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[2020年6月1日月曜日]50-50


 拝啓、親愛なる友人へ。


 人生はいつだって50-50。
 平面に等しく平等に不公平。
 公正で公平な不平等とは違う気がします。

 その理由は、運命と自由意志が寝ているエイトビートを刻むからではなく。
 表と裏。それを繋ぐ特異点を見失っている、『Mr.ジョーンズ』な僕達だから、その理由を答えられない。
 そう、わからないことがわかった。ある日の出来事を記します。


 どんよりした、天の空。
 あれは、誰が天に吐き棄てた気持ちだろうか?
 そう思案する余裕があるほど、永く続く空模様。
 ついでに、その先の模様も想像する。

 ここから、全てを吹き飛ばす嵐になるのか。
 それとも、全てが帳消しになった快晴になるのか。
 
 きっと、その確率は50-50。
 天気予報を見ても、実際その天気を覗くまで。
 平面に等しく、誰に対しても平等に50-50。
 決して、公正で公平ではないけど、不平等でもない確率。

 だから、わからない。
 そう僕の中で答えが見つかった頃。
 この空にも負けない、どんよりした声が僕を呼ぶ。


テツガクちゃん
 ……肯定さん。
 何か、面白い事件のお話はきていませんか?

 憂さも晴れて、折りたたみ式の悩みも折りたためるような。
 『ファズトーン』みたいな話です。

 この霧中から抜け出して。
 夢中な速度で無宙へいけそうな。
 歪みの魔法です。


 そう訊ねられ、ポストの中の郵便物を取りにいく。
 様々な広告的な用件の書面の中に一つ。
 何か、切実な心情が隠れていそうな手紙があった。

 その隠れた情を覗いてみると、悩み迷っている者からSOSだった。
 恋愛相談師にあり金をつぎ込んだけど。
 けっきょく、何も解決しなかった。
 今は金なしだけど、いつか何かを為して成す。
 そんな可能性に賭けて欲しい、というすがる情だった。
 
 きっと、この情の主は、僕達が必要で選んだわけではない。
 ただ、誰かに解いて欲しかった。
 何も見えない霧から抜け出す、その方法を説いて欲しかったのだろう。
 そう僕には思えたから、このまま秘密のままにしておくつもりだった。
 だけど、僕の右の耳元から声がした。


テツガクちゃん
 愛に悩み、恋に迷った方の救難信号ですか……。
 これは、実に面白そうな事件ですね!
 
 この空模様とこの方の情にそれら諸々。
 全てをアイスクリームみたいに溶かすために。
 トタン屋根に賽を投げにいきましょう!

 全ては、50ー50です!


 僕の後ろから手紙を覗き込んでいた彼女は回り込み。
 僕の目の前に現れ、今すぐ、どこまでも会いに行こう。
 そんな情を表しながら、手を差し出す。
 その手に、僕は依頼の手紙を托す。
 それは、決行の合図だった。

 ゴキゲンに部屋を飛び出した、彼女はきらめていて。
 その後を追う、僕は少しウカレタ一途さのよう。
 僕達は追い風と共に、救難信号にあった住所へ向かった。


 辿り着いたのは、『雨上がりの夕陽の空』という喫茶店だった。
 ガクちゃんは静かにドアを少し開け、その影から霧に囚われた人質を探る。
 彼女の瞳の窓がそれらしい人を捉えた、というより、それは消去法だった。
 店内には人が一人だけ。カウンターの向こう側で、どんよりした雰囲気の誰かが机に伏していた。

 ここが信号の発信地だと確信した彼女と僕。
 そのまま、風鈴に似たドアベルの音色と共に一歩踏み出して、どんよりした空気の色へ進む。
 それに気づいた、誰かはこちらに向かってお決まりを言う。


悩み迷うアオサワ
 いらっしゃいませ。
 お好きなところへどうぞ。
 

 僕達は博物館を歩くように、お店の様々なものを見ようとする。
 だけど、このお店にはあまり展示物がなかった。
 質素で実利的。飲んで食べて、お金を置いて帰る。それだけのための場所。
 とても僕好みのお店だった。

 その好みの中を真っ直ぐ。
 他の席になど寄らず、カウンターの向こう側にいる誰かに向かって歩く。
 開けた運命のドアが閉まり、ドアベルの音が再び響く。
 風鈴のように涼しげで、どこか懐かしい場面にあった程よい距離感から、彼女は手紙を見せながら訊ねた。


テツガクちゃん
 この手紙を送ってくださったのは、マスターさんですか?


