんなものだったか。
 もしよければ、あなたの描く答えを聞かせてください。


 それでは、また次の機会にお会いしましょう。


 敬具、親愛なる友人へ、助手の肯定より


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