悩み迷うアオサワ
 そうです。
 ……ということは、あなた方が噂の名探偵ですか?


テツガクちゃん
 探偵というより……表幻者ですね。
 10個の痕跡から1つの答えを探し出すのが探偵さんのお仕事なら。
 1つの痕跡から様々な幻を描き表す、それが表幻者です。

 私は、テツガクと申します。
 こちらは、相方の肯定さんです。


 彼女の紹介の後、僕が頭を下げる。
 それは、僕達のお決まりだった。


悩み迷うアオサワ
 私は、店主のアオサワです。
 わざわざ、来てくださりありがとうございます。

 話の前に、私からサービスを。
 すみません、手紙にあるように。
 今は、しっかりとしたお金がなくて……。


 そう事情を説明しながら、マスターはよく冷えた瓶ラムネ。
 それを僕達の前に出してくれた。
 迷わず栓を押し、勢いよくビー玉を沈めるガクちゃん。
 慎重に栓を押し込み、ビー玉を沈める僕。

 瓶ラムネを開ける。
 ただ、それだけのことでも、それぞれのやり方があり、その飲み方にも違いがあった。
 彼女は勢いよく半分以上を飲み干し、僕は一口含んで机に置いた。

 その様子を傍にある一般から見れば、この幽かな違いは誤差の中で。
 誰が開けても、誰が飲んでも、瓶ラムネは瓶ラムネ。
 何も変わりやしない、ただの清涼飲料水かもしれない。
 
 だけど、僕には人それぞれ違う、『唯一無二』の味がある気がしていた。
 瓶の中のラムネは唯一でも、その先の味は一つとは限らない無二の味。
 まるで、虹の味がするような飲み物だと。
 
 そんな虹の味が消えた頃。
 マスターは詳しい事情を語り始めた。


悩み迷うアオサワ
 好きになってしまった女性に、この想いを伝えるべきか、そのままにすべきか。
 今、私は、その間で悩み迷っています。

 すがる思いで、恋愛の専門家に相談しても。
 どこか、乗るに乗れない曖昧な船で。
 
 一方、頼れる知り合いは、明確な言葉をくれました。
 俺達とは住む世界が違うんだ、と。
 
 普段なら、迷わずそう思えて。
 同じ気持ちになれたのですが。
 どういうわけか、今の私はそれにも乗れず。
 ……まるで、自分が別人のようです。


 そう、マスターは語ったが。
 今日、今、この瞬間に初めて出会った僕達に、その違いはまだ見えなかった。
 ガクちゃんと顔を見合わせ、目でサイン交換をする。
 
 わかりきったことを返す。
 それは、このお店には似合わない、無粋で面白味がないこと。
 せっかくの瓶ラムネ、その虹の味の余韻も台無しになってしまう。

 そんなことよりも。
 行方不明のお尋ね者、普段のマスターの影を探したい頼りない気持ち。
 それに続くように踏み出す、ぎこちない一歩。
 それは、物語にとっては小さな一歩。
 だけど、事件解決には欠かせない大切な一歩。
 そう、アームストロングが呟いた気がした。

 そのまま、僕達は恋に迷い溺れ、愛に悩む者と同じ情を覗くため。
 その深淵を覗くことにした。
 深淵にも僕達の情を覗いて欲しかったから。


テツガクちゃん
 マスターさんを別人に変えてしまう、その女性はどういう方なのですか?


悩み迷うアオサワ
 そうですね……。
 雰囲気はテツガクさんに似ていますね。
 とにかく、美しい方で私よりも落ち着いた感じです。

 
 落ち着いた感じ。
 それは、雰囲気だけではなく。
 年齢を意味するものだと、なんとなく感じた。

 とはいえ、年齢という幻はあってなきがごとし。
 今、マスターが自分よりも年上に思える、そんな女性に恋をしている。
 その事実が変わることはなかった。


肯定
 その方とは、どこで知り合ったんですか?


悩み迷うアオサワ
 その……実は、お客様なんです。
 時々、そこのカウンター席に座っていて……。

 彼女が来店された時は、全てが歪んでしまいます。
 心に感覚、時間と空間、それから私の手元も。

 乱れる鼓動には早く治まって欲しい、と願いながら。
 動き続ける時計の針には止まって欲しい、と願う。
 
 普段どおりの秩序。
 普段とは違う混沌。
 その両方が欲しくなってしまう……。
 
 私は、喫茶店のマスター失格です。
 お客様に私情を挟んでしまうなんて。

 誰かに、この醜態を書いて欲しいくらいです。
 『マスター失格』というタイトルで。


 普段、その女性が座っている席を眺め語ったマスターの顔。
 その面には、少し恋に酔いながら、深刻に内観自省し慙愧の念が表の情に表れていた。
 つまり、恥ずかしい、と感じているように僕には見えました。

 その女性に心を奪われ。
 あまりにも酷く、恋に溺れ。
 仕事の呼吸もままならず。
 自分が描く、理想の喫茶店のマスター像から離れていく。

 あらゆることを恥と感じる、古風なサムライのような相。

 それを、どこかの太宰的な誰かに描かせるわけにはいかない。
 そう僕が思えば、ガクちゃんも同じことを思ったようで。
 気がつけば、お互いの瞳に映った、同じ自分を覗いていた。
 まるで、合わせ鏡のように、僕が彼女の瞳を覗く時、彼女の瞳を覗く自分に覗かれている。
 きっと、それは彼女も同じだろう。

 その決行の合図で、僕達は船を進めた。
 我が船長、キャプテン・テツガクが漂流者に声をかける。


テツガクちゃん
 それは、とてもステキな恋ですね。
 そんなステキな恋ができる、愛情という心があるマスターさんほど。
 憩いの場を見守る、守護者に相応しい方はどこにいるのでしょうか?
 
 今の私は他の方を知りませんし。
 今の私が知らないということは、今はどうでもいいことでしょう。
 ですから、他の完璧のような影、その像はトタン屋根の上にです。

 それに、サンドイッチには私情が挟まれていないと。
 そうですよね? 肯定さん。


 やさしさには心がない方が嬉しい。
 悪戯心や出来心、遊び心に下心。
 それらの心は、やさしさにはない方がいい。
 
 だけど、人の心を癒すには。
 やっぱり、様々な私情はあった方がいい。
 愛情、友情、人情、純情、強情、温情、色情、恋情。
 他にも様々な心情の内情、それが表の感情に表れた方が風情がある。
 そう僕の欲情が訴える。

 私情は詩情や至情と誤解されやすいものだけど。
 それでも、やっぱり、あった方がいいと思う僕は答えた。


肯定
 そうだね、大量生産の既製品ならスーパーで買えるし。
 できることなら、憩いの場にあるもの。
 それは、様々な私情が挟まった特注品じゃないとね。

 だから、今は出番がないね。
 この憩いの場の居心地がいい恋。
 それを守るは、マスターの情じゃないと。
 他の誰かの情じゃダメで。
 きっと、それは、その女性もそうかもしれませんね。

 
 そう言っても漂流者は、僕達の手を掴もうとはしなかった。
 想像はしていたが、頑固な武士道のような彼の心の掟はまだ緩まなかった。
 そこで、ガクちゃんはもう一歩踏み込み、訊ねた。


テツガクちゃん
 ところで……どうして、お知り合いは住む世界が違う、と言ったのでしょうか?
 店主とお客様では何か問題なのでしょうか?


悩み迷うアオサワ
 店主は誰に対しても平等に。
 それが、ままならないことが問題です。

 それから、彼女はどこかのお嬢様のようで。
 そういう意味でも住む世界が違う。
 そう、私も思います。


 どこか遠くの星を眺めるように。
 まるで、自分と相手が別々の惑星に住むように。
 そう信じている、濃い霧の中で、夢中な恋はStayしがちだった。
 それに気づいてしまったガクちゃんは、面白そうな突破口を見た。
 もう一度、漂流者に解釈を届ける。


テツガクちゃん
 それはそれは、なんとも面白い冗談ですね。


 愉快に笑う彼女。
 その姿に、単純な不可思議を見た漂流者は返した。


悩み迷うアオサワ
 そんなに面白い冗談ですか?


テツガクちゃん
 はい……いえ! マスターさんのことではなくて。
 お知り合いの言葉が面白い冗談だな、と。

 だって……そうじゃないですか?
 誰かを見ながら、自分達とは違うんだ。
 そう言いながら、肩に手を回してくる。

 それは少し滑稽な景色です。
 口では違いを語るのに、同じ仲間だと手を回すなんて。

 もし、本当に誰かと違うのなら。
 自分達ですら、同じではないのかもしれません。
 
 マスターさんもお知り合いも。
 それぞれ違う。


悩み迷うアオサワ
 そうでしょう、それは当たり前です。


テツガクちゃん
 そうです、当たり前です。
 ですから、その女性と違うことも当たり前です。
 マスターさんもお知り合いもその女性も。
 みんな住む世界が違う。

 ですが、それでも。
 マスターとお知り合いは、ステキな関係を築けましたよね?


 そう言われ、ふと考え込むマスターさん。
 当たり前に悩み、当たり前に諦め、当たり前に築く。
 当たり前に振り回される、霧の中。
 そこは、考え込むには最適の場所だった。

 とはいえ、まだ、納得ができない。
 そこに彼女の解釈の続きが届く。


テツガクちゃん
 同じ世界という建物に住んでいるのに。
 住む部屋の扉が違う。

 同じだけど違う。
 そんな矛盾が香る事実は、よくある当たり前ですね。

 その前では、どんな可能性も平面に等しく平等。
 50-50です。
 そうですよね? 肯定さん。


肯定
 そうだね。
 いつでも、どこでも、誰に対しても。
 慈悲深く、無慈悲に、冷酷冷徹に50-50。

 変わりようがない運命、その結果を受け止め。
 自分が自由な解釈で、その比率を歪めるけど。
 どんな姿でも、どんな立場でも、どんな人でも。
 やっぱり、50-50。


 この解釈は僕達、詐欺師の常套句。
 誰かの引用句だけでは、ニューヨークへも行けない。
 『情報時代の野蛮人』には及ばない。

 胡散臭い事実。
 それを聞いて、どう受け止めるか。
 その歪め方も同じだろう。
 きっと、50-50。

 だから、その可能性の先にある。
 様々な『もし』、それを考え答える模試が始まった。


テツガクちゃん
 もし、違う扉を叩き、想いを告げたら。
 無言で扉に鍵をかけられてしまうかもしれません。
 きっと、その時は傷つくでしょう。
 ですが、あの時、想いを告げていたら、という悩み。
 そこから飛んで。
 永遠のさようならに出会うことでしょう。

 もし、そのまま想いを告げず、扉を叩かなければ。
 きっと、傷つくこともないのでしょう。
 ですが、あの時、想いを告げていたら、という悩み。
 そこに留まり続け。
 永遠の問いかけに出会うのかもしれません。

 どちらも同じ、永遠です。
 そして、それについて悩むことも同じです。
 ただ、その答えは人それぞれ違います。


肯定
 違うね。
 永遠のさようならを選んだり、永遠の問いかけを選んだり。
 あるいは、新しい永遠かもしれない。
 同じ永遠なのに、その形が違う、まるで『唯一無二』のようで。
 ちょっと面白いかもしれない。


テツガクちゃん
 とても面白い、そんな予感がします!

 誰がどの答えを選んだとしても。
 それは、間違いではなく、最高の決断だと思えるような。
 もちろん、何も決めない事だって、最高で立派な決断です。

 そう、『グリセリン・クイーン』が歌っています。
 生きている限りに、できることは何でもやってしまう。
 進むことも留まることも全てです。

 そうすれば、歌うクイーンの隣にいる。
 目には映らない、無口なもう一人のクイーンにも出会えるのかもしれません。


 彼女の言うことに僕は頷く。
 確かに二人とも紛れもない、同じシャボン玉クイーン。
 ただ、その姿がほんの少し違っただけで。

 僕達が古風なサムライの相をした漂流者の深淵を覗き。
 出鱈目のような詐欺師の常套句、その事実を並べ。
 その速度が夢中に達する頃。

 やっと、漂流者は僕達の手を掴んだ。


悩み迷うアオサワ
 できることは何でも……。


テツガクちゃん
 そうです、何でもです!
 目の前の可能性は50-50です。
 きっと、0になります。
 1でも2でも8でもありません。
 永遠にわからない、0です。

 何がどうして、そうなったのか。
 そこから、どうなっていくのか。
 何もわからない、0です。


 
肯定
 何もわからない、0だね。
 
 同じ数字を並べて、式にかける。
 1+1は2、1×1は1、1-1は0、1÷1は1。

 だけど、どうして引き算と割り算は、どれも同じ答えなのか。
 足し算と掛け算みたいに違う答えじゃなくて。
 何を引いても、何で割っても、みんな同じ答えになるのか。
 その理由はわからない。

 そして、わからない時ほど。
 人は知ったふりをして、何かの違いを理由にして。
 そこに、責任を押し付けるのさ。

 住む世界が違ったから。
 容姿が違い過ぎたから。
 財布事情が違ったから。

 そうやって、納得するのさ。
 わからないという、理不尽さをね。

 語るには簡単な理由。
 でも、誰にも説けない理由。
 それこそが、50-50。
 愛しい可能性だね。

 
 事の始まりに見つけた僕の答え。
 それを表すのに、最高な風がやってきた。
 それに乗って、ちょうどな瞬間を刻む。


テツガクちゃん
 そうです、その愛しい可能性に乗せる。
 何かに負けそうな想い。
 それも同じ愛しいです。

 どの決断を選んでも同じです。
 同じ永遠があって、同じ0が待っていて。
 他にも様々な同じが待っています。

 それならば、自分の本心の音。
 その本音以外、何に頼るのでしょうか?
 
 もし、他にも頼れるもの。 
 それがあると、本心が本音で語るのなら。
 それに頼りましょう。

 どちらにせよ、50-50です。
 公正公平ではありませんが、平等な数字です。
 

 深い沈黙の中。
 漂流者は悩み迷う深淵の海から抜け出した。
 キャプテン・テツガクの船の上。
 そこで、古風なサムライの相はほんの少し満足げで。
 そのまま、吐き棄てるように呟く。


悩み迷うアオサワ
 そうですね、50-50。
 誰に対しても平等に、何もわかりませんね。


 吐き棄てた、言葉。
 その行方は、悩み迷った自分の深淵ではなく。
 それを覗いていた僕達の深淵に届いた。

 僕達に覗かれていたマスター。
 それがいつの間にか、僕達を覗いていた。

 彼女の策は思惑通り進み。
 そろそろ、港に戻る時間。
 それに気づいた彼女はもう一つ。
 解釈の弾丸を撃ち込む。


テツガクちゃん
 何もわかりません。
 ですが、それがわかっている。
 そんな何かを知ろうとする、素人な『Mr.ジョーンズ』であること。
 それは、とてもステーキなことです。

 そして、我がままなこと。
 それも同じように大切なことです。


悩み迷うアオサワ
 わがままであることがですか?


テツガクちゃん
 我がままなわがままです。

 わがままでないと、何もままなりません。
 ままならないと、何も為りません。

 そして、何かを為す時には、何も成さなくていい。
 ただ、為したいままに。
 為せることを為していく。

 そんな我がままさです。
 きっと、50-50とマスターさんの我がまま。
 それは同じ平等だと、気づいてしまいました! 私!


 マスターはキョトンとしながらも、この速度に追いつき何かを理解した。


悩み迷うアオサワ
 そうですね。
 私が私のまま、我がままであれば。
 店主として、誰に対しても平等に。
 それが、ままなりそうですね。

 すっかり、忘れていました。


テツガクちゃん
 当たり前はすぐ見失って、よく忘れていくことですから。 
 それが、当たり前らしい我がままです。
 ですから、仕方ありません。


 そう優しく笑いながら。
 当たり前の我がままさを語る。

 そして、より奥に眠る何か。
 それを誰かに、伝わるように説くなんて、誰にもできないとわかりながら。
 目の前にある、平等な50-50の可能性、それに賭ける彼女。
 その表情はさらに緩み、そのまま続けた。


テツガクちゃん
 とはいえ、何事も結果が全てです。

 結果は成した後ではなくて、為す瞬間に感じるもの。
 振り返って、眺め溺れていくものではない気がします。

 そんな感じる結果を求めて。
 振り返る結果はトタン屋根に。
 50-50ですから。
 成せた理由も成せなかった理由もわかりません。

 だからこそ、賭けてみませんか?


 最初に僕達に賭けて欲しい、とすがったマスター。
 今度は、そのマスターに僕達が賭けて欲しい、とすがっている。
 不思議なことだけど、よくある不可思議さ。

 その中で、少し場の雰囲気が引き締まると思った。
 そうなるか、そうならないか。
 それも50-50。

 その先の雰囲気は何も変わらず。
 太宰のようなボニーとは程遠い、彼女の面は色白に緩んだまま。
 『こんなもんじゃない』というよりは、これこそが彼女らしく。
 その彼女のあたたかさに照らされ、マスターさんも同じ緩んだ表情。
 それを見て、嬉しくなった僕も同じ緩んだ情で、最後の提案をした。


肯定
 ガクちゃん、それなら何か台詞を決めないと。
 50-50の可能性、その先に行けそうな台詞をさ。

 とんでもないことに。
 出逢えそうな予感がする。
 そんな今がくる。

 『くそったれの世界』みたいに、痺れる台詞をさ。

テツガクちゃん
 そうですね……。
 それでしたら、こんな台詞はどうでしょうか?

 俺の良心を 俺の良心を 奪ってくれないか
 俺の良心を 俺の良心を 隠してくれないか


 自信満々な彼女。
 耐え切れずに笑うマスター。
 それに流され、笑ってしまった僕。
 僕が笑えば、自信に溢れていた彼女も笑い。
 ほんの少し遠慮の欠片を握り締めながら。


テツガクちゃん
 ちょっと、ぎこちなかったですかね?

 ですが、たまには、そんな常識はずれな論外。
 それも悪くない、そんな気がしませんか?
 ほんの少し頼りないかもしれませんが。

 だからこそ、Stayしがちでも飛べそうで。
 ゴキゲンでウカレタ感じの光。
 きらめいて一途な風。

 それらに、様々な愛しさを託しても。
 許されるような気がします。


 気がつけば、夕焼け小焼けの時間。
 もう、そこには、僕達にすがった、悩み迷う漂流者の面影はなかった。
 マスターは正直に事の始めの本心を明かす。


悩み迷うアオサワ
 お二人ともありがとうございます。
 実は、手当たり次第に手紙を送っていたんです。
 
 もちろん、お二人の噂。
 というより、私もあの交差点にいたので。
 そこで、お二人のことを知ったのですが。

 本当は、誰でもよかったんです。
 ただ、私の話を聞いてもらえたら。

 だけど、今、この瞬間は違います。
 お二人じゃないと、お二人だったからこそ。
 

 そうしみじみ語るマスター。
 折りたたみ式の悩みも折りたたんで。
 そのまま、どこかへのびていく。
 きっと、あれは『ファズトーン』。


悩み迷うアオサワ
 嘘のように聞こえるかもしれませんが。
 本当に本当にそう思います。

 これも50-50ですね。
 今、この瞬間に感じる結果。
 その瞬間に出会うために。
 
 また次に、為したいことを為し続ける。
 そんな気持ちを思い出しました。


 マスターはまた瓶ラムネを差し出しながら、申し訳なさそうに続ける。


悩み迷うアオサワ
 私の悩みは解決したのですが……。
 今は、お二人にちゃんとした報酬を払えません。

 ですから、来月頃にまた――。


 申し出を言い切る前に、ガクちゃんはWAGAMAMAな要望を提案する。
 

テツガクちゃん
 その、今回の報酬ですが……。
 できれば、ここにお店がある限り使える、サービス券のようなものだと嬉しいのですが。

 やっぱり、難しいでしょうか?


 なんとも曖昧な形の報酬だ。
 厄介な問題も呼び込みそうな形だから、本来なら断れても仕方ない。
 明確な数字が最も無難な形だが……。


悩み迷うアオサワ
 私のお店のサービス券ですか?


テツガクちゃん
 はい、またここに来れるように。
 できることなら、ここの常連さんになれるように。

 この居心地のいい、憩いの場。
 私達にもそんな場所があれば……。


 そう訴える瞳は、いつもの中間色で。
 嘘も偽りも通さない、本音の輝きだ。


悩み迷うアオサワ
 是非、よろこんで。
 これはお二人と私の秘密です。
 その証のサービス券を作っておきます。

 ですから、またのご来店を。
 その日を楽しみに待っています。


 よく冷えた瓶ラムネ。
 その温度を片手に、僕達は街の夕陽の下を歩いていく。
 路面を見れば、往路にはなかった水溜り。
 それが意味するのは、この景色は雨上がりの夕陽の空という一つの事実。

 そのどこかにある、メロン色の若い空を突き抜けた、『紙飛行機』のような何かの光と風。
 そのまま、あのまま、あの日曜日の朝のまま。
 突き抜けた光と風を追うように、僕達も気づけない高さへのびていく、ゴキゲンにきらめく『ファズトーン』。
 きっと、あれは歌う不死蝶さん。 
 
 それに気づけない僕達は、他にも気づけず知らないこと。
 それらがあることに気づいている。

 途中で雨が降っていたなんて、僕達は知らなかった。
 街ですれ違う人は、僕達とマスターさんの秘密を知らないだろう。
 そして、マスターさんも知らない彼女の秘密もある。

 先ほどまで、ガクちゃんは雄弁に励ましの解釈を説いていたが。
 本当は、事の始まりよりも前。
 そこには、その励ましを誰よりも求めていた、彼女がいたことを。

 楽しみにしていた、至上のローストビーフを挟んだサンドイッチ。
 それが、ほんの少し目を離した隙に、快晴の午前の空に吸い込まれた。
 盗んだ主の鳴き声も『ファズトーン』、よくのびていた。

 それを眺めていた彼女は、立ち直れない虚しさの中。
 そこで、どんよりした気持ちにとり憑かれていた。

 そんな彼女だから……そう、そんな彼女だからこそ。
 今、この瞬間があるのだろう。
 50-50の先にある、今。
 類が類を呼ぶように出会って。
 そのまま、友達との間にありそうな、何かを築けるかもしれない。

 その秘密が嬉しくて。
 それまでのことなど、全て帳消しにできそうな気持ちにとり憑かれる。
 それを台無しにすることなく、僕達もマスターさんのように、何かを守る守護者になるために。
 この秘密を守りながら、それなりの節度を学ぼうと。
 彼女の靴が脱げた乾物屋の前で共に誓いを味わった。
 
 もし、できることなら。
 あなたにもこの秘密を守って欲しい。
 雄弁に語った、彼女のもう一つの情の秘密を。
 そうすれば、僕達とあなたの間にも何かが築けそうですから。

 さて、それから数週間後。
 秘密のサービス券を受け取りに行くと。
 店には美しい女性の店員さんがいました。

 その隣のマスターさんの様子を見れば、それなりに何かを察しました。
 それでも、マスターさんが何という答えを出したのか。
 やっぱり、それは僕達にはわからないことで。
 わからないからこそ、何か面白い気がして。

 そんな『Mr.ジョーンズ』のまま。
 受け取った、秘密の証とよく冷えた瓶ラムネ。
 それから、隣に座り、様々な私情が挟まれた特注品のサンドイッチ。
 それを頬張る、満足そうな彼女を見れば。
 もう、全てはどうでもいいことだ、と思えた。

 50-50。
 0になった後に出会う、最初の一歩。
 それは、どんな結果にも平面に等しく平等に訪れます。
 上手くいっても、上手くいかなくても、何もできなくても。
 必ず、次の最初の一歩。
 それを踏み出す瞬間が来ます。

 その時、何に出会うのか。
 それは、永遠にわからない。
 一歩を踏み出すことはわかっているのに。
 その先で、何に出会うのか。
 それは、誰にもわからない、魅力的で平等な50-50。

 時々、それを見失ったふりをして、忘れたふりをして。
 わかっていること、それがわからないことを無視して。
 わかったふりの知識を重ねるけど、それはあまり重要ではなかった。
 きっと、誰もが本当は知っているのだろうけど。

 今、あなたはどんな50-50に出会いましたか?
 突然、目の前に現れたように見える、可能性。
 それに驚き、その決断が何か重要なものに思えるかもしれません。

 その錯覚は、何よりも重要です。
 精一杯悩んだら、もうその先のことはあまり重要ではない。
 どちらにせよ、同じ永遠に出会えますから。

 だからこそ。
 挑戦などせずに、結果だけを求めましょう。
 自分が為したいこと、それを為し続ける。
 ただ、それだけの結果。
 それを振り返らず感じ続ける、今、この瞬間を当たり前に我がままに変えてしまいましょう。
 『ワガママ・クイーン』のように。

 
 それでは、また次の機会にお会いしましょう。


 敬具、親愛なる友人へ、助手の肯定より





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